「ああ、それは構いません。貴方も基本的な読影は出来ていらっしゃいますよね?
 心臓だけでなくて、骨折とかもお分かりになられるのは存じています。
 分からないことは私が責任を持ってお教え致しますので、お気軽にいらして下さい。
 検診衣に着替えて撮った後……、楽しみにしていますから。
 二人きりになるのを……」
 病院関係者が多数通りすがっていくので、不自然にならないような距離を保って小声で告げた。
 その声に反応して耳朶が紅を刷いたような桜色に染まっているのもとても綺麗だった。
「分かった。私も、そのう、両方とも愉しみにしているので……。
 では、後ほど……」
 最愛の人が医局階で降りる祐樹に唇だけで微笑んでくれた。
 愛情を込めた眼差しで返すと、その花のような唇が綺麗な笑みを浮かべてくれた。
 「両方」という言葉が意味有り気なイントネーションで――と言っても最愛の人の微かな変化まで漏れなく愛を込めて観察している祐樹にしか些細な変化は分からないだろうが――彼が、専門ではないものの学問的興味というか知的探求心という頭脳面のことと、そしてセンター長室での愛の交歓という肉体面での悦びのどちらも心待ちにしてくれていることが分かって思わず唇に笑みを浮かべてしまった。
「祐樹が白衣を着ているのも新鮮だな。地震の時以来のような気がする」
 定時ジャストにAiセンターの扉を開けた最愛の人はこの建物を出たら帰路につくためのスーツ姿だった。
 そして「うっかり」病院内で――と言っても最新型の高性能MRIとCTが設置されているだけに病院の新館と旧館からは独立している、万が一大事故が起こっても病院の機能が損なわれないための保険のようなモノだったが――苗字ではなくて下の名前で呼んでしまったことに気付いたようで慌てて周りを見回している。
「大丈夫ですよ。貴方が気兼ねなく振る舞えるように検査技師すら帰しましたから。
 白衣を褒めて下さって有難うございます。似合いますか?」
 そう言えば医局ではブルーのスクラブユニフォームを着ている。ちなみに救急救命室では血の色が目立つように手術着と同じ緑色だったが。
 教授職のように「権威を失墜させないように白衣を着るべし」という病院長命令が出されている職階とは異なるし、何よりも白衣だと動き辛いし、白衣の裾が様々な器具や医療用の機械を転倒させる原因にもなり得るので――まあ、祐樹の場合は反射神経とか咄嗟の判断力や身体能力にも恵まれていると自負しているもののリスクは極力減らすに越したことはない――作業着ともいうべきスクラブを着用している。
 まあ「これを着ていると技師とかのコ・メディカルにしか見えなくて、何だか抵抗が有る」とか文句を言っているプライド高い系の医局員も居たが、祐樹は幸いなことに一回で患者さんに顔と名前、そして医師であることも覚えて貰っている。だから特に問題はない。ただ、ご高齢で多少頭が……な患者さんに話しかける時には、その上から白衣を羽織るが。
 最愛の人が医局に下りて来た時にはスクラブ姿が多いので、ある意味新鮮だったのだろうが。
「とても似合う。―-そのう、センター長の部屋で……二人きりになった時というか、愛し合う時にも、その白衣を着ていて欲しいな。
 何だか人の目を気にしつつも職場内で密会せずにいられないカップルみたいで……とても興奮するだろうから、色々な意味で」
 最愛の人の薄紅色の唇が艶やかな花のように咲き誇っていた。
「つまりはオフィスラブってことですよね?
 了解です。検診衣も――素材は全く異なりますが――スクラブに似ているので文字通りオフィスラブ、しかも医師同士といった禁断の行為、いや、患者さんに手を出す、いけない医師みたいで愉しめそうです。
 ――というのは冗談ですよ。もちろん」
 最愛の人も祐樹も仕事に関して矜持を持っている。だから医師以外の恋人同士がするような「お医者さんごっこ」に対して――まあ、そんなプレイをしていると自己申告する人間は居ないだろうが――ある意味嫌悪感を抱いていた。
 案の定整った細めの眉がくもったのを見て、慌てて付け加えた、キス付きで。
「――頭骨にかなりの損傷が有るな。これは外部からの力だろうな……」
 祐樹が用意していた画像を見ながら所見を述べる彼は真摯で怜悧な口調だった。
「多分そうでしょうね。ミイラ職人が誤って付けた傷という線も捨てきれませんが」
 最愛の人は細く長い首を白鳥よりも優雅な感じで振っていた。
「それはないだろう。ミイラの保存状態から考えて、丁寧な職人仕事という感じだ。
 確か鼻孔から脳を取り出すと本で読んだので、頭骨自体に職人が手を触れることはないだろう。
 あと、肋骨が3本俗にいう複雑骨折か。これは肺に刺さるほどだっただろう……。
 そして大腿骨を含む脚部の骨折も6か所か」
 このミイラしか画像は見たことがないので一般的かどうかまでは分からないものの、内臓は綺麗に抜き取ってあるため、肺に刺さっているかどうかまでは確認出来ない。
 しかし、この骨折の角度から考えると肺に深く刺さっていたと考えるのが妥当だろうな」
 テキパキと読影を続けていく最愛の人の的確さは専門外とはとても思えないほどだった。
「ああ、この脚の骨、穴が開いているな……縮尺比を考えると直径1センチほどの穴だな。それが二つと……」
 怜悧な声がより一層の知的な感じで二人きりの空間に響いている。
 そういう仕事モードの声も大好きだった。
「その穴は何から出来た物なのか分からなかったのですが……。結局は外傷による失血死だとは考えていましたが……」
 最愛の人は細く長い指を顎に当てて何やら考えているようだった。
 祐樹も頭蓋骨陥没するくらいの外傷とか肺に突き刺さるような肋骨骨折をした古代エジプト人が助かるとは思っていない。
 ただ、どうしたらこれほどの傷が負えるのかはサッパリ分からなかったので、色々なことに詳しい最愛の人の力を借りたかったのも事実だった。
 研究者の一団が結果報告を求めに来た時にも彼の英語力を借りる積りだったが。


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そしてすみません……!!両親が他界したら色々と親戚問題が浮上してきまして、精神的にどっと疲れてしまって、ストックしていたのを更新しか出来ないです。
 
他の話を楽しみにして下さっていた読者様がいらっしゃったら本当に申し訳ありません。
 
少し休んだら元気になると思いますのでそれまでお待ち下されば嬉しいです。
  こうやま みか拝








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