「きょ……キョウジュっ……!!」
 斉藤病院長の「親友・戦友」として教授選から医学部長・病院長選挙まで経験しているので、絶対に修羅場をくぐり抜けているハズなのにグラスを取り落そうとしている。
「父がこのように取り乱すのは初めて見ました。しかし、本当に……そんなチャンスを与えて下さるのですか?」
 滅多に動じない清水研修医も、若干早口かつ上擦った声だった。
 祐樹が可笑しそうな笑みを浮かべて麗しい親子愛を見た後に自分を見詰めて来る。そういう秘密めいた目配せを送り合うのも心に黄金色のシャンパンの泡が細かく弾けるような感じだった。
「ウチの病院限定ですが……、脳外科は白河教授の年齢を考えると充分教授職狙えますよね」
 祐樹が畳み掛けるように言ってくれた。
 年齢差で考えるとその発言は妥当だったが、祐樹は何故自分が病院長選挙に臨むかまでは思い至らなかったようだ。
 まあ、目の前のタスクを――幸せ過ぎるモノばかりだ、最近は――こなすことで流石の祐樹もキャパを超えそうなのかも知れないが。
「そっ!!そうですねっ!!いやぁ、産まれて来て良かった……というか、愚息を斉藤病院長や香川教授に預けて本当に良かったと申した方がより正確です……」
 さほど呑んでもいないのに――とはいえ清水氏のアルコール分解酵素がどの程度体内に存在するかは分からないが――清水氏の顔は泥酔者のような色に染まっている。
「あ、失礼します。電話が……。久米先生からです」
 久米先生と聞いて清水研修医は咄嗟に仕事か明日のパーティのことだと察したらしい。
「田中先生、奥に寝室が有るので、宜しければそちらでお話し下されば大丈夫です」
 病院関係者御用達、つまりは斉藤病院長も良く使っているホテルなだけに通い慣れている感じだった。
「有難うございます。では教授、少し席を外して宜しいですか?」
 総回診の時の、患者さんを前にしたのと同じ感じの恭しさで「お伺い」を立ててくるのは清水氏の目を気にしてのことだろう。
 ただ、普段の清水氏は「権謀術数腹黒タヌキ」とあだ名で呼ばれている斉藤病院長の親友に相応しい対応を多分見せるハズだったが、今は気持ちが宙に浮いている感じを受けるので大丈夫っぽいが。
「もちろん。こちらは大丈夫だからゆっくり話して来たら良い。『例の』患者さんのことかも知れないので慎重に対処しなければならない」
 久米先生からの電話ということは祐樹のお母様を医師の視点で診た結果報告だろう。そちらも当然ながら気になっていたので。
「承りました。では少しの間、失礼します」
 祐樹が携帯を持って清水研修医が丁重に指で示した方角へと足早に歩み去った。
「医学部教授の父親と――と言っても医者の不養生を地でいっていますので生きていられるか分かりませんが、こうなれば意地でも長生きしなければならないと思ってしまいます――ウチの病院の立派な跡取りという贅沢過ぎる二者択一が出来る己の幸福を噛みしめるばかりです。
 独立行政法人になったとはいえ、身分は公務員に準ずるので副業は禁止でしたよね?教授職は……。籍は大学病院に置いてウチの病院にというのが最高なのですが……。ああ、教授、遠慮せずにどんどん召し上がって下さい。いや、これだと少ないでしょうか?何か追加オーダーをしますか?」
 艶々と黒く煌めくキャビアの――何だか祐樹の眼差しに似た光だったのもとても嬉しい――味と良く調和しているクラッカー状の物を唇に運んでいると、分厚いメニューを寄越すようにウエイターに目で合図を送っている清水氏が目に入った。
「いえ、私はこれで充分です」
 それでなくともテーブルの上には山のように軽食類が並んでいる。
「教授、イチゴがお好きだと田中先生にお聞きした覚えがありますが、このシャンパンに最も合うイチゴが有れば……」
 清水研修医が躊躇なく言い募ってきた。確かにイチゴは大好きだし、その程度はご馳走になっても良いような気がした。
「そうですね。在庫が有ればそれをお願いします」
 清水氏は何だかイチゴ農家に――どこに有るのかは知らないが――本当に行きそうな勢いでスタッフに食いついていた。
「先程のお話しですが、そもそも大学病院に籍を置くことなくアメリカに行ってしまった人間が教授職として出戻って来るという事態も旧来の常識にはかからないと思います。
 ただ、海外で実績を積んだ人間が教授職や准教授職で招聘される例も多くなってきましたよね。
 ですから白河教授が停年を迎えるまでの長い時間にはどんなことが起こるか分からないです。もしかしたら兼業可能になっているかもしれません。
 日本の社会も働き方改革とか色々変わって来ていますので」
 清水研修医がなるほどという感じで頷いている。どうやら脳外科に移籍する話しに乗り気のようだった。
 そう言えば、彼のお兄さんが外科に一時籍を置いていたので選択肢から外されたという兄弟の確執が有ったようだった。
 家族として普通に仲は良さそうな感じだが、家庭内のことは誰にも分からない上に自分も、そして祐樹も一人っ子なので兄弟がどんな感情を持つかなど分かるハズもない。
 ただ、日本史を紐解けば兄弟間でも血で血を洗う抗争とかも有ったようだし、清水研修医だって鬱屈した思いを抱いていた感じだった。まあ、精神科の真殿教授に対して反感を抱いているせいもあったのかも知れないが。
「兼業が可能になったら良いですね。その辺りは運動を継続しつつ様子見です……。
 ああ、教授チルドのなら有るようですよ、御所望のイチゴが」
 夢見るキツネといった感じの清水氏が教えてくれた。
「教授『例の』患者は、当面の間は何の問題もないようです。念のために引き続き様子を診るようですが。
 ご存知の通り久米先生は慎重ですからね……。医局での職務上に限って申し上げれば……」
 祐樹が足早に戻って来て席に優雅かつ尊大な感じで腰を下ろした。
 ただ「久米先生は慎重」と話した時に清水研修医が何か言いたそうにして慌てて唇を閉ざしたのを見ていたのだろう、動じずに言葉を付け足していた。
 「医局内」を持ち出せば、清水研修医には確かめようがないのも計算の内なのだろう。




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勝手を申しましてすみません!!




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あと、BL小説以外も(ごく稀にですが……)書きたくなってしまうようになりました。
本業(本趣味)はもちろんBLなのですが。

こちらでそういった作品を公開していきたいと思っています。




「下剋上」シリーズは一人称視点で書いていますので、他の人がどう考えているのかは想像するしかないのですが、こちらはそういう脇役がこんなことを考えているとか書いています。
今は、久米先生が医局に入れてハッピー!な話とかですね。

スマホで読んで頂ければと思います。その方が読み勝手が良いかと。

落ち着くまでは私ですら「いつ時間が空くか分からない」という過酷な(?)現実でして、ブログを更新していなくてもノベルバさんには投稿しているということもあります。
なので、お手数ですが「お気に入り登録」していただくか、ツイッターを見て頂ければと思います。




更新出来る時は頑張りますが、不定期更新となります。すみません!!



不定期更新に拍車掛かりますが何卒ご了承ください。
しかも、クリニックではなく「大きな病院紹介するかも」と言われていまして……しょんぼりしています><;




 

       こうやま みか拝