「書店でのサイン会といったら、ほら以前二人で食事に出かけた時に『半澤直樹』としてドラマ化されて物凄い視聴率を稼いだとかいう原作者が行っていたやつですよね?
 ああいう感じで行われるのですか?」
 銀行員が主人公のドラマで骨太な感じのストーリーで、定時に帰れない祐樹は観ていないしさしてドラマ自体に興味を抱いた感じではなかった。主人公の決め台詞は社会的に認知された――そしてその趣旨というか行動様式は祐樹も似たメンタリティの持ち主だと内心思っていた。「基本的には平和主義だがやられたらやり返す、倍返しだ」だったような――家事をしながらテレビを眺める習慣がある自分は異世界を垣間見る感じで興味深く観ていた。家事の手を思わず止めてしまうくらい面白かったが原作本を買って読んではいない。基本的に小説は読まないので。
「ああ、あんな感じだ。高木氏によると作家の皆さんは自分の本の販売促進のために全国を回る人もいるそうだが、祐樹と私の本に関してはこちらの本業を重視して土曜日か日曜日の一日を潰して、京都の主だった書店を全部回るとかいう話しだったな。
 あの作家先生は世間で有名だったからあれだけの人が集まったようで、実際のところそんなに売れていないとか、サイン会に行くまでもない程度のファンしか持っていない作家さんのサイン会では書店員がサクラとして私服で動員されるらしい。
 祐樹と私の本の場合、病院というある意味組織票めいたものがあるのでそんな惨状にはならないらしい」
 コンソメの基を使わずに作ったトマトの分量を控え目にして黄色というか黄金色に輝くミネストローネ――ちなみにお祝いに相応しく人参やキャベツは星形に切ってある――は目でも楽しめるようにガラス製の大きなスープボウルに入れていて、愛の交歓の後に温め直したのは言うまでもない。それを大振りの白い皿に入れていそいそと手渡した。
 本来なら肉料理は赤ワイン、魚だと白ワインと決まっているようだが祐樹にはさして拘りがないようだったし――それこそ第二の愛の巣として定番になったホテルでも赤・白などが揃っているにも関わらず同じものを頼み続けているのでその点は大丈夫だろう。
 それにホテル代は祐樹が支払う回だった時に――その時々でどちらが支払うかは何となく流れで決まるが、祐樹が多少は多いもののほぼ折半になるように大雑把だが計算している――別料金のシャンパンではなくて無料で呑めるスパークリングワインをずっと呑んでいた。祐樹も自分もアルコール分解酵素に恵まれているらしくて深酔いすることはなかった。それに普段からそれほど呑むほうでもなくて泥酔した祐樹も見たことがないし、自分も見せたことはない。
「とても綺麗ですね。星形にキャベツが金色に染まっていて今日のお祝いに相応しいです。
 味付けはもちろんのこと目で見ても充分楽しめる最高の手料理を振る舞って下さるのも、貴方を恋人にして良かったと思える一因ですね。恋に落ちたと自覚した時にそこまで知っているわけではなかったので……あくまで後付けの要因ですけれど。
 キャベツも程よい硬さで……この噛みしめるたびにコンソメの精妙な味が口の中に広がってとても美味しいです」
 言葉だけでなくて太陽の光りのように輝く祐樹の笑み全体で満足の気持ちを表現してくれていて、作った甲斐を充分以上に感じてしまう。こういう笑顔を見るためだけに凝った料理を作っているのが恋人としての自分の役割だとも自然と思える。手料理を苦に思ったことはないけれども自分一人だと毎食異なる料理を作る気にはなれなかったのも厳然とした事実だった。
「そうか……。それは良かった。祐樹にそう言って貰えてとても嬉しい」
 宙に浮きそうなほど弾む気持ちで空になった祐樹のフルートグラスに黄金色のシャンパンを注いだ。
「その前に書店用にサインする作業が有るそうだが、一日で四軒しかも京都限定だと楽な方らしいし、高木氏も本業優先なのは知ってらっしゃるのでそんなに無理なスケジュールにはしないと言っていた。慣れないことで緊張はするだろうが……」
 祐樹と雛壇で二人並んでサインをするという嬉しさの方が勝ったし、しかも本の表紙裏――だったような気がする――とはいえ二人の名前が並ぶのは心の底から嬉しさが黄金色のシャンパンの細かい泡のように上っては弾けているようなイベントだろう。
「そういうふうに目立つことがお嫌いな貴方が率先して決めてしまわれたのは、私の存在がそれほど大きいということですよね?
 以前の貴方は――いえ、別に批判などではなくて――マスコミ露出も病院長命令で仕方なくといった感じでしたので」
 祐樹の笑みがよりいっそう深く強く輝いた。
「そうだな……そう言われれば……。祐樹と二人で燦々と日光が射しこんでいる白いテーブル、しかも花まで置いてある場所で二人して名前を書き込めるのがとても嬉しくて、そっちばかりに気を取られていて」
 祐樹が差し出してきたフルートグラスを空中で交差させると流麗な音が荘厳さを伴って部屋に微かに響いた。
「それはとても嬉しいです。そんなに愛されている恋人の立場からしてもそうですし、貴方自身が自ら開花する花のような感じで変わっていくのも個人的に喜ばしいです。
 貴方の場合自己評価が低すぎると常々思っていましたから。まあ、そういう貴方だからよりいっそう惹かれたのだと思いますが……」
 「が」という接続助詞の使い方が若干気になったものの、祐樹の太陽光の化身のような
笑顔を見る限りは逆接ではないのだろう。
「全ては祐樹のお蔭だ。祐樹がこうして傍に居てくれるだけで幸せなのだが、そういうふうに……良い意味で変わることが出来たのも全て」
 ほとんどのお皿が空になっていることに気付いて、弾む気持ちで立ち上がった。
「その感謝も込めて、ささやかなプレゼントを用意したので少し待っていてくれないか?」
 祐樹の目が驚いたような光を放った。
「いえ、夕方充分頂きました。あんな高価な服をたくさん……。それだけで充分なのですが」
 基本的に祐樹はプレゼントを贈る方が好きでその逆は抵抗があるらしいのは自分ですら分かってしまっている。だからこそ折鶴勝負までしてあのブランド店にほぼ無理やり連れていったのだから。
「もう用意してしまったので……。出来れば受け取って欲しい。気に入らなかったら捨ててくれても構わないので」
 祐樹が広い肩をこれ見よがしな感じで竦めた。
「貴方から貰えるものは、全てが宝物ですよ。あの攝子と鉗子を使った折鶴もそのウチの一つです。
 有り難く頂きます」
 その言葉を聞いて、自分用――と決めているわけではなかったが祐樹は遠慮して入って来ない――書斎へと軽い足取りで向かった。先ほどの愛の行為の余韻が残る身体とシャンパンの軽い酔いのせいか薔薇色の多幸感に包まれながら。
「これ……良かったら使って欲しい」
 一応綺麗にラッピングした手編みのマフラーの包みを差し出した、祐樹が良くしてしてくれるような感じを真似ながら花束を捧げるように。









 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。




        こうやま みか拝