「いえ、サイレンと聞くとやっぱりそっちを先に思い浮かべますよね、特に我々のような救急救命室組は。

 だから久米先生の答えもあながち間違っているわけではないですよ。柏木先生も、そして大石先生もそう思いますよね?」

 祐樹が取り成すように答えている。

「トウって何ですか?」

 確かに話しの流れを全く分かっていない、今ここに来たばかりの久米先生が抱く疑問も尤もだった。

「桜木先生達と組んで上からは香川教授を病院長にして、下からは桜木先生達を中心とした『医師重視・現場重視』の病院改革をしようという集まりと言う意味での『党』です。

 確か……英語ではパーティでしたよね、大学入試のおぼろげな記憶で申し訳ないのですが」

 内田教授が内科医らしく少し回りくどい感じで解説してくれた。そして「党」についての英単語は自信がなかったのか――内田教授も「医学論文」は積極的に発表しているが、そもそも論文に「政党」などは使わない――確かめるような感じで自分に聞いてきた。

「ええ、ポリティカル・パーティが政党という意味で使われますね」

 日本製の英語だとパーティと言えば、今自分達が立っている「披露宴」――いや、立食エリアでは何だか秘密結社めいたモノを作るという話になっているようだったが、それはそれで有意義だと思う――のような「集まり」のことを連想してしまうが。

「え?香川教授が病院長になられるんですか!?いや、向いていると思いますし、何しろ病院の至宝とか日本医学界の輝ける星とか言われていますので、順当な意見だと思いますが。でも――」

 久米先生が続けた言葉にギクリとした。

 誰もそこまで考えていないだろうことを久米先生が無邪気な感じで言ったので。

「香川教授が病院長になるのは、大歓迎ですけど……。教授のポジションは手放すことになりますよね。だったら後任は田中先生ですか?」

 久米先生の無邪気かつ歓喜に満ちた声が会場に響き渡った。

 先程からいわゆる「サイレン党」の話題で――皆が抱えている不平不満の声を具体的に上げたからだろうか、周りの人間達は話を止めて桜木先生を中心とした話に聞き入っていた。大きく首を縦に振ったり時には拍手をしたりして――こちらに集中している感じだったので尚更に。

 祐樹も珍しく心の底から驚いたという感じの表情を浮かべている。驚いた時の顔はどんなに整っていたとしても、結構間抜けな雰囲気になってしまうのに祐樹の場合は驚きすらも見惚れるほどに怜悧で端整な趣きだったが。

「そこはまだ決まっていませんね。それに出来るだけ近い将来に病院長の座に就かないといけないなと本日、皆様のご意見を頂いて考えが改まりましたが」

 自分が漠然と考えていたのは斉藤病院長の停年のタイミングで行われるハズの病院長選挙、もしくはそれよりも早い段階に行われる大学学長(総長)選挙の時かなと思っていた。

 しかし、今日聞いた話を総合するともっと早いタイミングでないと文字通りバベルの塔になってしまいかねない。

「え?どう考えても田中先生だろう?そりゃ、オレ達の方が歳は上だけどさ、執刀数とか実力――だって香川……っと……教授は」

 柏木先生が酔いも回った感じの呂律の怪しさで呼び捨てしそうになったのを――同級生だった過去は変わらないので個人的には気にしていないが――奥さんが腕をパシンと叩いて注意している。

 そういうことが出来るのも、きっと夫婦仲が良いからなのだろうなと何だか微笑ましく思ってしまう。

 「良く出来ました」という感じで微笑む柏木看護師を見た後に――祐樹は驚愕という端整なお面を貼りつけたような表情で佇んでいるだけだった――当意即妙とか臨機応変という四字熟語が物凄く似合う祐樹だったが、想定外過ぎて対応出来ないような雰囲気だった。

 自分が知る限り祐樹がこんなに驚いているのは初めて見るような気がしてさっきから抑えていた、薔薇色の泡のようなモノが心の中に弾けているような気がした。

「そうですね、ウチの医局は実力重視なので、当然強力な候補者ですよ。田中先生は」

 祐樹が唖然とした表情を更に深めている。ただ、そういう表情を浮かべた祐樹を見ることが出来たのも、何だか心弾む一瞬で、密かに心と眼差しのシャッターを切った。

「そうだよなー。実力とか執刀数から考えても大本命は田中先生、しかもブッチギリで勝つような気がする。

 ま、オレは万馬券よりも低い確率で良いと思う、個人的に。

 香川教授の補佐というか、黒木准教授の後釜を狙っているオレだから、ま、それが田中教授になってもそれはそれで認めたいと思う」

 柏木先生が発した「田中教授」という言葉に幸せな雷に打たれたような気がした。自分だけで思っていた固有名詞を他の人が発音するとまた違った感慨に浸ってしまって。

「そうですよね。確かに、田中先生ならアリですよね。――研修医の私が申し上げるのは僭越過ぎるのも分かっていますが」

 久米先生が言葉を切ったのは隣にアクアマリンの透明な笑みを浮かべて佇んでいた岡田看護師が最小限の動作で肘を突いたせいだった。やはり、この二人も――祐樹が御縁を繋ぐだけあって――息が合っているなと一瞬だけ思った。

「香川外科の看板はそうそう軽いもんじゃないだろ?

 病院長になっても、執刀すべきだとオレなんかは思うが?ああいう、下らない政治ごっこよか、やっぱりアンタは手術してナンボの世界だと個人的に思うがね」

 桜木先生が強い口調で言い切ってくれて、とても嬉しい。見てくれている人はキチンと見てくれているのだな……と思うと。


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           こうやま みか




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