「有難う御座います。危うく白衣を汚すところでした。ドレッシング、しかもゴマの染みのついた白衣を着ていれば、百合香ちゃんに『王子様』と認めて貰えないでしょうから」
 祐樹の輝く笑みとか、純白の白衣などを見ていると自然と笑みが浮かんでくる。
「そうだな……。最初は私に関わりを持った人を悉く死に至らせてしまうという運命を振り払ってくれる『白馬の王子様』とか『太陽の神様』みたいな人だと思って一目惚れをしたので、百合香ちゃんがどう思おうと祐樹は私の王子様だが」
 心を込めて言ったにも関わらず、祐樹はポケットからハンカチを早業のように取り出して口元を覆っている。
 ゴマドレッシングだけでなくキャベツの千切りまでもがハンカチに付いてしまったのは気配で分かった。
「それほど御大層ななことはしていませんよ。
 それに、私も貴方がこの病院に帰って来て下さらなかったら、人間としても医師としてもロクでもない存在になっていたのは確定です。医局の下っ端としてのストレスを『一夜限りの恋人』という美名の元で、その実は一回限りの愛情のない情事で憂さを晴らすだけという感じだったと思います。
 そういう人としてもどうなのかという――まあ、この性的嗜好の持ち主は奔放な人が多いので、私の所業も目立たないとは思いますが――問題も貴方という生涯に亘るパートナーを得たり、医局の抜本的改革を成し遂げて下さったので実力だけで勝負出来たりするものに変えて下さったでしょう。
 ですから、私にとっての白馬の王子様は貴方だと思っています。歯ブラシをお借りして良いですか?」
 祐樹がスーツとワイシャツをたくし上げて手首を見た。その長い指や骨ばった手首も見惚れてしまったが。
 特に指は手技の時もだが――それ以上に愛の交歓の時にはもっと悦楽の炎を煽るような動きをするのを身体と、そして魂が覚えていて、背筋が微かに震えた。
 五分だけお姫様のご機嫌伺いに行ってから手術室に下りて行きます。
 ご馳走様でした。教授用の日替わりのお弁当は、一般職員のとでは全く味も材料も異なりますね。しかも、お値段は同じとか聞いていますので何だか得をした気分です」
 王子様らしくない言葉を紡きながら、素早く立ち上がった祐樹は自分の顎と首の後ろに指を優しく当てて上を向くようにと優雅極まりないリードをした。こういう動作も王子様っぽい。
 祐樹の見た目よりも遥かに柔らかい唇を薄い唇で味わう。
「歯ブラシなら、その洗面台の下に予備のが置いてあったと思うので、それを使ったらいい。
 いくら私の秘書が優秀で気が利くとはいえ、歯ブラシの本数まで管理していないと思うので」
 病院長命令のお姫様の御守りも――最悪の場合は自分が主治医なので、祐樹は敢えて「王子様」役を引き受けてくれたのだろう。そういう優しさも祐樹には有ったので。
「有難う御座います。これから医局を経由したら時間に間に合いませんので。
 それと、白衣とかスーツとかにタバコの匂いはついていませんか?
 百合香ちゃんはイギリス式のキンダーガーテンに一時期通っていたので、筋金入りの嫌煙家でしょうから……」
 朝にクリーニングに出していたスーツ類を解いて着た後に出勤し、午前の手術が終わった後に医局に自分が寄ってからこの執務室に来たのだから今日は一本も吸っていないと思われる。スーツから手術着に着替えたり、そして手術の後にシャワーを浴びてスーツに着替えたりするのも当然ながら病院の中で行うので吸えるスペースはない。
 大丈夫だと思うが、一応このスプレーをかけておいた方がいいかもしれないな……。
 患者さんやそのご家族に会って説明するのも重要な業務の一つだし、遠くから自分を頼って来て下さっている患者さんに対して身だしなみを整えるのも業務の一環なので洗面台の下の扉の中には衣類の消臭剤も入っている。
「高平ナースの件はまた後で聞くので」
 祐樹の全身に消臭剤を振り撒きながらそう告げた。
 祐樹が「げっ、マジかよ」と少なくとも自分に言ったことはないので、かなり驚いたのだろう。ただ、高平ナースよりもお姫様のご機嫌伺いの方が優先順位は高いので。
「ああ、その件もありましたね。
 まさか彼女がそんなリーダーを務めているとは思っても居なかったのでつい。
 医局の中とか教授総回診、そして主治医を務める患者さんの容態が急変して、貴方までもが病室にいらっしゃるという事態になった時にもみだりに近付かないようにしないとなりません。
 今時は、スマホで簡単に写真が撮れますし、シャッター音を消す機能まで付いたのとかも有りようですから。
 医局内では、貴方以外の人間に努めてスキンシップを取るように気を付けます。
 しかし、それはあくまでも高平ナースの目を気にしてのことなので、くれぐれも変な意味に取らないで下さいね」
 無香料の消臭剤を振り撒いている間に、祐樹が言い聞かすような感じで言ってくれた。
 ――その点は全く気にしていないのだが。
「そのことについてはまた四時以降にお話ししましょう。
 彼女がキーパーソンになってくれる可能性すらありますので。では失礼します」
 季節外れの春の嵐のような感じで祐樹が執務室から出て行った。といっても、ドアを開けた時からは丁重極まりない、静かな動作と落ち着いた言葉遣いだったが。
 高平ナースがキーパーソン?その意味は分からなかったが。





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何も考えていなさそうで、そして主体的に動かなかった彼ですが、何故そういう風に振る舞ったのかを綴っています。
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<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。





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また、本日も向こうの更新は済ませました!
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森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪

こちらのブログと違って隙間時間に書いたら即公開していますので、更新時間がバラバラです!

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PCの前でのまとまった時間は取れなくなってしまいましたが、アイパッドなら何とか隙間時間で記事を作成出来るので、すみません、このブログの更新頻度は減りますが、ノベルバ様の方では香川外科の面々がどのように教授や祐樹を見ているかを書いています。

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