「そうですね。ではお言葉に甘えてほんの少しだけお邪魔します。救急車のサイレンの音が聞こえるまでは大丈夫でしょうから。それにサイレンが鳴ったとしてもこの携帯に着信がなければ、人手は充分足りているので」
祐樹の白衣に包まれた広い背中を見惚れながら後に続いた。
「教授……。そのマスクはお風邪ですか」
呉先生が悪戯っぽいスミレ色の笑みを浮かべている上に全く心配している感じではなかった。
「ここだけの話し……非常階段と、そして歯止めが効かずに……かつての病室で愛を交わしていました……」
祐樹が悪びれた様子もなく暴露して更に顔が紅くなるのを自覚した。
「やはりそうでしたか……。非常階段の鍵を田中先生に渡した時からそうだろうな……とは思っていたのですけれど……。
旧館のかつての病室は誰も近付かないので、密会に最適ですよ。
それにしても……二回も愛を確かめ合ったのに、良く普通に歩けますね……。私ならベッドの上でぐったりです。」
コーヒーを淹れるために呉先生が水回りの方へと姿を消した。
「『密会には最適』とのお墨付きを頂いたので『SBPIH』を決行しましょうね」
壁際に二人して佇んでいると、祐樹が耳元で囁いた後にマスクを外した。
物凄く恥ずかしかったものの、呉先生に――というか森技官と一緒に居た――ベルリンからの帰国した関西空港で愛の行為を見破られているので今さらのような気もした。
「普段からお顔は整っていますが、田中先生と『そういう行為』の後には雫を宿した瑞々しい大輪の薔薇のようなお顔になるのですね……。田中先生がマスクで隠したい気持ちは充分過ぎるほど分かります……」
呉先生のスミレ色の視線が驚きと納得の眼差しの光りで煌めいていた。
「ええ、とても綺麗でしょう。私だけが独占したい表情ですが、マスク越しにコーヒーを飲むような器用さは持ち合わせていないし、呉先生なら見せてもいいかなと思いまして」
コーヒーの良い香りが部屋の中に漂っている。その「健全」な感じの空間でこういう話を交わすのは却って背徳感で背筋に微細な電流が流れる。
「教授と田中先生のサイン会の時に手土産として皆様が持って来て下さった花束ですが、飾りきれないらしくて、私のブランチまで頂いてしまいました。病院中がお花で溢れている感じですよね……。ウチに病院長からのお裾分けが来たのは初めてですので、よほど有り余っているのだな……と。
しかし、花束を花瓶に突っ込んだのはいいのですが、枯れそうなので……。教授なら対処法をご存知かなと……」
さきほど「自分に聞きたいことが」と呉先生が言っていたのはその件らしい。
「確かに元気が無くなっている感じですね。氷は有りますか?そしてハサミ――生け花用でなくても構いません――が有れば、何とかなりそうです」
この部屋に冷蔵庫が有るのは知っていたので、付属というかセットで冷凍庫も漏れなく付いてはいる。ただ、几帳面そうな呉先生が意外にも大雑把な性格なのも知っていたので、冷凍庫が空という可能性もあった。
「たしか、一年前ほどに水を凍らせたまま眠っているのが有ります。ハサミはこれで大丈夫ですか?」
呉先生の、いかにもラッピングを解いてそのまま花瓶に放り込んだと思しき花束をしげしげと眺めた。
ベビーピンクの薔薇は「首」部分がくたっとしているので、修復は不可能だろうが、他の花は大丈夫そうだ。
花束としての体裁というか、バランスを保つために根元の輪ゴムの位置を覚え込むように見てからシンクに水と氷を張って、茎を切っていく。
「そんなに鋭角に切るのですか?」
呉先生が興味津々といった感じで見ている。
「はい。茎の切断面が水を吸い上げるのは分かりますよね。鋭角に切ったらその分表面積が増えるので、吸い込む量がその分増えます。
それに氷を入れるのも効果的だと読んだ覚えがありますので。
この薔薇は水を吸い込む力が茎にはないようなので、ギリギリのところで切ります。水の中で作業をするのもコツだそうです。
何か綺麗なガラスの入れ物とかマグカップのようなものは有りますか?」
呉先生が感心したように眺めている。そして祐樹もコーヒーカップを持って花を氷の浮いた水中で切っている様子を眺めているのが視界に入っていて、とても嬉しい。
「ガラスの入れ物……。ああ!患者さんに頂いたモ○ゾフのプリンが入っていたヤツならあります。ええと、あれはどこに仕舞っていたかな……」
水中で全ての花の茎を鋭角に切り終わって、先程の花束よりは6割ほどの高さになったが、それでも充分花束としては活き活きと咲き誇っている感じにまとめた。
こういう作業をするのも大好きだった。
