ただ、祐樹がスマホをずっと手に持っていたのかと納得した。普段のデートの時は――特に土日――絶対にそんなことはなかったので。
「それに勤務先が勤務先だけに、ホテル関係には更に強気に出られますので」
 厚労省とホテル……?と怪訝に思ったのが表情に出たのだろう。
「ああ、傘下というか下部組織に保健所が有るのでレストランの衛生管理などの査察に入らせることが出来ます。まあ、滅多には行わないのですが、いわゆる『伝家の宝刀』的な権力のようですね」
 そういうことかと納得はしたものの、祐樹が森技官との対話には自分を挟むのが――直接だとケンカになってしまうので――デフォルトになっていたのに、デートのために譲歩してくれたのだと思うとそちらの方が嬉しかった。
「有難う、この部屋での想い出も一生の宝物だ。ルミナリエもテレビの画面で観るよりも光のアーチをくぐる方がよほど綺麗だし厳粛な煌めきが心も身体も癒してくれたようで祐樹と来られて本当に良かった。
 マンションの部屋でゆっくりと寛いで過ごす休日も大好きだが、こうして普段とは異なった場所で祐樹と過ごせるのも、特別感がより増すので心の中の宝石箱にもう一つ加わったような気がする。急なワガママを、こんなに素晴らしい空間で応えてくれて本当に嬉しい」
 祐樹の笑みがルミナリエの光の建築物よりも自分を魅了する輝きに満ちていた。
「聡のワガママを叶えるのも私の大きな喜びですが……今日の場合は、そもそも無意識に願望が出たとはいえ、私の我が儘を聞いて下さった聡に対するお礼ですから……。
 で、ベランダに一度出てみますか?寒かったら戻ってくることにして」
 祐樹の言葉と共に繋がっていた熱い塊が出ていく。その熱くて確かな感触が自分の身体から出ていく束の間の「空虚さ」が妙に寂しく感じてしまう。
 充分に愛されているという自覚は有ったものの、我がままな自分は「もっと」と考えてしまっている。
「そうだな……。元々の約束は『二人きり』という条件だったので、それを果たさないと。それに、この季節に外に出ようという人も少ないだろうし……。夏ならともかく」
 ベッドから下りた祐樹の広い背中とか、長い脚が躍動感に満ちて動くのを惚れ惚れと眺めていると、扉を開けた祐樹が何だか辺りを窺っている感じで――実際その通りなのだろうが――慎重そうな動作が背徳感に満ちていた。
 それに、部屋に漂う空気に潮の香りが加わっているのも妙に懐かしい気分になった。
「大丈夫です。
 ホテルを建築した人の工夫でしょう、一般的なマンションのベランダのように横一列に並んでいるわけではなくてですね。巧みにベランダの配置をずらしていてプライバシーは保てるようになっています。
 それに火照った身体に潮風が心地良いですよ」
 自分を誘うように差し伸べられた手に惹かれたように歩み寄った。
 祐樹の腕が熱を分けてくれるように肩と腰に回されて、その温かさと確かな感触に身も心も甘く蕩けるような気がした。
「寒くないですか?公私共に大切な聡ですから、風邪を引かせるような真似は絶対にしたくないので遠慮なく仰ってくださいね」
 ベランダに並んで立つと、何だかホテルに居るのではなくて船に乗っているような感じなのは祐樹が言ったように同じ階の他の部屋のベランダが見えない作りのせいだろう。
「大丈夫だ、さっきまでの情熱的な熱さで火照った身体に潮風がとても気持ち良い。
 それにこうしてベランダに立って見ていると、神戸の夜景の素晴らしさも絶品だが……それ以上に船に乗っているような気分になってとても新鮮だし」
 大学病院をリタイアした後の人生設計では、二人で豪華客船の旅を楽しもうという計画も――計画というよりもまだ実現されていないだけの確かな約束だ――含まれていたが、その前渡しを貰ったような気分で、心がよりいっそう晴れやかさを増した。
 それに間近に見る――ライトアップされた夜景の輝きがまだ前髪が上がったままの祐樹の秀でた額に映えてとても凛々しい感じで浮かび上がっている――祐樹の横顔や、肩と腰に回された大きな手から伝わってくる確かな温かさと力強さにも陶然となってしまう。
「ああ、そう言われてみれば……確かにそんな感じですよね。船のように揺れがないのでその発想はなかったですが。
 リタイア後の海外旅行の時に寄港する各国の港もこんな感じでしょうか……」
 夜景を見ながら唇を重ねて間近に見つめ合う祐樹が自分と同じ未来を思い描いてくれていることが夜景よりも心に鮮やかに染み込んでいく。
「そうだろうな……。実際に行く時がとても楽しみだ。
 それはそうと、光の面積は神戸の方が圧倒的で比べ物にならないが、潮の香りは明石海峡大橋を思い出させてくれて、何だかとても懐かしく感じる」
 祐樹の唇に自分のを重ねると確かな温かさが唇だけでなく胸までを熱くしてくれる。
「確かに位置的にも近いですしね……。ここからでは見えないようですが。
 夜の遊歩道の愛の行為の再現も期待して良いですか?
 腰に回された大きな手が下へ滑って双丘を開くように力強く動くのもとても気持ちが良い。
「もちろん、その積もりだが……。こんな贅沢な空間で祐樹と愛し合える幸運を神様に感謝したいし……」
 花園の門を祐樹の指が開いて先程の行為の真珠の迸りが太ももを伝っていく感触にも背筋が甘く震えた。
「神様ですか……。明石海峡大橋近くのホテルの庭園で結婚式があったでしょう?
 あの時の花嫁さんが着ていたシルクのウエディングドレスを御覧になって、エプロンを真剣に考えて下さったでしょう?
 今朝、着て頂いていたような滑らかでコクのあるシルクのエプロン姿……。
 こういう、何も纏っていない聡もとても素敵ですが、ああいう中途半端に素肌を隠した姿もとても禁欲的かつ扇情的でそそられます。
 今夜、こうした素晴らしい場所に二人して立てたのも、聡が私のリクエストに応えて下さったからですが……遠因はあの花嫁さんのシルクのドレスが素晴らしかったからですよね。
 そういう意味でも明石海峡大橋のホテルには感謝してもしきれない思いがあります。
 また行きましょうね」
 祐樹の――その時は意識が朦朧としていたことなど全く分からなかったのは迂闊だったが――要望に応えようとだけ思って身に着けたエプロンだったが、そのご褒美がこんなにも素晴らしい眺めを「二人きりで」楽しませてくれる結果になって魂が震えるほど嬉しかった。
 それにルミナリエの光りの建築も二人して堪能したことだったし。
「ああ、また行こう。それに、来年のルミナリエにも必ず」
 愛の交歓の前菜のような深い口づけの合間に必ず叶うと確信している約束を交わした。











 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。
 お休みしてしまって申し訳ありませんでした。なるべく毎日更新したいのですが、なかなか時間が取れずにいます……。
 目指せ!二話更新なのですが、一話も更新出来ずに終わる可能性も……。
 なるべく頑張りますので気長にお付き合い下されば嬉しいです。
 




        こうやま みか拝