「とても良くお似合いでいらっしゃいますね。
 私共のスーツは直輸入品で御座いますから袖口やスラックスの裾などはお直しが必要なお客様が圧倒的なのですが――ここだけの話しですけれども――その必要もなくていらっしゃいます」
 責任者と思しき男性が、あながちお世辞でもない感じで感嘆の響きを重厚そうな声に加えているのをどこか遠くで聞きながら、夜の漆黒の闇の中に月光の仄かな白と青の光りを纏ったジャストフィットしたスーツと、新雪のような真っ白い少し大きめのワイシャツ姿を惚れ惚れと眺めてしまって、唇を動かすのも忘れて魅入ってしまう。
「ワイシャツはワンサイズダウンしても良い感じなのですが……」
 自分の表情を何だか子供めいた感じで確かめた――何事にも目敏い祐樹なだけに、感嘆の余り声が出ないこともお見通しなのだろう――後に店員さんに向き直ってそう聞いている。
「いや祐樹、今あちらで流行っているのは、大きめのワイシャツを着こなして、プレゼンとか講演の熱が入った時にジャケットを脱ぐことだそうだから、それで大丈夫だろう。
 後はネクタイとカフスボタンだな……。
 カフスは無難にプラチナで良いと思うが……、ネクタイはこの中から祐樹が一番好きなのを選んでくれれば……」
 見惚れて絶句していた唇がやっと――といっても動かすのには努力を要した、祐樹の予想以上の衣装映えのせいで――動いてくれて、現実的なアドバイスが出来たのも自分にとっては奇跡のような感じだったが。
「赤単色だと……アメリカの、ここ一番の時に着用するパワータイと呼ばれるものなのでまずそちらを試着してみては?」
 太陽の赤――祐樹が普段から纏っている自分を惹き付けて止まない生気に満ちたオーラの色でもある――を髣髴とさせるネクタイを、先程から紅色に染まっている指で丁寧に持ち上げて祐樹へと渡した。
 祐樹と指が一瞬触れて、それだけで紅い電流が指を幸せな感じで震わせる。
「そうですか?スーツが黒ですので、赤は最も印象的でしょうね……。ここで結んでも構わないでしょうか?」
 祐樹が試着室ではなく――ネクタイだけなら別に人目を憚ることもない――店員さんに確かめてから手技を思わせる鮮やかかつ大胆な指の動きでネクタイを結んでいくのを、感嘆のあまり言葉が出ないまま息を殺して見詰めていた。
 アメリカの学会だけではなくて――祐樹には未だ知らせていないが何百万部記念パーティにもネクタイとかワイシャツは未定だがスーツは着回しを予定していて――あそこの宴会場は暖炉の炎を再現した照明を大きな十字架に模して掲げて貰う予定だった、あくまでも二人の真の関係を知らない招待客が9割以上なので医学の神でもある、アスクレーピオスの杖に似た形に似せるようにデザインは若干異なっていたが――二人だけのテーブルの背後にオレンジの荘厳な光が祐樹の黒いジャケットと赤いネクタイはとても良く映えるだろうと思うと魂が震えるほど嬉しくてならない。
 医局などで祐樹の白衣姿を垣間見た時も均整の取れた長身とか凛々しくて頼もしい顔にともすれば視線が釘付けになるのを理性で抑えてきたが、今は店内スタッフという人目が有るにも関わらず、祐樹のかっちりとしたスーツ姿から目が離せない。
「赤だけというのと、こちらの銀色のラインが効果的に入ったタイではどちらが良いでしょうかね?
