半ば冗談めいた軽い感じで言われたので、本気でない程度は分かって安心した。
 他の場所で祐樹に求められるのはどこであっても、どんな時間であっても大歓迎だったが、執務室は仕事モードの自分が一人きりになることが多い空間なので唯一の例外だった。
 ただ、今日の病院長室での交渉――祐樹も充分な助太刀はしてくれたが――が成功裏というか大勝利に終わったので「そういう行為」でお祝いしたくなる気持ちも大変良く分かって、複雑な表情を浮かべてしまっていた。
「そんなお顔をなさらないで下さい。本日の凱旋将軍に相応しくないです」
 何かの気配を感じたように祐樹が一歩後ろに下がったのと同時に脳外科の白河教授の部屋の扉が開いて帰宅と思しきスーツ姿と――「夏」の事件以降めっきり増えた白髪姿と眉間のしわが目立つ――内田教授が並んで現れた。流石に教授執務階で肩を並べて歩くことは「未だ」出来ないので気配を察した祐樹が「仕事用」の表情を浮かべて後ろに控えてくれたのが分かった。
「香川教授、田中先生お久しぶりです。ご本の件はお伺い致しました。お目出度いことですし――まあ病院長も病院ぐるみで応援なさるでしょうが――私も一般教養の学部生の講義を担当させて頂いておりますので、出版が決まればお教えいただけるとその本からテストの問題を出すということにして全員に買わせます」
 温和な感じを前面に出した内田教授がにこやかな感じで話しかけてくる。その後ろには幾分硬くなった、そして困惑と感謝の念らしきものを浮かべた白河教授が深々と礼をしている。
 外科はそれほどお声が掛からないが、内科は文系学部生も受講可能な一般教養の講座を任せられる――当然そちらの方が受講人数も多くなる――ので、有り難いことにそういう医学部とは全く関係のない学生にまで「教材」として使用してくれるらしい。
 白河教授は「院政」とウワサになるのも当然な感じで一歩後ろに立って畏まった表情を浮かべて一言も発していない。
「有難う御座います。
 今しがた、病院長と相談を済ませたところなのですが、ああ、外科の親睦会の時にそちらに貸し出す清水研修医のお父様の病院も総力を挙げて応援して下さるそうで。
 まとまった部数が確保される見通しが付いたので――正式には病院長からメールが行くと思いますが――何万部だか何百万部突破記念パーティをオー○ラで開いて下さるそうなので、白河教授も立食のスペースではなくてテーブル席を用意させますのでそちらにお座り下されば幸いです」
 「夏」の事件以降――いやその前は教授職でもなかったので同じ時間に手術が入っていても控室そのものが異なったので顔と名前は流石に知っていたが言葉を交わしたことはなかった――医局の抜本的改革を内田教授という穏やかな風貌にも似ず「革命の闘士」としての厳しい一面も持ち合わせている人の指導を仰ぎながら成し遂げただけあって、何だか10歳以上年老いた感じもするし、それに地震の時には完全な縁の下の力持ちを甘受して一切表には出ないような配慮などを総合して考えた末に柏木先生などの外科の医局長クラスが「脳外科の復権」を言い出したのが分かるような気がした。
 それに、そもそもが一人の精神疾患を持った研修医が元凶で――それを許す環境に有ったとはいえそれは戸田前教授の責任だし――外科医に精神疾患が分かるかといえば高度に細分化された大学病院だからこそ見過ごされたという一面もある。
 地震の時に明言した通り自分はもう完全に許しているし、事件当時からずっと心の傷を密かに抱いていた祐樹もすっかり快復しているので自分としては何のわだかまりもない。
 だからこその立食の位置ではなくテーブル席に――もちろん内田教授もそのメンバーだが――誘ってみることにした。
「我々がそんな晴れがましい場所に出ても大丈夫なのでしょうか?お目汚しではないのでしょうか……」
 内田教授の表情を確かめるように見て――普段はよほど厳しい「院政」を敷かれているらしい――恐る恐るといった感じというか、時代劇で観た覚えが有る将軍に直訴する火急侍みたいな感じという方が適切かも知れないが、戸惑いと晴れがましさが入り混じったような表情で自分の肩辺りを見ながら言っている。
「はい。もう過去のことは水に流しましょう。田中先生、それで宜しいでしょうか?」
 白河准教授時代に折衝に当たってくれたのは祐樹なので、職階が上の自分が祐樹に確かめてもこの場合は不自然にならないだろう。
「はい。外科の親睦会でもうこの件は終了ということで宜しいかと思います。余り長引くと――脳外科とはこれからも合同手術などで強固な絆も必要ですから――病院としても由々しき事態ですので。
 それに職員のメンタルチェックまで導入された健康診断も加わってあんな人間も紛れ込まないかと。
 是非、パーティにはテーブル席に座って下さい。脳外の主な皆様と共に」
 祐樹も――内心どうリアクションを取って良いかを自分なりに悩んだ時期も有ったが、すっかり精神の傷は癒えているので――満面の笑顔で自分と白河教授を交互に見ている。
「脳外科だけですか?ウチの科はテーブル席ではないと……」
 内田教授が穏やかな笑顔で場を和ませる冗談めいた感じで話に加わった。
「内田教授は病院長と同じテーブル席に座って貰う積もりです。私が帰国して一番協力的な方でしたから」
 祐樹が実は年齢的にも次の病院長兼医学部長に自分を推してくれるように下準備をおさおさ怠らずに院内政治に励んでいることは知っていた。
 ただ病院改革の闘士としての実績とか、院内政治とかの手腕では内田教授の方が適任かと思っているのだが、斉藤病院長の停年までに決めれば良いことなので今その話をしなくても良いだろう。
「オー○ラの一番大きな宴会場ですよね、もちろん。
 あそこは学会でも良く使うので、良く存じていますが……」
 内田教授の次の言葉で百合と薔薇の噴水が心の中で一気に溢れるような充足感と多幸感に襲われた。











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        こうやま みか拝