「リムジンも用意が出来ていますので、予定時間よりも早く次の書店に参りましょう。
 病院長からの激励の花束授与というイベントも急遽組み込まれましたし、その上テレビ局の系列の週刊誌の記者達も詰めかけて来ているそうなので。ああ、また電話ですので失礼します」
 店長室のソファーで束の間のコーヒータイムと洒落込んでいた。
「高木氏も大忙しですね……。
 それだけ私達の本が反響を呼んでいるのかと思うと嬉しいですが」
 それは全くその通りだったので――お客さんからの手土産と思しきマカロンを口に入れた。自分の大好きな洋菓子メーカーの定番のマカロンだったが、普段よりも美味しく感じるのは薔薇色に弾んだ気持ちのせいだろう。
「それはそうと、手の甲にキスというのは――個人的にはとても嬉しかったが――どのような意図で?」
 公衆の面前で許される程度のもっと際どいのを予測していただけに意外だったのも事実だった。
「ああ、ウチの母の目が有ったでしょう?年寄りにはあれ以上の刺激は強すぎるかと思いまして。
 それに一度は騎士役をしてみたかったのです。女王にも負けない気品に満ちた貴方に忠誠を捧げる一介の騎士役を。
 それにナース達も喜んでくれていたようなので、良かったと思います。
 薔薇の花がテーブルの上に有ったら、一輪の薔薇の花を捧げた上で貴方の手の甲に誓いの接吻を落とすということも出来たのですが、あいにく胡蝶蘭しかなかったので……。騎士に胡蝶蘭は似合わないかと思って」
 祐樹の唇が触れた手の甲が熱い。
 そして、祐樹のお母様の反応も上々だったので祐樹の選択は正しかったようだ。
 ハグでも良かったのだが――割とスポーツ選手などがテレビカメラの前でしているがお母様はスポーツそのものを見ないと聞いていた――祐樹はお母様のことを考えてああいう行動をしてくれたのだろう。
 口では割と悪しざまに言い合っている感じの親子だが、実際は自分には想像することしか出来ない「親子の情愛」とか「絆」がしっかりと根元には存在する――そして自分もその中に入れて貰っていると思えば尚更に――嬉しくて薔薇色の眩暈がしそうだ、この企画が決まって以来何度目かもう分からなくなるほどの幸せの余りに。
 祐樹の力強い感じのする首筋に腕を縋らせて感謝の口づけをしようとした瞬間、携帯電話が着信を告げた。
 自分の携帯電話にそもそも掛けて来る人間はごく少数だし、その上今日のサイン会に来てくれた人が大多数を占める。
 怪訝に思って画面を見ると斉藤病院長からだった。
「病院長から電話が入っている……」
 キスを中断した言い訳のように呟いた。
「それはとても珍しいですね……。出た方が無難ですよ。キスなんて――というと最愛の貴方に有らぬ誤解を招きそうですが――いつでも出来るので、病院長の電話を最優先してください」
 頷きながら通話ボタンを押した。
『香川教授、今K書店の中に居るのだが、私の控室はないというニベもない返事を店長から貰った。名刺もキチンと渡したので身元は先方も分かってくれたものの、便宜を図るわけにはいかないとかで……』
 斉藤病院長ほどの偉い人になるとどこでも顔パスが習慣になっているのかもしれない。
 そして、自分が行きさえすれば特別室の用意が出来ているのも。
 しかし、今日は祐樹と自分の「共著」のサイン会なので、書店側には自分達への便宜を図ってくれるのはある意味当然ではあるものの、病院長はあくまでも部外者だ。
 ただ、「披露宴」に金の粉を撒くという新たな野望が出来た今、病院長の機嫌を損ねるわけには行かない。
「分かりました。私達もこれから直ぐに向かいます。そして、高木氏にお願いして店長室に入る許可を貰っておきます」
 高木氏に直接電話を何故しないのか――書店に顔が効くのは祐樹や自分ではなくて高木氏だということも分かっているハズ――謎は直ぐに解けた。
「いやあ、参りました。スマホが電池切れで……。出版社の局長に電話している時からバッテリーの『残り5%です』などの通知は来ていたのですが、割と込み入った話をしていたので無視していたら電源が落ちてしまいました」
 ――斉藤病院長が高木氏に掛けたのは充電がゼロの状態の時だったようだ。
「今しがた斉藤病院長がK書店に着いたのに、控室もないとのことで……困っていらっしゃいました」
 「困っていた」というより怒っていた感じなのは伏せておくことにした。
「そうですか……。しかし今日は香川教授と田中先生が主役ですかね。書店側もいくら大学病院のトップという社会的地位の有る人でも便宜は図らないと思いますが。
 ただ、私のクライアントでもありますので、控室を用意するようにと向こうの店長にお願いしておきます」
 高木氏の華麗な人脈のお蔭で日本経○新聞の全国区の著名人しか依頼されない「ワタシの履歴書」に執筆のチャンスを得たので、次は本にして売り出すために高木氏の力を借りようとしていることは知っていた。
 祐樹も、彼にしか出来ない優美かつ皮肉な笑みを浮かべている。斉藤病院長の「どこでも」通用すると思い込んでいた病院長の特権の脆さのせいかもしれないが。
「両先生方もリムジンに乗って下さいませんか?次の書店でも『長蛇の列』というよりも何だか八岐大蛇がとぐろを巻いているという有様だそうですので……。
 加速度的に人数が増えていっている感じです。開始時間を早めると同時に、田中先生が呼びかけて下さったボランティア達のお力を是非お借りしたいのです。それに、病院長もお待ちかねでいらっしゃいますので。
 ――最後の書店なので、お開きにする時間は厳守しなくても大丈夫です。読者の皆様との交流なども行って下さっても構いません」
 リムジンの後部座席を振り返りながら高木氏が現状報告とアドバイスなどを語ってくれている。
「ああ、そういえば『金の粉』の件ですが……。こんな感じで如何でしょう?ただ、この画像の場合『粉』と言うよりは『紙吹雪』の大きさですが。
 K書店の店長さんと思しき人に「病院長を宜しく」という旨の会話を切った後に、スマホを渡してくれた。その表示されている動画を見て上品な豪奢さに息を飲んでしまった。




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       こうやま みか拝