そして、呉先生が手渡してくれたモ○ゾフのプリンが入っていたガラスの中に氷水を張って、鋭角に切った薔薇と、もう使い道のなさそうな薔薇の葉っぱ二枚を使って形を整えた。
「後は、花屋さんに行って栄養剤のようなものを買ってくれば更に長持ちしますよ。
この花瓶だと少し大きいので小さいのは……。ああ、だったら、これを入れておけば大丈夫です」
不定愁訴外来には――基本的にここは入院患者さんが常にいる場所ではないため――花瓶の準備がないのだろう。
先程まで花束をただ突っ込んでいた白い花瓶の中にモ○ゾフのガラスを足場のようにして入れてから、ほぼ完璧に再現した花束を慎重な手つきで入れた。
「教授、有難う御座います。御礼になるかどうか分かりませんが、四階の――表記上は五階ですが――最も奥の部屋は特別室で、シャワーも完備されています。四階が何故五階と言い習わされているのかはお分かりかと思いますが……。旧館には入院患者さんも居ませんし、何故かナースとかの休憩にも使われていないので、鍵さえあれば入れます。
田中先生とのデートで使っても問題はないかと……。
本当に、この花束も瑞々しく蘇りましたね。
それ以上に綺麗なのは教授の大輪の薔薇のようなお顔とか、紅色に染まった指ですが、ね?田中先生?」
呉先生がスミレ色の透明な笑みを祐樹に向けている。
祐樹の太陽に似た輝く眼差しが自分の指や仕草をずっと目で追ってくれていたこととか、ウエスト部分に当てられているのを感じて薔薇色の吐息を零した。
祐樹の白衣に包まれた広い背中を見惚れながら後に続いた。
「教授……。そのマスクはお風邪ですか」
呉先生が悪戯っぽいスミレ色の笑みを浮かべている上に全く心配している感じではなかった。
「ここだけの話し……非常階段と、そして歯止めが効かずに……かつての病室で愛を交わしていました……」
祐樹が悪びれた様子もなく暴露して更に顔が紅くなるのを自覚した。
「やはりそうでしたか……。非常階段の鍵を田中先生に渡した時からそうだろうな……とは思っていたのですけれど……。
旧館のかつての病室は誰も近付かないので、密会に最適ですよ。
それにしても……二回も愛を確かめ合ったのに、良く普通に歩けますね……。私ならベッドの上でぐったりです。」
コーヒーを淹れるために呉先生が水回りの方へと姿を消した。
「『密会には最適』とのお墨付きを頂いたので『SBPIH』を決行しましょうね」
壁際に二人して佇んでいると、祐樹が耳元で囁いた後にマスクを外した。
物凄く恥ずかしかったものの、呉先生に――というか森技官と一緒に居た――ベルリンからの帰国した関西空港で愛の行為を見破られているので今さらのような気もした。
「普段からお顔は整っていますが、田中先生と『そういう行為』の後には雫を宿した瑞々しい大輪の薔薇のようなお顔になるのですね……。田中先生がマスクで隠したい気持ちは充分過ぎるほど分かります……」
呉先生のスミレ色の視線が驚きと納得の眼差しの光りで煌めいていた。
「ええ、とても綺麗でしょう。私だけが独占したい表情ですが、マスク越しにコーヒーを飲むような器用さは持ち合わせていないし、呉先生なら見せてもいいかなと思いまして」
コーヒーの良い香りが部屋の中に漂っている。その「健全」な感じの空間でこういう話を交わすのは却って背徳感で背筋に微細な電流が流れる。
「教授と田中先生のサイン会の時に手土産として皆様が持って来て下さった花束ですが、飾りきれないらしくて、私のブランチまで頂いてしまいました。病院中がお花で溢れている感じですよね……。ウチに病院長からのお裾分けが来たのは初めてですので、よほど有り余っているのだな……と。
しかし、花束を花瓶に突っ込んだのはいいのですが、枯れそうなので……。教授なら対処法をご存知かなと……」
さきほど「自分に聞きたいことが」と呉先生が言っていたのはその件らしい。
「確かに元気が無くなっている感じですね。氷は有りますか?そしてハサミ――生け花用でなくても構いません――が有れば、何とかなりそうです」
この部屋に冷蔵庫が有るのは知っていたので、付属というかセットで冷凍庫も漏れなく付いてはいる。ただ、几帳面そうな呉先生が意外にも大雑把な性格なのも知っていたので、冷凍庫が空という可能性もあった。
「たしか、一年前ほどに水を凍らせたまま眠っているのが有ります。ハサミはこれで大丈夫ですか?」
呉先生の、いかにもラッピングを解いてそのまま花瓶に放り込んだと思しき花束をしげしげと眺めた。
