「改めて申し上げますが、こんな好物ばかりの料理の数々を用意して下さったのですから本当に良いお知らせが満載なのでしょうね……。
 それにこのシャンパン……最近はあのホテルでは別料金で提供されている銘柄で泣く泣く断念したのを覚えていて下さったのですね」
 愛の行為の後に身支度をざっと整えたものの、身も心も満たされた甘い気怠さに包まれたままテーブルへ向かい合って腰を下ろした祐樹が感嘆めいた表情でテーブルの上を見回している。
「他でもない祐樹にまつわることは特に良く覚えているので……。
 とりあえず乾杯をしようか?」
 フルートグラスにシャンパンを注ぎながら笑みを零した。多分今の自分の表情はこの上もないほど極上の笑みを浮かべているのは祐樹の眼差しで分かってしまう。
「有難う御座います。今宵はこのシャンパンが殊更美味しく呑めそうです……。最愛の恋人がこんなに生気に満ちた笑顔と愛の交歓の後の気怠い甘さの残る肢体を堪能しながらですので……」
 フルートグラスが繊細な音を立てて部屋の空気を僅かに震わせた。
「私も同じだな……。
 ただ、一番嬉しかったのは祐樹の完成原稿を読んだ時……だったが」
 声を上げ過ぎたせいか、シャンパンの甘さが更に心地よく口の中を潤していく。
 祐樹の力強い輝きに満ちた視線が一瞬怪訝そうな光を宿す。
「え?そんなふうに思って下さっていたとは……。
 先程聡も私にまつわることは特別に覚えていると仰って下さいましたよね。それと同じですよ。
 聡のことを一番良く知っているのは世界中の人の中で私だと自負しておりますから。
 逆にあの当時の状況から私という要因を取り除くとああいう行動をなさるのではないかということくらい予想出来なくて生涯の恋人と僭称するのはおこがましいと存じますが。
 聡のことを伊達にずっと拝見してきたわけではありません……」
 シャンパンの泡越しに見える祐樹の唇が何だか得意げな感じの笑みを浮かべている。
 アルコールではなくて、祐樹の甘い言葉に酔ってしまいそうになる。
「それはそうなのだが……。祐樹の秀逸な文才にも心底驚いた。ほら、あの直後、盛岡医大の教授のメールも文学的価値が高いと二人して感心しただろう。
 あれよりも更に感動した。自分のことを書かれているからかも知れないが……。
 何だか物凄く職業意識が高くて熱意溢れる人物像に美化されているようで……。
 しかし、良く考えてみると確かに私が考えたり行動したりしそうな感じなので、尚更戸惑ってしまって。
 祐樹の表現力の豊かさは知っている積もりだったのだが、まさかあれほどの名文が書けるとは全く知らなかった。
 そういう点も惚れ直した……」
 いそいそとスモークサーモンにレモンを掛けてから祐樹の方へと渡す、この上ない満足感に浸りながら。
「東北の教授に勝っていましたか……?
 他ならぬ聡のお口からお聞きしたいですね……
 惚れ直して下さるのは何回伺っても嬉しいのでドンドン仰って下さいね」
 祐樹の瞳と唇が不敵な感じで輝いている。負けず嫌いな点も祐樹の好ましい特徴の一つではあったが。
「ああ、読んでいて心の底から幸せになった。文章を書いた人が祐樹だと知らなくても感動してしまう程度には。
 あの卓越過ぎる文章が私のレポートそのものといった感じの無機質な文章と同じ本になるのだから、喜びはひとしおだ」
 心も身体も満たされたため息のような笑みを零しながら告げた。
「それは良かったです。二人の共同作業が本に収まるのも、そしてその本が本屋に並ぶのもとても楽しみです。
 オーク○での実質的な披露宴も筆舌に尽くしがたいほどの期待感しかないのですが……。
 斉藤病院長も何だか最近は物凄く喜んでいるらしいと院内でウワサになっているのですけれども、何百万部売り上げだけのはしゃぎようではなさそうな感じでうね……。何か心当たりでも?」
 祐樹の方が当然病院内の人脈は幅広いし、誰かが病院長のことを祐樹に報告したに違いないが。
「ああそれは、出版コーディネーターの高木氏が日本○済新聞社にもコネが有るらしくて、『ワタシの履歴書』の執筆依頼が正式に届いたからだろう……」
 祐樹の普段は凛々しく引き締まっている唇が驚きのカーブを形作っている。そういう表情を見るのも意外な一面だったので嬉しかったが。
「そんなコネが有るのですね。しかもあの新聞社の豪華執筆人しか載らない場所に良く……ああ、今連載中の方がお亡くなりになったからでしょうか?
 ま、それはともかく学長になった後ならともかく学長選挙にこれから臨む病院長ですので、その効果は絶大でしょうね。
 その件を伺ってやっと腑に落ちました」
 大学の慣例として、学長になれば病院長の座は必然的に譲り渡すことになっている。
 その後継者に自分が名乗りを上げようと密かに考えていることはまだ心の宝物入れに仕舞っておくことにしよう。
 祐樹に打ち明けたなら絶対に力になってくれることは確信めいたモノは有ったが、激務に加えて院内政治にまで尽力して貰うのはタイミングが悪すぎることも分かっていた上にまだまだ先の話しだったので。
「それより、祐樹。高木氏のコネで『テツコの部屋』にゲストとして呼んで貰えるかも知れない」
 祐樹が驚いたような眼差しで自分だけを見詰めている。
 そういう類いの表情を見る機会はそうそうなかったので幸福の玉手箱を開けた気分だった。
「……そのゲスト、もしかして二人ですか?」
 確認するような感じで聞かれた。
「共著なので当然二人だが?」
 祐樹の掲げていたフルートグラスが不自然に揺れて黄金色のさざ波が幸福の象徴のように煌めいている。
 ただ、職業的にも、本来の性格的にも物事に動じない祐樹がここまで驚くのは想定外だったが。
「その件をお一人で決めてしまわれたのですよね……。病院長命令とかではなく?」
 唖然とした感じで再確認されてそんなに意外だったのかと内心首を傾げながらも唇を開いた。
 花のような笑みがフルートグラスに映っているのを視界の隅で捉えながら。










 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。




        こうやま みか拝