「はい。手技の時にメスを持ってらっしゃる時の手術用手袋に包まれた指――今思えば、その指に一目惚れしたのですが……。帰国前の手術の画像だったので、顔よりも術野とその指しかクローズアップされていないモノでした。
 しかし、花よりも美しい人が花を触っているのは、本当に綺麗ですし、目の保養どころか魂までも洗われた気分になります」
 祐樹がそんな嬉し過ぎることを言ってくれたので、自分は魂までもが薔薇色の雲に乗っているような気がする。
 紅色に染まった指で――愛の交歓の余韻と氷を扱ったせいだろう――呉先生にモ○ゾフのプリンが入っていたとは思えないほどの完成度で薔薇の花と葉が綺麗に浮いている「リサイクル」品を差し出した。
「毎日氷を入れて、同じ一ミリでも五ミリでも構わないので鋭角に切ったら長持ちしますよ。デスクの上に置いて、患者さんの理不尽なクレームが有った場合のささやかな気分転換になれば嬉しいです」
 水の中で切るという方法で――これは暇つぶしに観た「趣味の園芸」で覚えた――手を加えた花瓶の花束も心なしか活き活きしている。
「こういう手の持ち主は『緑の手』と呼ばれて尊敬されるそうですけれど『神の手』と外科医全てが認める香川教授が『緑の手、あれ、指』だったかもの、両方を兼ねそなえた方だとは思ってもいませんでした。
 ただ、今はサイン会のせいで膨大な量の花束が病院中飾ってもまだ余っているようですので、あまり公にしない方が賢明かもしれません。
 いや、それは大丈夫なのかな……。香川教授に花束を捧げる人間はたくさん居そうですが、その世話までをお願いするような厚かましい人間は私くらいかもしれませんし。
 今でもA会議室には飾りきれない花束がたくさん置かれているようですよ。
 手土産の高級洋菓子などは、あのドケチの事務局長が包装紙に包んだままの状態なので、メルカ○か、ヤフオ○に出品を企んでいるとか。
 まあ、賞味期限が有りますから、それも仕方ないのかも知れませんね」 
 祐樹は――以前よりは食べられるようになったとはいえ、それほど甘いものは食べないし、自分も好きな洋菓子メーカーと苦手なメーカーが厳然として存在する。
 京都のリッツに店舗が入っているメーカーのマカロンも苦手だし、第二の愛の巣になった大阪のホテルのケーキもそれほど美味しいとは思えない。それに東京の丸の内だかで一日15台しか――ホールケーキなので――作らない稀少なバターケーキも長岡先生が婚約者から送って貰ったのをお相伴に与ったが――ちなみに祐樹は「甘いモノ」と聞いて「用事」を都合よく思い出して逃げていった。
「一度、その会議室を見たいですね。お花が枯れない時を見計らって……。あ、そうだ」 
 祐樹が乾いた音を立てて指を鳴らした。このジェスチャーをする時は何か良いことを考えついた時だけだった。今言えないようなことなのだろうか?だとしても二人きりになった時には教えて呉れるだろう。
「有難う御座います。この花束の輪ゴムを下手に触ったら滅茶苦茶に分解されてしまいそうな気がして。
 かといって薔薇の首が折れてしまいそうなのを飾り続けるわけには行かないので、首を切ってしまおうかとも思ったのですが、こんなに綺麗に蘇らせて下さって嬉しいです。
 それにこの氷水の中で咲き誇る薔薇よりも綺麗で活き活きした教授の笑顔は、田中先生が愛して下さった証しですよね。
 田中先生が出会って直ぐの時くらいに『大輪のカトレアか薔薇よりも綺麗な恋人です』と仰っていたのですけれど、それ以上に瑞々しくて華やかで幸せそうな笑みを浮かべていらっしゃいます。
 同居人には見せないように気を付けなければ……」
 明らかに冗談と分かる口調で言ってくれたので、その辺りは安心したが。それほど自分は幸せそうな顔をしているのだな……と思うととても嬉しい。呉先生の賛辞は嘘が混じっていないことも何となく分かるし、祐樹も強く頷きながら輝く笑みを浮かべてくれていたし。
「あ、失礼。同居人から電話です」
 そろそろ辞去するタイミングかなと思って祐樹を見ると、同じような目配せが返ってきた。そして、その眼差しの中には新しいことを思いついたような感じの活き活きした輝きまで加わっていた。それに先程の指を鳴らした件も気になった。
「え?もう家に帰ったのか?だったら、そうだな……。今日は吉野○にでも一緒に行こう。最近ご無沙汰だったし。オレは今まだ病院だが、直ぐに出るから。ああ、じゃ、また」
 呉先生が通話を終える時を見計らって、祐樹に目配せをした。
「では私達もこれで失礼します。コーヒーご馳走様でした。
 森技官には宜しくお伝えくださいね」
 祐樹の滑舌の良い声が朗らかに響いた。先ほどまでは低く甘い声で愛を囁いていたのに、切り替えの早さは流石だと思う。自分だって、祐樹の愛情を花園の奥に迸らせてもらったというのに、そしてそこはシャワー室がない部屋だった。先に呉先生に聞いて置けばよかったのかもしれないが、祐樹が預かった鍵で屋内に入れることを知ったのは鍵を預かった後だったので仕方のないことだろうし、直ぐに洗い流すのもある意味勿体ないと思ってしまうので、奥処が濡れそぼっているという状態も――仕事中でなければ――大歓迎だった。
「では、そろそろお暇しますね。ああ、ワイシャツのボタンが一つ掛け違っています」
 目敏い祐樹が呉先生の立ち上がった姿を見てそう呟いた。
「え?うわぁ、四個目のボタン……。この状態で今日一日患者さんと話していたのか……」
 呉先生の頬がレンゲ色に染まっている。先ほどまで――人目を忍んで素肌で愛を確かめ合っていた自分達とは――そういう場合ならボタンの掛け違いは先程からだけなので、見る人は祐樹と呉先生しか居ない――異なって呉先生は一日中らしい。
「そのボタンからならネクタイと白衣で充分隠れますし、気付いた人は居なかったのでは?」
 慰めるというよりも、座って患者さんの話をひたすら聞くという業務なので、第四ボタンなど目に触れないだろうし。
 何だか軽い自己嫌悪の淵に嵌っている呉先生のことはそっとしておこうと眼差しで意見交換をして不定愁訴外来を出た。
「祐樹、良いコトを思いついたのだろう?それを教えて欲しい」
 救急救命室は忙しい時は激戦区の野戦病院さながらになるが、暇な時はとことん暇だ。そしてどうやら今は後者らしいので、もう少しだけでも祐樹との時間を楽しみたかった。
 それでなくても、最近はお互いが忙しくてすれ違いが続いている。
 身体の渇きは何とか収まったが、心はもっとと我が儘を告げていたので。




