「ったく、遅いですね、同居人……。貴重なお二人の時間を奪ってしまっているというのに。
 見てきましょうか?」
 呉先生が焼きティラミスを未練っぽく、そして最愛の人と祐樹を交互に見ながらそう言ってくれた。
「いえ、私たちは別に構いませんよ?今日は休日ですし、久しぶりにお二人とお話をしたくて参ったという側面も有りますから」
 森技官も疲労困憊と言った感じなのでもしかしたら、どこかの部屋で仮眠を取っているのかもしれないなと思ってしまった。
 祐樹にも多々経験があるが、ベッドなどで充分に休養を取る暇がない場合、机に突っ伏して数分から数十分寝るとかなりリフレッシュ出来る。
 祐樹以上に激務の森技官の場合、そういう仮眠の方法も良く知っているのだろう、多分。
 それに最初疑っていた厚労省の内部の犯行(?)ではなくて、火遊びの末に捨てた人が嫌がらせをしてきたというのも――まあ、自業自得の側面が有ったにせよ――森技官的にはショックなことだったのだろう。だから余計に心労を抱えているハズだったし。
「別にこれからの予定は決めていませんし、貴方も呉先生と召し上がる焼きティラミスとコーヒーを嗜んでいるお時間は貴重なのではありませんか?」
 祐樹だけでも最愛の人は最高の笑みを見せて花のような唇と大輪の花のような雰囲気なのは確かだったが、あいにく祐樹の場合食べるスピードが異なってしまう。
 仕事などで時間が押している時には早く食べるのが「普通」だったし、食事のスピードは速い方だったものの、休日に寛いで嗜むお菓子などはやはり甘い物が苦手な――と言っても最愛の人との二人の時間は祐樹には心の底から寛がせてくれるし、以前よりはマシになったものの――祐樹にとって同じスピードで食することは出来ない。
 そういう点では呉先生のピッチの方が最愛の人と同じような感じだった。
 まあ、お酒とは異なって同じペースで呑むようなモノでもないが、やはり同じピッチで食べる方が良いような気がする。
「そう言えば、新聞報道で見ましたよ?開業した精神科医が患者さんに強制わいせつをしたという――あ、そういうのはもしかして言ってはならないコトですか?」
 呉先生の大嫌いなスプラッタやホラーの話題よりは良いかなと思っての話題転換だったが、細い眉根が思いっきり寄ったので、話題を間違えてしまったのかと思ってしまう。
「いえそうではなくて、同じ精神科医としてお恥ずかしい限りの事件です。あ、逮捕されただけでまだ裁判にかけられていないので、犯罪が確定したわけではないのですよね?香川教授?
 しかも診療時間中に患者さんと『わいせつ』な行為をするなんて何を考えているのかサッパリ分かりません」
 最愛の人がこの場では最も法律に詳しいのはこの場にいる人間の共通認識だった。
 呉先生は焼きティラミスのほろ苦さよりも、同業の人間が仕出かした醜態の方を苦々しく思っているような感じだった。
 まあ、コーヒーと焼き菓子を交互に口に運びながらだったが。
 そして最愛の人も同じ間隔で焼きティラミスを幸せそうに薄紅色の唇に運んでいる。
「そうですね。逮捕した段階では容疑者ですので検事が起訴して裁判官の判決が出た時点で犯罪者になります。それまでは推定無罪の原則が働きますので、被告人でいる間はまだ有罪ではないでしょうが……。
 しかし、兵庫県でしたか?警察が逮捕に踏み切ったという時点でかなりの証拠固めはしているでしょうね。私は患者さんと二人きりになる機会はないのですが……」
 確かにそうだし、二人きりではなくて手術台に横たわった患者さんに対して手術以外のことを仕出かすようなことは第一助手を始めとする手術スタッフが止めようとするだろう。
 まあ、そんなことをしない人だという確固たる自信は有ったが。
「オレの古巣の精神科の場合は病気のせいで妄想を抱く患者さんも多いです。統合失調症の方が多いのですが、関係念慮の歪みも有りますから。『誰かに愛されている』という妄想も良くありますね。後は被害妄想も。極端な話、誰かというか団体に――例えば自衛隊など普通に考えたらそんなことをしないと直ぐに分かるでしょう――ストーカーをされているとか平気で言いますね。
 だから、精神科でもそうだったのですが、不定愁訴外来ですら――不定愁訴の場合は精神病ではないのですが――看護師は必ず居ますし、二人きりにはならないです。
 精神科の場合も二人きりどころかナースが複数人付きます。暴れだしそうな患者さんの場合は女性だけでなくて屈強なメンズナースが絶対に付きますよ。
 素手でも、ほらキチガ〇のバカ力というか『火事場の馬鹿力』とでも表現したいほど、物凄い力が出る場合も有りますから。
 眼鏡なんて何個壊したか分からない同僚も居ますよ」
 そういう「頭のおかしい」患者さんは最愛の人の科には絶対入院してこないし、救急救命室でもそういうヤバそうな患者さんの場合は鎮静剤を打って取り敢えず寝かしてしまうので、それほどとは思ってもいなかった。
「メンズナースが居ても防げなかったのですか?」
 最愛の人が端整な仕草でフォークを操っている。
「咄嗟のコトですからね。確かにメンズナースも身体能力とか反射神経も良い人が選ばれているのですが、それすら間に合わないことが有ります。
 ただ、開業医の場合は患者さんと二人きりになるパターンは多いです。
 しかし、警察も精神疾患の人が駆け込んで来た場合、一応は被害妄想を疑いますね。
 そして内々に大学病院とかそれに準ずる病院の複数の医師に聞いたり、被害者の話が二転三転しないかを確かめたりします。 
 そういう点は香川教授のご専門の科よりも患者さんに問題が有ることが多いので……」
 精神科にはさして造詣が深いわけでもない祐樹にも警察が慎重になるのも分かるような気がした。





--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、宜しくお願い致します!!


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村



小説(BL)ランキング




















更新時間だけでなくて日付までバラバラになってしまって本当に申し訳ありません。
宜しければ下の「読者ボタン」を押して更新のお知らせを受け取って下さればと思います。
体調不良(コロナでは多分ないかと……)とリアバタで中々更新出来ません。
気長に待って下さると嬉しいです。

   こうやま みか拝








PVアクセスランキング にほんブログ村