「え?それを貸して下さるのですか?」
 呉先生の華奢な手の上に乗った天鵞絨の小さい箱の中身は休日にしか身に付けない――自分だって祐樹のお母様から託された大切なダイアのリングは同様だったが――スミレの花のような呉先生には最も相応しいと思われる森技官からの最初の贈り物が可憐な煌めきを放っていた。
「ええ、うっかりとぶつけてしまいまして。石が取れてしまうまでには至りませんがやはり気になったので、自分の時間が取れた時にこっそりと百貨店に寄って修理に出そうとたまたま持ち歩いていたのです。
 ある意味私の一番の宝物ですが……こんなモノで良ければ使って下さい」
 良く見るとプラチナのあちらこちらに傷がついていた。あくまで凝視しなければならないレベルではあったものの。
 祐樹のお母様から託されたダイアの指輪――祐樹の今は亡きお父様が婚約指輪として贈ったという曰くつきの有る大切なモノでもあったが――よりも何だか使い込んでいるというか、傷などが多いのは祐樹と確かな血の繋がりを感じさせるお母様の几帳面で器用な一面を象徴しているようで何だか嬉しかった。見かけによらず大雑把な点も持ち合わせている呉先生らしい使い方も何だか微笑ましくてついつい笑みを深くしてしまった。
 それに森技官から贈られた宝物を気前良く貸して貰えるほど、自分は信用されている上に呉先生も我がことのように嬉しかったのだろう。
「本当に有難う御座います。大切に扱いますのでその点はご安心下さい。
 『何か古いモノ』というのもあるらしくて……、例のダイアのリングを地震の直後に贈って貰った……」
 呉先生の可憐な笑みが更に深くなって心得顔に頷いている。ダイアのリングというキーワードにすぐさま反応が有ったような感じだった。
「ああ、田中先生のお母様から贈られたという……。式には当然お母様もいらっしゃるのですよね?
 紹介して頂けますか?」
 呉先生の表情が興味津々といった感じの笑みの花を咲かせている。祐樹のお母様は話にはごく稀には出るものの、呉先生とは実際会うこともない人なのでそういう反応なのだろうが。
「はい、もちろんです。パーティの時に同じテーブルになるようにお願いしたいと、ゆ…田中先生とも話し合っていたのです。上座ではないのが申し訳ないのですが……」
 紫色の煌めきが良く似合う華奢な肩を大袈裟に竦めた呉先生は悪戯っぽい笑みを浮かべて銀の鈴の珠のような笑い声を立てている、ごく小さく。
「そんな……。上座には各界の大物とかそういう斉藤病院長が渾身の力で呼び集めた人が座るのでしょう?
 逆にそんな権威主義者というか、斉藤病院長の『公式』なお眼鏡に適った人達と一緒の方が気も引けますし……そもそも話したくもない人種だと思います。同居人も『友達』扱いして頂けたと判断して逆に喜ぶと思いますし……。既にご存知だと思いますけれど、年配の人に気に入られるように振る舞うのも得意です。普段とのギャップが逆に笑えますよ……。後で田中先生のお母様から同居人がどう見えたかを直接田中先生がお聞きになったら最高に笑って貰えるかと思います。
 多分、全く異なる評価というか『同一人物』とは思えない人格を垣間見せてくれるかと……。実際はそちらの方が素の性格なのも既に田中先生も察していらっしゃるでしょうが、具体的な臨床例――といっても病的なものではありませんが――サンプルとして見る機会かも知れませんね……」
 斉藤病院長の「私的」なお眼鏡に実は適っていて不定愁訴外来で患者さんから聞いた各科の愚痴というかクレームを密かに病院長に報告する役割を担っていると祐樹から聞いて知ってはいた。可憐な野の花の儚さと強靭さが宿っている呉先生ならではの病院というある意味特殊な場所を生き抜く見事な処世術だと内心思っていたし、そもそもカウンセリングは本職でも有ったので病院長の剛腕と辣腕ぶりに舌を巻いたものだったが。
 ただ「未来の病院長」を目指すに当たって斉藤病院長の手腕を具体的に知る必要が出て来たので、今までの他人事のような視点ではなくてキチンと向き合って真似すべきところは自己改善のためにも取り入れようと密かに決意を固めてしまったが。
 それに、呉先生の重大過ぎるほどの厚意に有り難く甘えることにして、万が一にも宝石が取れないように先に修理に出しておこうとも。
「有難う御座います。大切に使わせて貰いますね。地震の直後に贈って貰ったチェーンにダイアとこの指輪を通して無くさないように首にかけておきます。
 本当はこちらの指輪をなくさないための用心だったのですが」
 左手の指に煌めくプラチナのリングを宙にかざした。
 薔薇色の幸せ色に弾ける気持ちのせいだろうか、仄かな紅色に染まった指にプラチナの指輪がよりいっそうの煌めきを放っている。
「綺麗ですね、物凄く好みの高そうな田中先生が一目惚れしたのも納得です」
 指輪を褒めて貰っているのかと思っていたら、どうやら自分にとっては当たり飴過ぎて――職業柄傷つけないように気を配ってはいたものの――常に目に入る自分の指に賛辞を述べてくれたらしい。
 ただ、祐樹も褒めてくれる指を生まれつき持っていたことを亡くなった両親に今更ながらに感謝の気持ちがわいてきた。
「それに……この指輪が田中先生のお母様から託されたリングと一時的にでも同じ場所に留まることが出来て、私まで望外過ぎる幸せのお裾分けに与ったような気がします。
 私を選んで下さって本当に有難う御座います。
 四つの『モノ』の中に入ることが出来て、本当に嬉しいです。多分同居人も同じ思いを抱くでしょうし、その指輪をお貸しする件についても異存はないと思いますよ……
 それに……」
 何故か紅く染まった――呉先生も自分もそれほど呑んだわけでもないので、アルコールの影響ではないだろうが――羞恥めいた色を宿す可憐な顔に内心首を傾げつつ次の言葉を待った。
 それと同時に森技官も指輪を貸し出す件を快く了承して貰える光栄さも噛みしめて、幸せ色により一層の濃さを増していく。
 こうやって話していると、本当に式の準備に勤しむ花嫁気分を実感として味わえるという望外の喜びにも。













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