「すみません、呑み過ぎたみたいで……お手洗いに行って来ます」

 ロマネの色に限りなく近づけた――これはウチのバーデンが腕によりをかけた逸品だ――ノンアルしか呑んでいないが、そんなことは詩織莉さんや恭子さんには分からないだろう。

 オレもアルコールに強い自信はあるが、車で来ている時は自粛している。オーナーが若かりし頃は――ちなみにこの人も歌舞伎町で「伝説のホスト」と呼ばれていた過去がある。その何代目かの後がオレということになる――アルコールをガンガン呑んでも酒気帯びを取り締まっている警察官にさえ遭わなければ大丈夫だったらしい。それにホストが帰る時間帯に警察官は皆寝ているらしいとも聞いていた。

 ただ、今のご時勢では飲酒に厳しいし、警官に見つかってしまえばオレ一人の問題ではなくて店にも迷惑が掛かるので車の時はアルコールを摂取しないようにしている。

 それにオレの場合、素面であってもお客さんの前ではアルコールが入っているテンションで話せる特技も持っている。

 お手洗いに行くのはスマホをチェックするためだった。

 ユキからのメールだけは特別な振動をするように設定をショップの人に頼んでしてもらった。そしてその唯一の振動の仕方だったので、物凄く気に掛かる。

「行ってらっしゃい。私は恭子さんと込み入った話をしているのでごゆっくり」

 詩織莉さんは本当にローンの借り入れの話を検討しているらしくて、恭子さんに色々と突っ込んだ話をしていたので、この場に居なくても大丈夫だと思う。

 トイレの個室に入ってスマホをチェックする。

 言うまでもなくこの店は男性客禁止を謳っているので、男性用トイレはスタッフしか使わない。

 オレも新人の頃に両方のトイレ掃除をしたが女性用はまるでベルサイユ宮殿から持って来たような豪華さだったが、男性用の方は安居酒屋のトイレと同じ感じなのはご愛嬌だろう。

 まあ、店名からして「ドラレーヌ」なので――女王様とか王妃様とか言う意味らしい――お客様がそういう女王様気分になって下さるための店側の配慮なのだろうが。

 お客様から聞いたところによるとベルサイユ宮殿には元々トイレがなかったそうだが、そういう細かいコトを問題にするお客さんも居ないのも事実だった。

 そんなことを思いながらも使い慣れたスマホを弄ってユキのメールを開いて見た。

「今、ユリさんがマンションの前に来て、オートロックを開けたんだけど、シンの部屋の来客をチェックして開けたら、ウチの組の人間も三人居た。

 何かヤバそうな感」

 唐突にメッセージが切れているのも――ユキは割と几帳面だし礼儀正しい。だから文面も「ヤバそうな感じがして怖い」」とか書くだろう。それが途中送信のような感じなのも――緊急性を物語っているようだ。

 ユキのスマホに電話すると「ただ今電源が入っていないか、電波の届かない~」という無情なアナウンスが流れるだけだった。

 ユキがオレのマンションに居るならば、電波は絶対に良好なハズだ。これはオレも営業のためにお客さんに電話することも良くある。その時100%繋がっているのだから。

 そして電源は多分入っているだろう。ユキはスマホの使い方を色々試し中だと言っていた。ただ、ユキの場合は電源を切るとしてもオレには知らせてくれると思うし、それにメールにもその旨は書いて知らせるハズだ。

 ユリという名前も不安感を煽ってしまう。

 ただ、オレがパニックになるわけにも行かないので、冷静にこれからすべきことを考えた。

 先ずは詩織莉さんと恭子さんに知らせなければと思った。

 詩織莉さんは本気でユキのことを心配しているし――過去のトラウマというか、ユキに対して含むところからは脱却出来たみたいだ――恭子さんだってユキに対して好印象を持ってくれたことも分かっていたので。

「あれ?リョウ、顔色が優れないようだけれど、大丈夫なの?」

 足早に詩織莉さんと恭子さんが座っているVIP席に戻ると詩織莉さんは心配そうにマッチ棒が5本は乗ると思しき睫毛をパチパチしている。恭子さんも同意見のようで大きく頷いている。

 本来ならばメールとかショートメッセージは私信なので見せたりはしないが、この場合は緊急避難(?)だ。

「実はユキから――あ、銀行で恭子さんが会ったオレの恋人です――こんなメールが届いたんです」

 そう言って二人にスマホの画面を見せた。

「え?ユリって、あの性悪でしょ?

 それに、洋幸が昨夜の主役になったこととか、二億もの現金を獲得した件についても、腸の中が煮えくり返っていると思うわ。

 しかも、洋幸は性格上もきっちりしているし、お母様譲りの礼儀正しさも持っている子よ。

 だからこんなふうに途中送信みたいなことはしないと思うわ。まあ、タップミスでうっかり送ったとしても、直ぐに『ごめんなさい』的なメールを寄越すわよ……。このメールが最後なのよね?」

 詩織莉さんはこめかみの辺りを揉んでいる。人気女優だし、何より店で最も目立つ場所に座っているので、こういうイライラ感はよほど動転しているのだろう。

 オレも善後策を必死に考えていた。

 ユキのスマホに電源が入っていないことが一番の痛手だった。

 オレがショップの店員さんにわざわざ頼んでいたことが水の泡になってしまいそうで。

 ユキの居場所が分からないというか追跡出来ないというのは。




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