「祐樹、良い御天気で良かったな」
 キッチンに足を踏み入れると、コロッケを揚げる準備をしていた最愛の人が振り返って割と明るい声で言った。
「お早うございます。そうですねぇ。しかし、私達が割と遠出をする時に雨が降らないのは普段の行いが良いからでしょう」
 冗談めかして言ったものの、遠出のデートの予定を組んでいた場合――と言っても雨で困るような場所なら次週に延ばす程度の柔軟性は有ったが――雨で困ったということはない。
「それは祐樹の運の強さだろうな。
 あ、そちらの紙袋は『おやつ』の駄菓子類なので、今は開けない方が良い」
 最愛の人の笑みが可憐な小さな花のように咲いている。以前のような大輪の花に似た笑みでないのが痛々しいが、それでも笑ってくれるだけましのような気もした。
「駄菓子類……貴方もお好きですね。ただ呉先生はともかく森技官には不評のような気もしますが。ま、文句が有るなら食べるなと言えばそれで大丈夫でしょうし、この芸術品のように瑞々しくも美しい『リンゴのウサギ』のように意外と喜んで食べてくれるかもしれません」
 お弁当も三段重ねという豪華版だった。タコの形のウインナーとか菊の花のような卵焼きなどの「遠足の時のお弁当」の定番が入っていたが、最愛の人の魔法の指で作りだされた料理の数々なので手術用具でも流用したのではないかと思うほどの――実際、祐樹も手伝ったので使用していないことは知っている――見事な出来栄えだ。
「何か手伝えることは有りますか?」
 昨夜のデートも――他人の「そういう」行為を実際に見てもらうという荒療治が功を奏して何よりだったが――予想していた以上に楽しかった。しかし、呉先生と森技官が加わってくれるのも割と楽しみではあった。毎回ならば迷惑だがたまにならそういう企画があった方が楽しい。特に二人きりで部屋に居るよりも外に出掛けた方が気分転換になるのも事実だった。
「いや、祐樹は車の運転が有るだろう?他には誰にも任せられない重要な役目なので、朝はゆっくりしてくれ」
 最愛の人が揚げるコロッケの良い香りが漂ってキッチンの色もこんがりとしたキツネ色に変えていくような錯覚を抱く。
「美味しそうですね、本当に。昼になるのが待ち遠しいです……。
 確かに森技官があんなに頑なに拒むということは免許を持っていたとしても『絶対に』運転席に座らせたくないですし、呉先生は実は割と短気なので運転には向かないかと。
 消去法の結果で私しか居ないのですが、まさか森技官が車中でケンカを売ってくるようなことはないでしょう、友人の車ですので……。
 ただ、黒いアルマーニが制服みたいな森技官がサングラスをかけて『なにわ』ナンバーのベンツを運転していたら善良な運転手さんは皆避けてくれるかもしれません、関わり合いになりたくない一心で」
 祐樹のために御味噌汁を運んでくれた最愛の人がごく淡い笑みを唇に浮かべていた。
「私達でも威圧感を与えることが出来るベンツとサングラスの取り合わせだからな……。
 ただ、暴力団に対する法律が出来たせいで一般人対構成員だったら、一般人の方に有利になっている現状を踏まえるとどうなのだろう?」
 最愛の人の方が祐樹などよりも遥かに法律に詳しいので、細く長い首を傾げている。
 朝の瑞々しい光りが秋の気配を微かに含んだ感じで降り注ぐキッチンで交わす会話は、多少なりとも祐樹の心の傷を癒してくれそうだった、最愛の人の存在も相俟って。
 受付嬢に繋がっているインターフォンが軽やかな音を立てた。
「森様と呉様がいらっしゃっていますが」
 もうそんな時間かと皿洗い機に朝食に使った皿を二人して入れた。上がって来て貰うようにと伝えた後に。
「お邪魔します」
 最愛の人が出迎えに行ったかと思うと呉先生の軽やかな声が玄関から聞こえて来た。
「こんにちは……。って、何ですかその木箱は?」
 森技官は――完全にオフ、しかも行先は遊園地だというのにノーネクタイながらもアルマーニを手放せなかったスーツ姿だった。三つ揃えではなかったのが幸いと言えばそうだったが――何故か大きな桐の箱と思しきものを四つも抱えている。森技官の腕の長さでも持て余し気味な大きさで、一体何が入っているのかと思ってしまう。
「これはフェラーリを借りる約束を交わしに赴いた先での頂き物です。貰いもので申し訳ないのですが、手土産にと思いまして」
 桐の箱の手土産……。何だか森技官が持っていると悪代官からの「お菓子」と称した木箱の中に小判でもぎっしりと詰め込まれているようなイメージを持ってしまうのは森技官の「人徳の賜物」だろう。
「何でもイチゴとか……」
 内心、え?と思ってしまう。職業柄さくらんぼやメロンなどを見舞いの品として病院に持ち込まれているがこんな木箱四つ分のイチゴは見たことがない。
「イチゴって果物の、ですよね?何だかこうして立派な桐の箱に入っていると賄賂に見えてしまいます」
 森技官も内心はどうか分からないが広い肩を優雅に竦めている。
「昨夜、お邪魔したお邸で賞味しましたが、とても美味しかったです。そう素直に感想を述べたら頂けました。田中先生が内心で思っていらっしゃる『人徳の賜物』という感じでしょうか。
 ただ、室内で食べるのに適していると判断したので、敢えて持参した次第です」
 イチゴなどは室内でも外でも同じだろうと思ってしまったが、仰々しい桐の箱に入っているだけに「格別の特別」に違いない。最愛の人も涼やかな目を見開いている。
「これは知る人ぞ知るイチゴらしいですよ……。教授もお好きだと伺っていましたので手土産にはちょうど良いかなと」
 呉先生が勝手知ったるという感じでリビングの方へと森技官を案内している。
「では、開けますね」
 リビングのテーブルの上に鎮座したイチゴの木箱を開けた。その瞬間に、瑞々しい芳香が辺りの空気を薄紅色に変えていくようだった。




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