「普段でも充分綺麗な貴方ですが……医局の扉の前でああいう水晶の滴った薔薇のような笑みを拝見出来るとは思ってもいなかっただけに、正直意外でした。
 愛の交歓の後よりも鮮やかさと艶めかしさをまとった貴方の笑みをまさか職場でとは……」
 祐樹の熱を帯びた眼差しとか普段より低い声にここがせめて執務室だったらと思いながら慌てて話題を変えようとした。珠玉の愛の言葉は魂が宙に舞い上がるほど嬉しかったが、人目がないといっても屋外には違いなかったので。
「……いつも思っていたのだが、祐樹は隠れ家を見つけるのもとても上手だな……」
 至近距離と表現するには少し離れた場所に佇んでタバコの煙を笑みの形に刻んだ唇からたなびかせている祐樹を視線が釘付けになった感じで惚れ惚れと眺めつつ心の底から感心していた。
 以前に教えて貰った小さな神社の境内とは異なった、数本の木に包まれた場所は病院の敷地に隣接しているとは思えないほどの静寂さと心地よい密閉感で、隠れ家には相応しい感じだった。もちろんこうして言葉を交わすのも。
「必要に迫られて……ですかね。ウチの科の患者さんはそうでもないのですが、入院患者さんでも歩行許可を貰った人はヒマに任せて探検したがりますし、テレビで放映されたからか前よりも医局を見学に来る人が多くなりましたし。
 テレビに映った人間を実際に見られる……というのは患者さんにとっても新鮮らしくウチの医局だけでなく当時一階に居た全ての医師とかナースなどは皆覗き見の対象になってしまっているようですよ。
 ですから私も一息入れたい時のために色々場所を探さなくてはなりません。数か所確保してありますが、ここが一番人目につかないかな……と。
 来て下さい」
 タバコを――多分前にここに来た時に置いて帰ったらしいコーヒーの瓶に放り込んだ後に長い腕を大きく広げた祐樹の方へと歩みを進めた、一歩半だけだが。
 祐樹の腕には自分を惹き付ける魔法めいた吸引力が有ったので。
 一瞬に満たない躊躇は有ったものの――何せ祐樹お墨付きとはいえ、病院のごく近くなのだから――ただ、祐樹の広い胸や長い腕に吸い寄せられる甘く熱い魅惑には抗えなかったし、この場所を知悉しているはずの祐樹の判断力に委ねることにした。
 長い腕の中にすっぽりと絡まれると、ずっと継続していた薔薇色の多幸感がさらに心を心地よくかき乱されて甘い物狂おしさに酔いしれてしまっているのを自覚した。
「忙しいのは別に構わないのですが……最愛の貴方と触れ合う機会が減ってしまうのだけは正直寂しいです。貴方が全然足りていないので……何だか心に甘い空虚な感じが広がってしまいます」
 消毒薬の清らかな香りが仄かに広がる祐樹の熱く甘い腕の中に包まれて自分よりも僅かに高い体温を感じるだけで薔薇色を濃くした恋心が太陽の彩りを添えたように煌めいてキスを強請るように上を向いた。
「大輪の花のようなお顔はお会いした時から全く変わっていませんが……最近は瑞々しい艶っぽさが更に増しましたね……。先ほど医局の前で会った時は薫るような、そして朝露に濡れた薔薇の花弁よりも綺麗な笑みを浮かべていらっしゃって……その綺麗さに息を飲みましたよ……。
 ただ……」
 祐樹の長い指が顎に添えられてそれだけで鼓動が跳ねた。
 触れるだけのキスをむさぼるように交わしながら刹那の永続を全身で感じて魂までもが祐樹色に溺れていく。
「ただ……?」
 至近距離で眼差しを絡めながら――病院の敷地内からごく近いとはいえ、祐樹が見つけ出した場所は誰も来ないという神話めいた確信が有るのでその点は安心している――上司と部下ではなく恋人としての会話に耽ることが出来る束の間の機会を堪能することにした。
 祐樹の腕の中は羊水の中に居るような安心感と麻薬のような高揚感で自分の心と身体を絡め取ってしまう魅惑に富んでいる、どちらも体験した覚えはないものの。
 魂が触れ合っているという確信めいた実感をずっと抱いてはいたものの、身体を交わす愛の行為は減っていたのも事実だったので、着衣越しとはいえ祐樹の腕の中に居る時間が宝石よりも貴重で蜜よりも甘い時間だった。
 原稿を読んで笑みを浮かべていた記憶は有ったし、その笑顔の余韻が続いていた程度のことは自分でも気付いていた。ただそれが祐樹の目から見るとどんな感想を持つかは祐樹の雄弁な語彙とか心地よい饒舌さで聞いてみたい。
 背中の輪郭を確かめるように辿る祐樹の大きな手の感触を心地よく受け止めながら、少し伸びあがって唇を重ねた、愛の言葉の続きを促すように。
「大輪の薔薇のように綺麗なのは出会ってからずっと変わらないのですが……。
 しかし、今日の貴方の極上の笑みを浮かべたお顔は花屋さんで売っている切り花の薔薇というよりも、ご一緒した薔薇園の中で一際美しさと薫り高さを誇っていたあの紅い薔薇のような……確かな地面にしっかりと根を下ろして咲き誇る薔薇の力強さめいた艶やかさで煌めいていてとても綺麗でしたね……。
 朝露に濡れた大輪の薔薇の風情ですが、儚さというかどこかに運ばれてしまうのではないかという不安めいたモノは一切感じられませんでした……。天上の花のように綺麗でしたし、今もその朝露に濡れた美しい笑みはそのままですが……。
 ただ、そういうお顔は私だけで独占したいので……」
 確かめるような口づけの甘い毒が全身に浸透する錯覚に溺れながら祐樹の広い背中に縋るように手を回した。
「私の地面は祐樹の愛情なので……。祐樹が傍に居てくれる限りはずっと揺らがない……。
 物理的には無理でも精神的にずっと繋がっているという確信が持てる限りは……。
 それに原稿を読んで、私のことをあんなふうに見てくれていたのかと思うと尚更のことだったし……。私は自覚していた以上に愛されているのだと思って……そう思うと自然に笑顔になってしまった……」
 祐樹の瞳の輝きがより一層の愛おしさを帯びて自分だけを見詰めてくる充足感に魂が薔薇色に震えてしまう。
「私の愛情という地面は確固たる地盤の上に存在しますから揺らぎようがないですね。
 その不動の地で安心して咲き誇って下さればとても嬉しいです」
 唇に最高の笑みを浮かべて、そして瞳には祐樹に対して最高の愛情を示すような光を宿してゆっくりと唇を祐樹の方へと近付けた。眩い輝きに吸い寄せられる蝶のような気分で。
 そして祐樹の腕の中に居る自分は先ほどよりも瑞々しい笑みを浮かべているだろうと祐樹の瞳の中を覗き込んだ。










 リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
 




        こうやま みか拝