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<夏>後日談の教授視点をこちらのサイト様にちまちま投稿しています。
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何も考えていなさそうで、そして主体的に動かなかった彼ですが、何故そういう風に振る舞ったのかを綴っています。
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こちらは不定期更新ですので、本当に投稿時間がバラバラですので、アプリのお気に入りに登録して頂くとお知らせが来ます!興味のある方は是非♪♪
<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。





◆◆◆バレンタイン企画始めました◆◆◆

といってもそろそろネタもないため――そして時間も(泣)
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。


覗いて下さると嬉しいです!
また、本日も向こうの更新は済ませました!
両方とも、独白部分は終わって物語が進みます。
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪

こちらのブログと違って隙間時間に書いたら即公開していますので、更新時間がバラバラです!

だから、アプリで読んで頂くと新着を知らせてくれるために読み飛ばしはないかと思います。宜しくお願いします!!

PCの前でのまとまった時間は取れなくなってしまいましたが、アイパッドなら何とか隙間時間で記事を作成出来るので、すみません、このブログの更新頻度は減りますが、ノベルバ様の方では香川外科の面々がどのように教授や祐樹を見ているかを書いています。

今は久米先生視点(医学部生時代)を投稿しています。
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今日は、力尽きなければ、二時間後を目途に「白衣の王子様」をアップ出来そうです!!

       こうやま みか拝