「しかし、旧館にこんな良い部屋が残っていたとは知りませんでした。
 聡との密会にも充分使えそうな雰囲気も素敵ですし、それ以外にも一人きりになりたい時の隠れ場所にもなりますので……。警備員さんの巡回を含めて、人の出入りを呉先生に確かめておいた方が良いですね、今後のためにも」
 「密会」と聞いて心拍数が薔薇色の鼓動に跳ねた。祐樹が常に隠れ場所を探しているのも知っていたし、小さいとはいえベッドも有るので救急救命室の暇な時間には仮眠を取ることも出来るし。
「ただ、鍵が必要だろう?呉先生が責任者なので、あまり迷惑を掛けるのは……」
 自分もポジションに見合った鍵を託されている。その管理責任者として、不適切なことをしてはならないのはむしろ当たり前だと思ってしまうのだが。
 祐樹の瞳が悪戯っぽい光で輝いている。
「他の人間が悪用しなければ問題はないと思っています。モルヒネとか塩化カリウムなどの危険な薬物とか、呉先生の処方箋がないと受け取れない向精神薬や睡眠導入剤の類いは――悪用しようと思えば出来ますし、ネットでは隠語を使って高値で取引されているようですね――ウチの薬局が一元に管理しているので、大丈夫でしょう」
 塩化カリウムは安楽死が法律で認められているオランダなどで使用されている筋弛緩剤だ。20mlで死に至る危険な薬だが、痛みなどは全くないために自殺を考える人にとっては咽喉から手が出るほど需要の有る薬剤だ。
 そして呉先生からこっそり眠剤を貰ったこともあるが、確かに不定愁訴外来には薬剤を置いていなかった。
「一応、鍵を預かった時に合いカギを作っておきました。規則は破るためにあるというのが持論ですし、誰にも迷惑が掛かるわけでもないので可愛いものだと思います」
 祐樹の指が魔法のようにもう一個の鍵を取り出している。
「祐樹……言うまでもないが、表立って問題にならないようにだけは気をつけて欲しい」
 公私混同の共犯者でもある自分が言ってもあまり説得力はなかったが。
「その点は大丈夫です。出世に響くような真似は私も慎みます。ただ、休憩室として使う分には大きなお目こぼしもあるので……。
 他科の医師ですが、屋上で時間が空くと昼寝を日課にしている人も居て、看護師から師長、そして看護部長にまで報告が上がったようですが、口頭注意もされなかったと本人から聞いたので」
 祐樹が確信に満ちた口調で言うからには大丈夫なのだろう。
「ナースや技師達に嫌われていない場合限定だと聞いています。逆に不倫とかの、潔癖なナースが嫌うようなことを仕出かした場合は無言の嫌がらせをされるようですね。ダブル不倫、つまりお互いに配偶者が居る上での『そういう』関係を病院内で致した場合には、看護部長も病院長に報告するらしいですよ。
 何を考えているのかサッパリ分かりませんが、色気もない物置部屋で密会を続けていたダブル不倫のカップルは『行為中』の写真を証拠として撮られて女性側は師長から、男性側は教授からの叱責と退職を仄めかされた上に、それぞれの配偶者にもその画像が差出人の欄には記入なしで送られたと聞いています。
 何でも、看護師と医師の休憩時間まで割り出して逢う可能性が高い時間に物置で待機していたナースがこっそり撮影したらしいですが。そういう憂き目に遭うのは大抵が嫌われているから懲らしめる目的のようですね……」
 そんなことが行われているとは知らなかった。ダブル不倫は確かに色々とマズいような気がするし、お互いの家庭を壊すというリスクを考えていないのも個人的に好きになれそうにない。
 ただ、祐樹と自分の場合は――同性同士という点は特殊例かも知れない――ウワサは積極的に撒いているとはいえ、二人とも独身だし、そもそもナース達に嫌われる要素がないのでそこまではされないだろうが。
「物置部屋での密会なんて論外ですが、薔薇を敷き詰めたベッド……あれはこの部屋でも良いような気もしますが、如何ですか?」
 祐樹の指が再びジャケットのボタンを外してワイシャツの布地を押し上げている尖りを鍵で突かれる。
 薔薇色の甘く熱い疼きがシャンパンの細かな泡のように背筋に弾けて、撓ってしまった。
「誰も来ない場所だと……確認出来るなら、それでも良いけれども……」
 確かに、マンションの寝室よりはこの旧館の古びた感じの方が「眠れる森の中のお城」には相応しいような気がする。
「それは必ず確認します。こんなに活き活きとした艶めいたお顔とか薔薇色に染まったしなやかな肢体を病院関係者に見せたくはないので。
 『SBPIH』と囁くか、付箋紙にでも書いた場合は来て頂けますか?
 スリーピングビューティプランインホスピタルの頭文字です」
 祐樹の唇が耳朶を甘く噛んでそう告げてくれた。
 タイムアップと言ってはいたが、救急車のサイレンが一切鳴っていないので、多少の融通は利くのだろう。
 救急救命室の場合は、他の外来とは異なって救急車での搬送しか受け付けていないので、注意していれば直ぐに分かる。
「了解した。他人に知られないのだったら、という前提条件付きで」
 ナースの密かな監視下に置かれるのは絶対に嫌だった。その点は祐樹も同じだと思うが。
「分かりました。ではそのように……」
 祐樹がくれたマスクは手で結ぶ手間が省けるものの、微調整が出来ないので耳朶の付け根が僅かに痛い。
「あれ?今お帰りですか?」
 一階の非常口で呉先生とばったり会ってしまった。気まずい思いで隠れようとした自分とは対照的に祐樹は何事もなかったかのように話しかけていた。
「はい。今日の予約は全て終わったので。田中先生はこれからも勤務ですよね?その白衣姿だと。
 お時間に余裕が有れば、コーヒーでも如何ですか。教授にはお伺いしたいことも有ったので」
 呉先生の可憐な瞳が自分を見て大きく見開かれた。マスクを着用しているからという理由ではなくて、全てを察したような感じで、尚更居た堪れない。
 祐樹もタイムアップだと言っていたし、断るだろうとは思っていたが。
 祐樹の意外な返答に思わず目を見開いてしまった。




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<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。





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といってもそろそろネタもないため――そして時間も(泣)
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。


覗いて下さると嬉しいです!
また、本日も向こうの更新は済ませました!
両方とも、独白部分は終わって物語が進みます。
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪

こちらのブログと違って隙間時間に書いたら即公開していますので、更新時間がバラバラです!

だから、アプリで読んで頂くと新着を知らせてくれるために読み飛ばしはないかと思います。宜しくお願いします!!


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すみません、リアバタのせいで本日は一話しか更新出来ないことをお詫び申し上げます。

       こうやま みか拝