「真殿教授に頼んでみましょうか……」
 清水研修医らしい大胆発言だった。病院長の「親友」の父親の七光りを充分に利用していると豪語するだけのことはある。祐樹だって研修医の頃は教授職として凱旋帰国した自分に対して――関係が深まるにつれて割と踏み込んだ言動を医局騒動の時から行ってくれてはいたが――「遠慮」という深い川が横たわっていたので。
 今思えば祐樹も研修医のポジションとしては大胆な振る舞いを教授職の自分に対してしてくれていた――そしてそれがどんなに嬉しかったか、祐樹が贈ってくれたダイアモンドよりも煌めく想い出だった――しかし、清水研修医の大胆さとか遠慮のなさは驚嘆に値する。
 散々、祐樹に「恋愛全般について鈍い」と愛おしげな笑み交じりで指摘されていたが、最近では「そういう感情」を先方が持っているかは何となく分かるようになっていた。清水研修医にはそういう感じは一切受けないので、病院内のポジションが上がることを望んでいるのだろう。
「真殿教授にも何らかの貸しが有るのですか、詳しくは聞きませんが。しかし同じ時期に同じようなアンケートというのも不審に思われませんか?」
 清水研修医の考えにケチをつけるわけではなくて、純粋な疑問だった。
「実家の精神科の先生と当然良く話します。当然私の場合はこちらの病院の勤務時間なので担当はしていませんが、『発達障害ではないか』と疑って来られる患者さんが多いのです。しかし、ウチの病院では従来から有る精神病しか扱っていない点と、もう一つ、この職業ではそれほど問題になってはいないのですが――――教授が巻き込まれた、痛ましい――――」
 流石の清水研修医もそれ以上は言えないらしい。ただ、個人的には完全な過去の話で何のこだわりも、しこりもなかったが。
「ああ、医師自身が何らかのメンタルヘルスの問題を抱えているという件ですか……。しかしあの事件を受けて真殿教授が作成した診断シートを病院職員が受ける健康診断に反映されると聞いています」
 そういえば、PCのトップページ――医師しか閲覧出来ないサイトにも、発達障害やそれに伴う自閉症などの症例が多数書かれていたが、誰でも見られる大手検索サイトにも時々その文字が表示される。自分が医療関係のキーワードの入力の頻度が多いせいかとも思っていたが、清水研修医の――地震の前までは精神科医として生きていくと決めていたので、実家の病院でも精神科の医師と話す機会が多いのはある意味当たり前だ――真剣な表情を見るとどうやら違うらしい。
「大学病院でも発達障害を扱うべきだと思う二点目なのですが、真殿教授は従来の精神疾患のみを診ていくという方針で、当然知識のアップデートを行っていません。
 しかし、発達障害は知的障害を伴わないので、この大学病院の医師の中にも一定数は居ると確信しています。相手の気持ちや感情などが分からないし、想像も出来ないという障害なのですけれども……『白い巨塔』時代の医師とでも表現したら良いのかもしれませんが、そういう先生方は患者さんやそのご家族の感情とか悩みなどを共感して診ていないという弊害がありました。そういった医師を排除しなければ不定愁訴外来の呉先生のご負担は増えるばかりです。
 ただ『歩く石頭』とウワサされている真殿教授の説得には少々時間が掛かると思います」
 清水研修医も精神科には愛想尽かしをしていることは分かっていた。ただ、発達障害という――確かそれが原因で自閉症とかアスペルガー症候群になってしまう患者さんも居るらしい――割と新しい障害には「相手の感情が想像出来ない」という症状が有るのだったら、確かに医師には向いていない、少なくとも臨床には。
「感情を察知出来るかどうかという点をクローズアップして真殿教授が駄目なら呉先生に頼むと良いかも知れません。
 患者さんやご家族の方の感情を汲み取らないと下手をすれば訴訟沙汰になる昨今の風潮では、そういう障害の疑いを持つ医師が窓口に立つのは危険ですから。
 流石のお父様の御威光も真殿教授には届かないのですね……」
 「感情」という言葉をキーワードにした、全医師向けのアンケートを配布する大義名分が出来た安堵感から悪戯っぽい笑みを浮かべて清水研修医を見た。
 本人は親の七光りだと謙遜しているが――容姿は全く異なるものの――研修医の時の祐樹と何となく似ている感じがして話していると楽しいのも事実だった。
 向かい側のソファーで清水研修医も薄く微笑んでいる。
「精神科はご存知のようにMRIやCTなどそういうお金の掛かる医療機器が一切必要ないという科ですので……。お得意の寄付攻撃も効かないのです……」
 なるほどなと思ってしまう。
「呉先生は反・真殿派の筆頭でもいらっしゃる上に斉藤病院長からの覚えも目出度いでしょう。ですから、真殿教授に断られたら先生に頼むと良いと思います。
 実際問題として教授とケンカして――何でも五時間に亘る大喧嘩らしかったです――ウチの病院に残れるというのは前代未聞の快挙です」
 それはそうだろう。所属先の教授に逆らっただけでも下手をすれば医局を追い出されるリスクが高いのに、口ゲンカをして――医局は追い出されたものの――新しいブランチ設立を病院長に認めさせたというのは呉先生の実力が斉藤病院長の耳にも入っており、かつ真殿教授の怒りに満ちた病院長直訴が効かなかった点で呉先生の実力の賜物だろう。
「ただ、呉先生は不定愁訴外来に愛着を持っていらっしゃいますよね。精神科医師の希望の星なのは分かりますが、これ以上の出世は望んでいらっしゃらないので、反・真殿教授の旗手になって下さるかが問題です」
 清水研修医のコーヒーカップが空になっていたので、下げて新しいコーヒーカップに湯煎をしてからコーヒーを注いだ。
「確かにあの先生は、これ以上の出世欲はないでしょう。しかし精神科の学会とか講演会に積極的に講演者として参加していらっしゃいます。
 だから、精神科学会での評判はすこぶる高いのです」
 そういえば、森技官が一目惚れをしたのも徳島だかどこかの学会での講演だと聞いた覚えが有った。
「あ、有難う御座います。こんなに美味しいコーヒーを教授ご自身が振る舞って下さって。
 それはそうと、精神科学会での評判は斉藤病院長も当然把握していますので、真殿教授の対抗馬になり得ますね。
 真殿教授がアンケートを拒むようでしたら、呉先生ご本人が望ましいのですが……、それが叶わない場合は呉先生に熱烈なシンパシーを抱いている先生に頼むという方法もあります。
 要は……」
 清水研修医がコーヒーを飲むために言葉を途切れさせた。
 折鶴勝負のためにコツを教えただけの積もりだったのに、その御礼以上の話の展開が興味深くてついつい話の先が気になって熱心に拝聴していた。
 出版騒動が収束した時、祐樹に新しい情報を提供出来るのが嬉しくて。





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