「『新婚旅行』のホテルのサイトをそこまで詳しくご覧にならなかったのですね……。レストランのメニューが一部載っていましたよ。そこにも『神戸牛のステーキ』がありました。

 わざわざ香港に行ってまで神戸牛を食べることはないとパスしようかと思っていましたが。もし味を比べて見たいとお思いならそれはそれで全然構いませんが」

 何でもないようなことを、祐樹と自分温かく見守ってくれる人達の前で話せる幸せにシャンパンの酔いよりも強い薔薇色の酩酊感に包まれたような気がした。

 これも吉田百合香ちゃんのお父様の「代理」で首相がいらして下さった効果だろう。

 吉田家も華麗なる政治家一族だし、百合香ちゃんのお祖父様に当たる元総理も政界を引退したとはいえまだまだ健在だ。その後継者たる百合香ちゃんのお父様が招待に応じて下さっただけでも斉藤病院長は狂喜乱舞していたが「将来の総理」と現職ではきっと比べ物にならないのだろう。

 医師は自分でリタイアを決めない限り――大学病院には停年は有るが――生涯現役でいられるけれども政治家の場合は選挙に落ちればただの人になってしまう。

 いくら「将来の総理の椅子は確約」と言われている人でも何か犯罪をしてしまうとか大スキャンダルに巻き込まれて政治生命を絶たれる人もいる。

 だから「現職の」総理大臣に勝る人脈を結びたい人も居ないのだろう。

 自分の場合、確かに次期病院長兼医学部長を狙ってはいるが、その選挙はあくまで院内だけで行われるので正直なところどうでも良い。斉藤病院長は多分医学界の重鎮を目指すようなタイプなので厚労省を飛び越えた人脈作りに励みたいのだろうが。そういう世界は魑魅魍魎が跋扈する大学病院以上に人間関係も複雑だと森技官から聞いた覚えがあるし、政治家の力を借りなければならない世界なのだろう。

 自分は祐樹を教授職に就かせればそれで満足だし、大学病院をリタイアした後は祐樹と二人で経営する海の近くののんびりとしたクリニックで儲けなど関係なくゆったりと穏やかに、そして一番重要なのが仲良く暮らしていくという生活だ。だからそんなにガツガツ生きようとも思っていない。

 それよりも、先程からずっと涙ぐんでいらっしゃる祐樹のお母様とか、それを懸命に笑いへと持って行こうと試みている感じの森技官の――ただ、彼の場合は呉先生と同じく友達枠でしか招待していない。本来ならば真っ先に総理の元へと挨拶に行かなければならないのではと門外漢の自分ですら心配になってしまったが――穏やかかつ誠実そうな接し方を見て良かったと思った。そしてそれを盛り上げてくれている呉先生にも。

 確かに森技官は祐樹に対して浮かべるのが習慣になってしまったようなシニカルな笑みではなくて斉藤病院長が「良い人」発言をしていた時もこんな表情を浮かべていただろうなと思わせる誠実そうで端整な笑みを絶えず浮かべていたし。

 視線に気付いた呉先生が華奢な肩を竦めて、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。

 この「披露宴」に森技官から最初に貰ったスミレの花を象った指輪を快く貸してくれた点も含めて本当に喜んでくれているのが分かる。

「飛行機で4時間とはいえ、わざわざ外国に行ってまで神戸牛を食べたいとは思わないな……。確かにこの金の粉をまぶしたステーキはとても美味しいが。

 ソースもどうやって作ったのだろうか……」

 基本的にアメリカではパンにバターなどを付けて食べるのが一般的だが、フランスなどではソースで食べる。斉藤病院長の美人秘書――ちなみにウチの病院長秘書というのは良家の子女が嫁入り前の箔付けのために勤務するというのが一般的だ――そして彼女が色々と「お試し」とやらに行った結果、このホテルが良いと太鼓判を押すのも分かる。

「そうですよね。やはり中華料理の方が良いですよね。

 あ、ちなみに中華料理といえば辛子が付き物ですよね。香港のガイドブックを夜勤の時に読んでいたのですが」

 祐樹は本当に幸せそうにステーキの皿に残ったソースをつけたパンを食べながら言葉を続けている。

 どうやら斉藤病院長発案のパーティのタイムテーブルもまさかの首相のご出席で一部省略されているような気がした。

 ただ、その方が料理も楽しめるし、祐樹と二人で雛壇に座って背後は白い十字架で照らされた状態でゆっくりと話しが出来る方がよほど嬉しい。

 辛子?マスタードのことだろうが、祐樹がガイドブックを見ていたという点がまず驚いた。何故ならホテルの部屋に籠ったままで過ごそうというプランを立てていたので。

「何でも、三種類の辛子が小皿に入れられてテーブルに置かれるそうです。赤・黄・緑色のが。

 その三種類の中で最も辛いのはどの色かという『体験者の声』を紹介されていましたよ。

 どの色だと思われますか?」

 え?と思った。

 常識的に考えると赤が一番だと思う。たまに行くコンビニでも激辛とか、辛さマックスとかのお菓子やラーメンなどは皆が赤色だったので。

 ただ、祐樹がわざわざこうして聞いて来るのだから違うのだろう。

 しかし、元々マスタードは黄色なのでそれでもなさそうだ。ただ、緑色というのは身体に良さそうなイメージがある。

 ただ、祐樹もフェイントを掛ける意味で聞いて来たのかも知れない。檀上で仲良く話す姿を見守ってくれる人の温かい笑みとか眼差しを見て会釈めいたモノを返しながら考えてしまった。


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