 こちらも試着してみた方が?」
 何故か英語に切り替えた祐樹が自分の瞳を覗き込んで、満足そうな笑みを緩く浮かべている。
 スーツやスラックスとは異なってネクタイは別に結ばなくてもワイシャツに当てるだけでだいたいの雰囲気は分かるので何故祐樹がそんなことを言い出したのか意図不明だった。
 ただ、そちらのネクタイを締めた姿も見てみたかったので大きく頷くだけが精一杯だ。
 祐樹の節ばった長い指がネクタイを解いて次のネクタイを締めるのをただただ見ては感嘆のため息を漏らしてしまう。
「お客様、もし宜しければこちらのベルトを使って下さいませ。
 全体的な感じを掴むのもアメリカのビジネスシーンでは重要で御座います。
 あちらでは見た目が日本よりも遥かに重要視されますので、一分の隙のない服装の方が宜しいでしょう」
 黒子のように音もなく近付いてきた他のスタッフが黒革の細身のベルトを捧げるような感じで祐樹へと差し出した。
「有難う御座います。では少々失礼致します」
 漆黒の上着を脱いでベルトを締めた後に、ハワイのキラウエア火山――当然行ったことはないものの、何度もテレビで観たことがある――のマグマのような赤色とオレンジ色の中間の色のネクタイ――自分が選んだ三本の中の一つだ――を手早く結んで自分の方を見た。
 ベルトを締めたことによってウエストの位置の高さが際立っているし、その上ややゆったりした純白のワイシャツに赤いネクタイを締めた祐樹は普段よりも凛々しさと頼もしさが加わった眉目秀麗な顔に輝くような笑みを浮かべているのを恍惚とした気分で見詰めた。
「如何ですか?似合いますか?」
 何故か祐樹は流暢な英語で話しかけ続けている。祐樹の言動には何か理由があるのは経験則で知っていたが、このようなお店では店長クラスは英語を解することを自分だけでなく祐樹も知っている――何しろ二人で家でのまったりデートの時に二人してビジネス雑誌で読んだ覚えが有る――のに何故英語なのか分からなかったものの、英語で返答することにした。
「とても似合っている。ネクタイはどちらが良いだろう。もう一本も締めてみて……そしてジャケットを羽織ってみてくれないか?」
 祐樹の白衣姿も最高に自分を惹き付けてやまないものの、内面も外見も申し分ない祐樹には夜を彷彿とさせる漆黒の正装もとても似合っていて、瞬きすることすら忘れて見入ってしまう。
「良いですよ。今日は最愛の貴方の言いなりになる日ですから……。
 ベッドの中で……だとてっきり思っていましたが」
 ネクタイを几帳面に結び終わって漆黒のジャケットと純白のワイシャツ、そして太陽と月を思わせるネクタイ姿に息と瞬きを忘れて見詰めていると、早口の英語と共にうなじの辺りを指で意味有り気に辿られて……、殊更弱い場所でもなかったハズの場所に妖しい欲情の薔薇色の電流が奔った。
 殊更フレンドリーに振る舞うのは、ネイティブ顔負けの英語で話している――実際アメリカ人はこの程度のスキンシップは普通に行うことも経験則で知っていた――からだろうか?
「ネクタイは、数本替えを持って行った方が良いので、全部購入するのが良いかと思うのだが?」
 個人的に気に入ったのは、赤単色だけのものではなくて、祐樹の太陽のオーラに良く似合う赤とオレンジが絶妙な感じでキラウエア火山の溶岩のような鮮やかで生気に満ちたシロモノだったが。
「持って行くと貴方が仰るからにはこれはアメリカの学会用ですよね、もしかしなくても……。
 そんなことまでお気を遣って下さって有難う御座います。
 そういえば大阪での突然の休暇の時に買って下さったメガネももしかして……。
 補助線を引いて考えれば良いと貴方がアドバイスを下さいましたが、あれはもしかしてそのために買って下さったのですか?有難う御座います。貴方のなさることには何らかの意味があるとは思っていましたが、あの時は学会に招待されたばかりで……それも貴方の機転の賜物でしたのに、それ以上のことを即座に考えて下さっていたとは……。
 考え得る限り最高の、いや至高の人生の伴侶を見つけた私は生まれてきた甲斐が有ったと普段から思っていましたが、想定を遥かに凌駕する貴方の愛情に心の底から満たされる想いです。
 もっと大きな講演とか、国際公開手術などだと貴方も共に行って下さるのに、それだけが心残りですが、そう遠くない日に二人して世界のステージに立てるようにこれからも精一杯頑張りますのでその日まで待っていて下さいね」
 誠実さと真摯さが混じった祐樹の輝く眼差しとか生気に満ちた笑みに魂が満たされて、そして身体が祐樹を求めて乾いていく。
「取り敢えず全部下さい」
 会話を日本語に改めて店長と思しきスタッフに声をかけた。
 それにしても祐樹は何故英語を話しだしたのだろうかが少し気になっていたものの、二人きりになったら教えてくれるだろう。










 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。




        こうやま みか拝