「おなごは極楽に行ったと申すが――懇意にしている白拍子が居る、上皇様も殊の外愛でていらっしゃる女人ゆえ親密に言葉は交わしても、それ以上のことは致しておらぬ。その遊び女が申したのだから誠だろう――本当の場合とそう偽っている場合があると。その点男はほれ、このように確かな証しが残る」
 頼長様が指で掬い上げたのは、私が放った白珠の雫でした。
 恥ずかしさと誇らしさで視線が宙を泳いでしまいます。
「そういう、情交の後の気怠い甘さに艶めいた夜桜の君の美しさは千の夜を共にしてもまだ飽きぬだろうな……」
 頼長様の黒い目が愛おしそうに細められて私の瞳を熱く甘く絡め取っていくかのようでした。
「千夜と仰らず、末永く共に過ごせたら……と――私はそう思います」
 僭越さが過ぎたかと思って慌てて主語を入れると頼長様はよりいっそう優し気な眼差しで見つめてくださいました。
「寵愛を受けたと思い上がる女性も多い今の世に――いや、私ではない、さらに高貴な御方の傍に侍る女性だが――夜桜の君のそういう点もなおさら愛おしく感じる」
 頼長様と身体だけでなく心も繋がっているかのように、その「思い上がった女性」のことを語った時には遣る瀬無い憤りが伝わって来ました。
 それ以外の時には頼長様の本来の凛とした中にもどこか誇らしそうな御顔の端整さに見惚れておりましたが。
 これが肌身を許しあった仲の睦まじさなのかと心の底から嬉しく、また千年も続くようにと御仏に祈るような気持ちも。
 ただ、気になったのは頼長様の憤りの原因の女性はどなたのことを指すのかという点でした。
 しかし、頼長様の側近の大江様に直接お聞きした方が良さそうな感じでした。
 頼長様がたとえ戯れであっても「所現わし」の宴を開いてくださるということは、その宴が済むまでは物語の中の女君のように甘い夢に浸っていたいという気持ちが芽生えておりましたので。
 それに、我が邸で慌ただしく過ごしたので――少しでも御兄君の忠通様のご来駕を賜れるような秀逸な和歌にすべく心を砕いたり父の伝手を辿って菖蒲や杜若の花を探す文をしたためたり、また妹の裳着の腰結い役が頼長様の父君に頼めそうなこともあって、支度を急がせたりと急に目まぐるしく動き出した身の上は今までのような学問三昧の日々とは異なって静心などなくなってしまったのも事実です――何よりも愛しく慕わしく想っている頼長様の腕と薫物の香りに包まれて、しかも身体は繋がったままという刹那の幸せに揺蕩っていたいと思いました。
「夜桜の君、そろそろ起きぬか……。瑠璃の朝餉の時刻だ。その前に大事なことを済ませなければならぬ」
 何度も求め合ったせいで、いつの間にか寝てしまっていたようです。
 慌てて身を起こすと、頼長様の衣が何も纏っていない素肌を撫でるように滑り落ちていきました。
 頼長様は精悍そうな容貌に良く似合う紺色の上衣を着けた直衣姿も朝の光に清々しく、そして一段と生気に満ちていらっしゃるというのに、己の不甲斐なさが身に沁みて感じられました。
「疲れたであろう、着せ掛ける故に立つと良い。ああ、そこの衣を使って拭くべき場所は――それも私が致そうか」
 頼長様の、むしろ楽しそうな笑みに頬が上気してしまいます。
 格子を半分だけ開けた朝の空には相変わらず桜の花が散りしきっておりました。
「いえ、お心遣いだけ受け取っておきます。そして、そのう、桜の花でも愛でて頂けませんか……」
 いくら心も身体も許しあった仲とはいえ、昨夜の逢瀬の痕を色濃く残す場所、身体の動きに従って頼長様の放ってくださった白珠の雫が後から後から流れ出てきているのですからなおさらに恥ずかしさに居た堪れなくなります。
「瑠璃の朝餉は――文句を言われるだろうが――私が食べさせに行くとする」
 頼長様は立ち上がる私の動きを注意深く見た後に――多分どこか傷付いた場所はないかと案じられたのでしょう――愛玩していらっしゃる鸚鵡に言寄せて一人にさせてくださいました。
 一晩中愛し合った身体の甘い痛みや痕があちこちに散らばっているのを心の底から嬉しく思いながら身支度を済ませて座っていると、頼長様の香りと共に衣擦れの音が忍びやかに聞こえてきました。
 扇を鳴らす音に「はい」とだけ答えると、頼長様の後ろには楓殿の姿がありました。
 そこまでは予想していたので驚きはありませんでしたが、楓殿が目の高さに恭しく掲げ持った物が何であるかが分かった瞬間に驚きで目を見開いてしまいました。





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【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 師走の気忙しさにバタバタと過ごしています。風邪を引かないように頑張りたいと思います。しかし、火曜日は24℃まで気温が上がったのに、いきなりの平年並みはきついです……。
 
 
 

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時間がない!とか言っていますが、ふとした気紛れにこのサイトさんに投稿しました!
いや、千字だったら楽かなぁ!!とか、ルビがふれる!!とかで……。
こちらのブログの方が優先なのですが、私の小説の書き方が「主人公視点」で固定されてしまっているのをどうにかしたくて……。
三人称視点に挑戦してみました!
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