「どうですか?『山が燃える』を実感出来ましたか?」
 愛の交歓の終止符のような深くて甘くて軽やかなキスを交わしながら聞いてみた。
 普段は「愛の行為」の感想を求めるような野暮なことはしない。そんなことをしなくても、最愛の人は祐樹との行為でどう感じているのかを必死に言葉で紡いでくれているのが分かっていたので。
 ただ、今回の愛の確かめ合いについては「テーマ」らしきものが有ったし質問してみるのも悪くないだろうなと思った。
「ああ、本当に肩の向こうにマグマが見えた気がした。
 ああいう愛の営みの形を取ってくれたのも、歌詞の通り忠実に再現してくれたのだろう?
 とても気持ちが良かった。
 カラオケで普段よりも高くて大きな声を出すのも良いストレス解消になったのも事実だが、私にとって最も良いのは、やっぱり祐樹とのこういう触れ合いだとしみじみ分かった。
 有難う」
 最愛の人が朝露に濡れた紅の薔薇のような唇を祐樹の唇に重ねてきた。
 正面で向かい合って……という愛の営みの形は最愛の人に歌の意味を文字通り身体で教えるためだったのだが、それも汲み取ってくれたようで純粋に嬉しかった。
「それはそうと『そのものずばり』というか――と言ってもさっき祐樹が教えてくれるまで知らなかったが――女性の情念の歌を黒木准教授が歌えるところが凄いな……。
 私なんかは『まちがいさがし』くらいしか感情を込めて歌えないので」
 祐樹の腕の中で優雅なシャム猫のように首を伸ばす様子も、何だかミルクを飲んで満足しきっているような感じだった。
 まあ、白い液体という点では一緒だったが。
「聡が仰る『間違い』というのは、こういう性的嗜好のことですよね?」
 祐樹は観ていないが、ドラマでも「そういう」カップルが登場するくらいに市民権を得たと「表面的に」思われているものの、やはり少数派なことには変わりがないし、その上大学病院などのような保守的な思想がまかり通っている世界では大っぴらには言えない。
 病院長がこの関係を黙って見過ごしてくれるのも最愛の人がこの病院の稼ぎ頭で看板教授だからで、いわば実力があるからこそのことだった。
 まあ、祐樹の母などは諦めの次に、最愛の人のことを実の息子以上に気にかけてくれていることは救いと言えば救いだったが。ドラマの中とかでは容認出来ることでもリアルな人間関係――親族などの身内は特に――許容されない部分が有るのだろう。 
 祐樹だって、ああいう母ではなかったら一生実家に帰れない身の上だったかもしれないし。 
 実際、ゲイバー「グレイス」でも親に勘当されたなどということは良く聞く話だった。
 まあ、コトの最中に家族に見られるとかそういった衝撃的なことが有ったり、祐樹のように隠していた積りの雑誌類を見られたりと様々だったが。
「そうだな……。同性しかその気になれない自分を――と言っても、他のことが忙しくてそれどころではなかったが――醒めた目で客観視していた時期も有ったが、祐樹と二度目に出会えて、こういう関係になれて本当に良かったと思っている。
 そういう点では『間違い』も含めた自分を愛おしく思えるようになってきた。醒めた目で突き放すわけでもなくて……」
 出会った頃――最愛の人にとっては再会だっただろうが、祐樹的には初対面だった――のどこか無機質な感じというか仕事に対してだけ情熱を傾けていた最愛の人が、こうして鮮やかな水気を湛えて祐樹の腕の中で咲き誇ってくれているのは正直嬉しい。
「間違いでも良いです。聡の生涯に亘って共に過ごすパートナーに私が選ばれたことだけで充分に幸せですから」
 最愛の人が愛の交歓の後の気怠い甘さを纏った表情が驚いたような感じに変わった。
 涙の雫をまだ睫毛に残している涼しげな瞳が大きく開かれている。
「私『が』選んだのではなくて、祐樹『が』選んでくれたのだろう? 
 てっきりそうだと思い込んでいたのだが……」
 嬉しそうに言葉を紡ぐ紅の唇が綺麗な弧を描いている。
「聡『が』選んで下さったのです、よ。
 貴方がノーと言えば私は黙って――いや、しつこく追っ掛ける気ではいましたけれど――引き下がる気でいましたし……。
 今思えば、研修医の時によくもまあ教授職の貴方にアプローチ出来たと思っています。
 貴方が誘い水を撒いてくれていたとはいえ……。研修医の場合、久米先生――ああ、彼も怖いモノ知らずなところが有るので例外かもですが――教授職などは雲の上の人なので恐れ多くて恋愛の対象外といった感じですから。
 そう考えると久米先生以上に怖いモノ知らずなのかも知れないですね……」
 花のような唇を指で辿りながら、切々と訴えた。
「祐樹が怖いモノ知らずである意味助かった……。恋愛の対象外とカテゴリ分けされてしまったら帰国した意味がそもそも無くなるので……。
 母校からの招聘が有った時にまず確かめたのは田中祐樹が在籍しているかどうかだったから……。
 今時はどこかの市民病院とかに就職するとか家業を継ぐとかで大学病院に残る医師の方が珍しいだろう」
 最愛の人も祐樹の個人的な事情を知ったのは親しくなってからのことだから、実家がクリニックと勘違いしてもおかしくない。ただ、祐樹的には市民病院や私立病院に就職する以外に選択肢がなかったという事情も有ったが。
「そう仰って頂けて本当に嬉しいです。
 貴方が帰国して下さらなかったら、私はこんなに真っ当な人間になれていないと思います、よ。全てが貴方に出会って変わりましたから。
 『変わり果てた』だなんて絶対に言えないです、口が裂けても」
 最愛の人の良く伸びる歌声は祐樹の心の宝石箱に大切に仕舞われていたので、歌詞もすんなり出てきた。
「それは嬉しいな……。確かに『変わり果てる』という言葉には、悪い意味で変わるということだろう?私も歌いながら少し引っかかっていた……」
 最愛の人が祐樹の唇に唇を重ねてくれる。
 汗の雫を宿した後ろ髪を手で梳くと、ミルクを舐めて満足したシャム猫のような満足げな笑みの花を咲かせてくれる。
「まあ、歌の場合もリズムに合わせて文字数を選ぶとか、敢えて引っかかる言葉を入れて注意喚起するとか色々あるのでしょうね……。
 またの機会に『山が燃える』快感を味わってみて下さい。
 あれはあれで良かったと思いますから……」 
 鮮やかな紅を刷いたような表情がさらに瑞々しさを増して口付けを強請って来る様子も「後の戯れ」に相応しい。
「是非、またお願いする……。とても悦かったので……。ただ、こういうふうに触れあっているだけでも充分満足なのだが……」
 共犯者の眼差しで祐樹を見つめてくる最愛の人に約束のキスを刻んだ。
                              <了>




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最後まで読んで下さいまして誠に有難うございます。

リアバタが加速しまして、銀行に行ったり法務局に行ったりとあちこち飛び回っています。
今日も税理士さんと打ち合わせでした。

何とか二話更新のペースは維持したいのですが、正直分かりません。その旨、ご理解とご寛恕下さいますようにお願い申し上げます。

   こうやま みか拝




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