「このお餅は……まさか……。いえ、そんなことは……」
 一晩中睦み合った後の心地よい疲れまでどこかに行ってしまったように思えて、戦慄いてしまう唇から自分でも律することが出来ない言の葉を口走ってしまいました。
「まさかではなく、まさに三日夜の餅だ」
 頼長様がどこか誇らしげな感じで居ずまいを正して私に並んでお座りになられました。
「楓、三日間私が申し付けたことを夜桜の君に申せ」
 完璧に着こなした女房装束の裳裾捌きも鮮やかに、しかも山のように積み上げられた一つ一つが小さめのお餅を崩すことも落とすこともなく高坏を床に静々と置いている様子は見ていて危なげもないのが、流石でした。
 左大臣頼長様の一の女房として御主人もそして周りの人間にも認めさせるほどの実力と胆力を持ち合わせていらっしゃるのが、この淀みのない動作で分かってしまいました。
「はい、東三条邸の『あの辺り』に最も近かった灯火を次の夜まで絶やさず、そしてその火のついた燭台ごとこちらのお邸に運んでずっと灯し続けておりました。
 その火がこちらです」
 左大臣様に――いえ、藤原氏嫡流の証しでもある東三条邸に設えてあることが――相応しい凝った細工の燭台に今でも火が灯っておりました。
 その微風に揺れる火を見詰めていると涙が出そうなほどの感激に胸が熱くなりました。
「三日間、ずっと火の番をなさって下さったのですか。
 本当に有り難く、忝く思います」
 楓殿に向かって深々と頭を下げると――初めての夜に私のあられもない、恥ずかしい姿を見ても表情一つ変えることのなかった女性でした――刹那の間だけ、紅を塗った唇に暖かな笑みを浮かべて下さいました。
「そして、そのようなことまでご高配を頂きまして、大変嬉しく思います。
 そしてこの三日夜の餅もご準備して頂きまして、ご好意の大きさと誠の志を頂いたと天にも昇る気持ちです」
 男女の正式な仲の場合に――忍んで通うわけではなくて、世間に公にしたい場合のみ、でございましたが――三日間火を灯し続けることと、その火の番をするのが一の女房の役目でもありました。しかし、男女の道ではないのですから、頼長様と私の関係は「忍ぶ恋」に紛れもなく分類されて然るべきです。
 三日夜の餅は「男女の仲」では当然用意すべきものとされていますが、火を絶やさないかどうかはその迎える女性側の御家の主人の気持ちの問題に委ねられているものでもございました。
 いささか変則的ではありますが、頼長様はその全てをなさって下さっていたのです。
 慕わしさが更に募ってしまうのはむしろ当たり前のことでした。
 それに三日間火を絶やすことなくという仕来たりは、女性の邸に婿として通うのが当たり前の世ですので当然その邸だけで事足ります。突然の大風などに見舞われないように気を付けていれば灯火は消えることはないのですが、頼長様の場合は東三条邸からこの御邸まで牛車で運ぶという手間まで加わります。
 そう考えると楓様の御苦労は、なまなかのことではなかったと思いますので、幾重にも頭が下がる思いでした。そしてそれを命じて下さった頼長様にも。
「いくつ食せば宜しいのでしょうか……」
 慕わしさに燃える気持ちを落ち着かせるために白湯を口にしてからお聞きしました。
「女君は一応、三つと決まっているようだが、それ以外に特にない」
 背筋を普段よりもさらに凛と伸ばした頼長様の端整な御顔が嬉しそうな笑みを浮かべておられました。
「北の方様は何個召し上がりになられたのですか……」
 この広大な御邸、しかもここ、寝殿と北の対に分かれているとはいえ同じ築地の中に北の方様がいらっしゃいます。
 頼長様の身に余るご愛情は涙が出るほど嬉しかったのですが、やはりその御方を差し置くことは出来ないと思いました。
 私の顔を愛おしそうにご覧になられた後に楓様の方へと視線をお向けになられました。
「何個であったか」
 楓様の唇が直ぐに動いたのは言うまでもありません。
「確か三個であったと覚えておりますが」
 「覚えていた」ということは女性側の邸で行われる儀式にも付き従っていたからでしょう。それだけ頼長様の信頼の厚い女房様とは是非とも一度隔て心なく話をしたいと心の隅で思ってしまいながら、二個を懐紙に取って頼長の方へと身体ごと動かしました。隣に座っていたので、単に横を向いても良かったのですが、それだけでは感謝やお慕いしている私の誠の心持ちが伝わり切れないような気も致しました。
「不束者ではありますが、末永く御縁が続くように心して参りたいと思っておりますのでなにとぞ宜しくお願い致します」
 泣きそうになりながらも、それでも淡い笑みを強いて浮かべて頼長様へと頭を下げつつお餅を口に入れました。
 このような美味しい、そして甘いお餅を食べたのは生まれて初めてでした。
「美味しいです。それに干し柿よりも甘いのですね……」
 食べ物のことを口にするのは無粋なことだと弁えておりましたが、それでも言わずにはいられないほど心も身体も浮き立っておりました。
「甘いであろう……。唐の国、今は宋と申すそうだが……から渡って来た甘味だそうだ……。この日のために取っておいて良かった。夜桜の君がそのように喜んでくれたゆえ」
 頼長様もお餅を口に運びながら嬉しそうに仰いました。




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【お詫び】
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いや、千字だったら楽かなぁ!!とか、ルビがふれる!!とかで……。
こちらのブログの方が優先なのですが、私の小説の書き方が「主人公視点」で固定されてしまっているのをどうにかしたくて……。
三人称視点に挑戦してみました!
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        こうやま みか拝