「あの程度なら大丈夫ですよ……。救急救命室で夜な夜な行っているので、久米先生にとっては慣れています。

 想定外ではなくて『日常』の一コマに過ぎないのです」

 祐樹が久米先生の才能に対して少なからず危惧の念というか、危機感のようなモノを抱いているのは知っていた。だからこそ当たりが強くなるのだろう。

 祐樹の負けん気の強さの発露のようで何となく可笑しい。何故なら執刀医としての活躍の場も祐樹自身の手で掴み取っていたし、数歩、いや数百歩もリードしているのが現状だからだ。

 香川外科と内外からも評されている――他の科の場合、教授の名前などを冠されていないのは精神科とか悪性新生物科とか呼ばれているので明らかだ―――現状では、執刀医は自分がメインだったし、患者さんも自分の手技を頼りにして集まって下さっている。

 しかし、祐樹のアメリカでの学会という栄誉を受けて病院長命令と後は脳外科の自発的謹慎というか自粛によって空いている手術室を回して貰って祐樹も執刀数を重ねていっている。事実上のツートップになっている。

 まあ、桜木先生――こんなパーティには出席しないと密かに予想していたのだが、立食エリアの片隅で誰も寄せ付けないという感じのオーラを出しながら一人で黙々と料理とビールを口に運んでいて、見つけた時はかなり意外だった。しかも無精ヒゲと手術着が身体の一部になったような人なのに、今日は綺麗に剃っているし、スーツにネクタイだったので最初は良く似た別人かと思ったくらいだった。

 後で挨拶に行こうと思いつつ、チラチラ見ていると自分も顔と名前だけは知っている――病院では教授以外はネームプレートを下げるのが決まりなので自然に覚えてしまっただけだが――いかにも頑固職人というか、桜木先生と同じく院内政治に興味がない感じで大学病院に在職しているのは単に「難しい症例」が集まってくるからといった風情の先生ばかりだった。

 そう言えば外科の親睦会の時に桜木先生にチラリと次期病院長の座を視野に入れていると告げた。その返答が「マイノリティの底力を~」みたいな好意的な返答だった。

 もしかして、そういう職人肌の医師達との交流目的で来てくれたのかも知れないなと思ってしまう。

「この度はおめでとうございます」

 春風に乗ったような軽やかな声が背後から聞こえて来たので、振り向くと案の定呉先生が森技官と共に立っていた。

 そもそも医局の輪の中心に祐樹と二人で――いや、長岡先生も居たが――立っていたのに、どうしてこの二人が乱入して来たのだろうか?

 お祝いの言葉は大変嬉しいが。

「ああ、気になさらないで下さい。私は研修でデモ排除方法を実地で学んだことも有って、それが初めて役に立ったわけです」

 祐樹の親しみの籠った視線の中に「何でお前がここに居る」という不審げな光も混ざっていた。その視線を受けた森技官が「カエルの面に水」といった感じで返答を返している。

 何だか論点がずれているような気もしたし、医局の皆はデモの暴徒ではないとも思ってしまった。

「――わざわざ有難うございます。しかし、私達のところにいらして良かったのですか?

 首相のところではなくて?」

 呉先生と森技官ならば――例えば今の今も病院のサイレント・マジョリティと思しき医師と話している桜木先生などは手術室の廊下ですれ違うだけの関係で長々と話しなど出来ないのが現実だった――マンションに来てくれても大歓迎だったし、その他不定愁訴外来とかお店で合流だって出来る仲だ。

「いやあ、やっぱり公務員ってすごいですね。ケンカも強いのはオレも助けられたので知っていたんですけど……、この医局の方々が遮ろうとしたんですよ……そしたら『公務執行妨害罪で緊急逮捕する!逮捕権はないですがが、私人でも逮捕出来る法律が有るのでそれを実行しても一向に構わないのですが』と小声で脅していました」

 呉先生の野のスミレといった佇まいの唇から物騒な言葉が零れているのを祐樹が呆れたように受けていた。

――確かに、公務員の「業務」を妨害すれば公務執行妨害罪だが、そもそも森技官は職務でこのパーティに来てくれたわけではないので、成立要件を構成しないのも明らかなのに、それでもそんなコトを言って脅していたのかと内心呆れた。まあ、森技官の場合は口だけで実行しないタイプなのは知っていたが。

「だから何だかざわついていたのですね……。てっきりパーティの喧噪かと思っていたのですが……」

 呆れたように目を見開いて投げやりっぽい感じで返答をしている祐樹のことが非常に良く分かる。

 常識人だと思っていた呉先生がむしろ誇らしそうに恋人の言動を語っているのも意外だった。

 自分の場合は、祐樹の判断に委ねている方が賢明だとつくづく思っていたので、全て任せているけれども、呉先生の場合は反論が有ればバンバン言うタイプだと思っていた。

 あ!そうか。多くの医師と同じく法律を知らないという可能性は有るなと思い至ったが。

「――ここでは、所属を伏せておいた方が良いですよね?」

 首相のところには行かずに――先程エアポケットのような感じで一瞬だけ人が途切れたのを見計らって挨拶に行かなかったのは何故かと思ってしまったが。

 今は黒木准教授夫妻が首相と歓談した後に久米先生のスマートフォンで写真撮影中だったのを視界の隅に留めながら質問・注意事項を口に出した。「披露宴」にアクシデントが付き物だと柏木先生に聞いていたので、何だか本当の「披露宴」ぽくなっていることには手に持ったシャンパングラスの泡よりも細かい泡が心の中で薔薇色に弾けていたが。

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