ベビーピンクの薔薇は「首」部分がくたっとしているので、修復は不可能だろうが、他の花は大丈夫そうだ。
花束としての体裁というか、バランスを保つために根元の輪ゴムの位置を覚え込むように見てからシンクに水と氷を張って、茎を切っていく。
「そんなに鋭角に切るのですか?」
呉先生が興味津々といった感じで見ている。
「はい。茎の切断面が水を吸い上げるのは分かりますよね。鋭角に切ったらその分表面積が増えるので、吸い込む量がその分増えます。
それに氷を入れるのも効果的だと読んだ覚えがありますので。
この薔薇は水を吸い込む力が茎にはないようなので、ギリギリのところで切ります。水の中で作業をするのもコツだそうです。
何か綺麗なガラスの入れ物とかマグカップのようなものは有りますか?」
呉先生が感心したように眺めている。そして祐樹もコーヒーカップを持って花を氷の浮いた水中で切っている様子を眺めているのが視界に入っていて、とても嬉しい。
「ガラスの入れ物……。ああ!患者さんに頂いたモ○ゾフのプリンが入っていたヤツならあります。ええと、あれはどこに仕舞っていたかな……」
水中で全ての花の茎を鋭角に切り終わって、先程の花束よりは6割ほどの高さになったが、それでも充分花束としては活き活きと咲き誇っている感じにまとめた。
こういう作業をするのも大好きだった。
そして、呉先生が手渡してくれたモ○ゾフのプリンが入っていたガラスの中に氷水を張って、鋭角に切った薔薇と、もう使い道のなさそうな薔薇の葉っぱ二枚を使って形を整えた。
「後は、花屋さんに行って栄養剤のようなものを買ってくれば更に長持ちしますよ。
この花瓶だと少し大きいので小さいのは……。ああ、だったら、これを入れておけば大丈夫です」
不定愁訴外来には――基本的にここは入院患者さんが常にいる場所ではないため――花瓶の準備がないのだろう。
先程まで花束をただ突っ込んでいた白い花瓶の中にモ○ゾフのガラスを足場のようにして入れてから、ほぼ完璧に再現した花束を慎重な手つきで入れた。
「教授、有難う御座います。御礼になるかどうか分かりませんが、四階の――表記上は五階ですが――最も奥の部屋は特別室で、シャワーも完備されています。四階が何故五階と言い習わされているのかはお分かりかと思いますが……。旧館には入院患者さんも居ませんし、何故かナースとかの休憩にも使われていないので、鍵さえあれば入れます。
田中先生とのデートで使っても問題はないかと……。
本当に、この花束も瑞々しく蘇りましたね。
それ以上に綺麗なのは教授の大輪の薔薇のようなお顔とか、紅色に染まった指ですが、ね?田中先生?」
呉先生がスミレ色の透明な笑みを祐樹に向けている。
祐樹の太陽に似た輝く眼差しが自分の指や仕草をずっと目で追ってくれていたこととか、ウエスト部分に当てられているのを感じて薔薇色の吐息を零した。
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◆◆◆お知らせ◆◆◆
何も考えていなさそうで、そして主体的に動かなかった彼ですが、何故そういう風に振る舞ったのかを綴っています。
興味のある方は、是非♪♪
PCよりも、アプリの方が新着を通知してくれるとかお勧め機能満載ですし、読み易いかと思います~♪
こちらは不定期更新ですので、本当に投稿時間がバラバラですので、アプリのお気に入りに登録して頂くとお知らせが来ます!興味のある方は是非♪♪
<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。
興味のある方は、是非♪♪
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<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。
◆◆◆バレンタイン企画始めました◆◆◆
といってもそろそろネタもないため――そして時間も(泣)
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。
覗いて下さると嬉しいです!
両方とも、独白部分は終わって物語が進みます。
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪
こちらのブログと違って隙間時間に書いたら即公開していますので、更新時間がバラバラです!
だから、アプリで読んで頂くと新着を知らせてくれるために読み飛ばしはないかと思います。宜しくお願いします!!
こうやま みか拝