「この世と引き換えにしても良いほど愛している祐樹に……今現在隠していることが有って……。ただ、それは二人だけでお祝いをしたいからで……。何なら今言ってしまっても全く差支えのないものなのだが、どうする?」
 絡ませた小指の心地よい感触に誘発されて言葉を紡いだ。自分なりの精一杯ではあるものの、拙い愛の言葉でも祐樹なら受け止めて、そして笑顔に輝きを更に加えてくれるという安心感とか信頼感を抱いている。
 案の定祐樹の春の日差しの輝きの瞳がさらに光を放って自分だけを見てくれている。
「ネガティブなことなら直ぐにお伺いして……二人して対処法を練ったほうが良いかと存じますが、最近の貴方のご様子からは全くそんな気配は全く感じない――いやむしろとても幸せそうなご様子です――ので貴方一人のご判断で大丈夫かと存じます。
 その『隠し事』を披露して下さるのを楽しみにしています。
 それはそうと、久米先生がダブル・バインドを起こして折鶴勝負に苦戦しそうなのですか?
 今更言うまでもないものの貴方のことは全面的に信頼していますので――突発的な事態が起こらない限りは、ですが――全てお任せしますが、むしろ久米先生の方が気になりますね……」
 祐樹の秀でた額とか男らしい眉が僅かに曇った。自分などは「脳外科の復権」が目的の催し物なので、自分の医局がたとえ最下位であっても全く気にしないが「医局のメンツ」にも拘る祐樹――それはそれで感謝している――には有ってはならない事態なのだろう。
 ダブル・バインドとは複数の指示が有ってそれらが矛盾しているためにどう対処していいか分からなくなることを指す。例えば母親が子供に「こっちにおいで」と言って、その子供が来たら「近寄るな」と怒った感じで言い放った場合子供はどうしていいか分からなくなってしまうというのが初心者向きの説明だ。
「今頃は柏木先生辺りが昼休みを利用して特訓に付き合っているかと思うのだが、柏木先生の折り方と祐樹のでは異なっていて、しかも久米先生は祐樹の折り方が『普通』だと考えていて、柏木先生流は馴染まなかったらしいな。
 元々あの先生は外科志望だったので、当然ながら鉗子と攝子の扱い方を学んだ時に熱心に修行した過去がある。その時には祐樹風の折り方で作っていたらしいので柏木先生の教え方には随分手間取っているみたいだ。
 その点精神科を余儀なくされた清水先生は外科志望とは一線を画していたので真っ白の状態で私が教えた方法しか知らずに熱心に特訓を重ねているらしい。あの先生は実家の病院にも当然医療用具は事欠かないので隙間の時間にも必死で練習していそうだな……。本来外科向きの人間のようだし、実際才能も持ち合わせているから良い線まで行くのではないか?」
 祐樹の勝気そうな――実際かなりの負けず嫌いだ――眉がキリリと上がった。それはそれで男らしい精悍さが増して見入ってしまうが、祐樹的には一応精神科所属の人間に勝ちを譲る気もなさそうだった。
「貴方に話した結果異なった見地からもアプローチが出来ることが分かって立ち直りましたが執刀医として『誰にも相談出来ない』状況に居たものですから、一種の現実逃避として原稿で気分転換していたのは事実です。久米先生まで巻き込んで。その上外科の他医局の研修医も日々の業務で折鶴勝負対策は先輩に言われたものの後回しにしている現状も相俟って油断していました。
 柏木先生風に仕上がっている久米先生を私が教えたらまたダブル・バインドが起こるようですね。
 もう柏木先生に指導は丸投げにしてそれをチェックする係りに回った方が良さそうです」
 折鶴の折り方は別に正解があるようなシロモノではなくて、しかも学年が異なれば指導教官も変わるので自己流にアレンジするか――少なくとも自分はそうだった――柏木先生のように教わった通りの折り方をそのまま覚えているかのどちらかで、祐樹の学年では祐樹流が主流だったのだろう、折り紙を折るという行為が目的ではなくて攝子や鉗子の扱い方を覚えるのが目標なのでその点では久米先生は優秀だっただろうが、今の段階では学際時代に熱中した折り方とは異なる方法を教えられて随分面食らったことだろう。
「この医局で執刀医の経験が有るのは私だけなのに、祐樹の気持ちがそこまで追い詰められていたことを察することが出来なくて本当に申し訳ない」
 項垂れようとすると、祐樹の長い指が顎に添えられた。
「それはもう解決したので良いのです。だからそんなにご自分を責めないで下さい。岩松氏の病院でキャリアの長い先生とか明石教授にご相談しようかとも思っていたのですが、その前に他ならぬ貴方に言っておきたかっただけなのです」
 日本で一番の私立病院を経営している岩松氏の病院にも確かにベテランの外科医は当然居るだろうし、日本外科学会の重鎮でもある明石教授――ちなみにベルリンでの国際公開手術に自分を指名してくれた先生でもある――は名前だけこの病院にも在籍しているが指導医として多忙を極める先生なので世界規模で動き回っているからなかなかこの病院にも顔を出せないのは仕方のないことだ。
 祐樹が「まずは自分に」相談しようと思っていてくれたことは単純にそしてこの上もなく嬉しかったが。何時もは無限の愛をふんだんに浴びせてくれる祐樹に自分もお返しが出来るような方法が有ったことへの感謝の念で。
「これからは手技のことで悩むことが有ったら時間を選ばずに相談してくれれば有り難いな。私が教えられることは全て答えるので」
 各種イベントが入ってしまっている今は二人だけの時間が減少の一途を辿っていることは紛れもない事実だったし、物理的にすれ違い生活を送っている。ただ精神的には繋がっている感がこれまで以上に大きかったのでそんなに不満はなかったが、祐樹はその時間にも悩みを口にする機会を逸してしまっていたのも事実だった。
「了解です。ああ、もうこんな時間ですね。そろそろお暇しなくては。
 お昼ご飯ご馳走様でした。原点に立ち返る意味でも貴方の精緻かつ秀麗な手技をモニター越しに見に参ります」
 疾風のように祐樹が出ていった。その背中には普段よりも眩い太陽のオーラが漂っているのを微笑みながら見送った。きっとその笑みは世界中のどんな人よりも幸せ色に煌めいているだろうと思いながら。



















        こうやま みか拝