確かに皮膚科という科は緊急性が最も高くない科だと言われている。だから森技官の場合も臨床医としての経歴などはないこともあって「無難」な科の医師にされるのだろうが、皮膚の病気でも見た目が悲惨なモノもある。
 それに比べて精神科の場合――他の疾病を持っていても精神科の医師が患部を診るとかいうコトもないだろうし――患者さんの心の病というか闇に向き合うという祐樹的にはそっちの方が難しいと思えることをしているのだろうが、一般人の感性としてグロい患部を診る機会などないだろう、多分。精神科時代もそうだろうし、今の不定愁訴外来などは他科に入院している患者さんのメンタル的なケアが中心のハズなので尚更。
 精神科の場合も祐樹の拙い学生時代の知識ではあったが、リストカットとかをしてしまう患者さんは居るだろうけれども、少なくとも入院患者の場合は凶器になりそうな危ない物は病室には持って入れないとか聞いている。
 だから血が苦手な呉先生が貧血の発作に見舞われることは大学病院の精神科勤務時代からなかっただろう、多分。
「私も多少はエイズ治療の最前線でもあるアメリカの医師に知り合いはいることは居るのですが、心臓関係とかがメインでして、他はサッパリなのです。
 だから森技官にお伺いしようかと思って、祐樹が写真を持って来ているのですが、それをご覧にならない方が良いかと思いますよ。
 確か『天使の〇り』のラストシーンって、かなりグロテスクなモノでしたよね?
 しかし、あれはあくまでフィクションなので――まあ、呉先生ほどの感性をお持ちの方はフィクションでもリアルでも同じかとも思うのですが、見ない方が良いレベルの写真だと思います……」
 最愛の人が熱心な感じで言い募っている。
 まあ、火遊びが祟ってこうなってしまっている森技官に「配慮」して、巻き込まれ被害者でもある呉先生に予め言っておいた方が良いという最愛の人の細心の配慮の深さには祐樹も惚れ直してしまったが。
「え?……」
 呉先生が凍り付いたような感じで一切の動きを止めてしまっていた。
 最愛の人が先に「言葉」で言ったのをアリアリと想像してしまったのかも知れない。
 祐樹的にはもっとフォローすべきだろうと、必死に頭を働かせた。不幸中の幸いと言ったら何だが、脳に必要なブドウ糖は焼きティラミスで充分摂取していたし。
「いえ、呉先生が感受性も豊かでいらっしゃることも良く存じ上げています。想像力も人並み以上でいらっしゃるのですから、先に言って置いた方が良いことをすっかり失念してしまって申し訳ありませんでした」
 最愛の人に感謝の眼差しを送った後は、まず謝罪をすることにした。コーヒーカップをソーサーに置いてから深々と頭を下げた。
 その一連の動作を済ませた後に呉先生を見遣ると先ほどよりも蒼褪めているような気がした。
「ですからそのような写真はわざわざご覧になる必要もないと思います。
 森技官にだけ見せるように計らいますので、少しだけ二人きりになるお時間を頂きたく思います」
 精神科のデリケートな感性などは祐樹には全く分からなかったが、血だけでなくてスプラッタもホラーも「文字」でダメなのか……と異人種を見たような気になってしまった。
「えと。二人きりというと、同居人と田中先生ですよね?」
 スミレの可憐さと臆病そうな感じが何かの小動物のようだった。
 嬉々とした感じでフォークを動かしていた細い指がぎこちない感じで動いて、指で確かめるように祐樹とどこかに消えた森技官の方向へと向けられた。何だか鉄道員が指さし確認している感じで。
「そうです。あくまでも私の知り合いの知り合いなので、恋人とは一面識もない人のケースなのです。
 それこそレインボーフラッグが店の入り口に掲げてあるようなお店で知り合った人なのですが、私も一時期とはいえ『そういう』店の常連だった頃もありましたし……そして昔と異なって今は医師と明らかにしているので、そういう無料相談――まあ、ここまで悲惨なケースはないのですが――を受けたもので、渡りに船だと思って。
 色々と『情報だけ』はお持ちのようなので一応、相談してみようかと思った次第でして……」
 スミレの花が突然の雨に打たれたように仰天している風情だった。
 先ほどまでの蒼褪めた感じではなくて。何か引っかかることでもあったのかと思ってしまった。
「つまりは、田中先生と同居人が別の部屋に行くということですよね?
 ちょっと見せられないような有様でして……」
 きっと想像力過多の世界から一気に「現実」に引き戻されたらしかった。
「この面子の中で几帳面で綺麗好きなのは私の恋人です。 
 女性の部屋――と言ってもキチンと関係各所に許可は貰ってありますが、その某女性の部屋のあまりの乱雑さに思わず『掃除しましょうか?』とか言ってしまうような人ですから」
 想像の中のことよりも現実の方が呉先生も大切らしかった。
 そして最愛の人は呉先生のことを気遣って言っているので、この程度のことは言っても良いだろうなと思った。
 掃除が行き届いていないのはどの程度なのか分からなかったものの、最愛の人が「掃除をしたい」と言い出すよりも「埃で人は死なない」と思っている祐樹と森技官が部屋を替えた方が良いと思ったので。
 最愛の人は花の綻ぶような笑みを浮かべて香り高いコーヒーと焼きティラミスを交互に唇に近づけている。
 自分の役割は終わったと言わんばかりの静謐な雰囲気を纏って咲く大輪の花のように。
 古くても重厚な感じのする部屋に――ここだけは二人が来ると聞いて慌てて掃除も済ませたらしい――瑞々しく咲き誇っているような鮮やかさだったが。







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うっかり寝落ちしておりました。
しかも今日も予定が立て込んでいるので、一話だけになりますことをご理解とご容赦下さいませ。


     こうやま みか拝








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