「祐樹。あのチョコの山は持って帰らないのか?」
 甘く溶けたチョコレートの熱さを心と身体の両方で嬉しく実感しながらも、なかなか言葉に出来ないので、つい祐樹が――コートなどと共に持っていると思っていたナース達からの「本命」チョコがないことへの疑問を口に出してしまう。
「流石に教授執務階にあれだけの量のチョコが入った紙袋を持って上がる勇気は有りませんよ。
 通りすがりの教授に『これ見よがし』だと受け止められては困りますので。敵はなるべく作りたくはないのです。病院内でももっと出世をしたいので……。ですから、宅配便でウチまで送って貰うことにしました」
 医局内人事――といってもほぼ年齢的に順送りだが――は自分の裁量で何とでもなるが、祐樹はそれ以上を狙っていることも知っているので(なるほどな)と思った。
「滝川さんの件ですか?それとも谷さんの……」
 祐樹はデスクの上に置いたままの秘書がくれたチョコを見ながらも仕事モードの顔だった。ただ、祐樹の最近はとみに大人らしさを増した凛とした顔を見ているのも大好きだったが。
 多分、ブランドの刻印の入った包装紙を見て、自分が祐樹のために用意したものと勘違いしているような気がしたので、唇から小さな笑い声が出てしまう。
「いや……。ここに呼んだのは患者さんの件ではなくて、あくまでプライベートなことで……」
 滝川さんと谷さんは祐樹が執刀予定の患者さんの名前だったが、総責任は自分が負うことに変わりはない。ただ、事前に提出された祐樹の術式も自分でもこうするだろうなと思える妥当なものだったので、何の問題もなかった。
「プライベートなこと……ですか?」
 祐樹の男らしく整った眉が微かに寄せられて他意なく卓上に置いたままのチョコの包装紙を見ている。
「それは、秘書から貰ったモノで……祐樹用のは……」
 今朝一番で届いた世界で一つだけのチョコを一番下の引き出しを開けて両手で捧げ持った。
「ゴディバでは義理チョコ文化をなくそうという提案をしたそうで……もちろんこれは本命中の本命チョコレートなのだが、受け取ってくれる、か?」
 黄金色に鈍く光る箱を怪訝そうに見つめている。
「貴方以外の本命チョコなど受け取りませんが……。ナース達のは遊びの範囲内なのも知っていますし。
 ただ、この箱……もしかして?」 
 去年自分が贈ったのと同じ色の箱で、ゴディバがバレンタイン用に売り出しているもっと豪華なパッケージとは異なるので直ぐにピンと来たらしいが。
「祐樹のために作って貰った世界で一つしかないシェリエの詰め合わせで……。
 ただ、執務室に呼び出したのは……」
 声がチョコよりも甘くて、そして上気した頬はきっと薔薇色に染まっている自覚は有った。
 身体の奥も蕩けたチョコレートよりも熱く疼いていたし。
「……祐樹さえ良ければ……。ここで……愛してくれても……構わないので……」
 熱く震える声もチョコの中に詰まっているハズのリキュールよりも甘いような気がする。
「……喜んで受け取りますが、貴方との約束はこうでしたよね。『シェリエを入手出来なければ』という前提で『ここでの愛の交歓を許す』という内容でした。
 前提条件が守られているので、後半部分は無効でしょう……」
 祐樹の瞳の輝きも太陽のようで心と身体を更に溶かしていくようだった。
 半ば残念な思いと、残りは安堵の気持ちで揺れ動く自分の気持ちを読んだのか、祐樹が受け取ったチョコを大切そうに持ったままで、デスクの内側に歩み寄って来た。
「……意外と律義なのだ……」
 「な」と発音しようとした唇を祐樹の甘い口づけで閉ざされる。
 甘いリキュールのような接吻に束の間酔いしれた。
「真面目で律義なのは貴方の性格ですが、ほら、長年連れ添った夫婦はお互いの思考とか行動パターンも似てくるとか言いますよね。どうやらそれと同じような状態のようです」
 間近に熱い視線を絡ませ合いながら――お互いの顔しか瞳には映っていない嬉しい距離感だ――甘く告げられた言葉にも夢見心地になってしまう。
「ただ、据え膳は美味しく頂くタイプなのは聡もご存知ですよね?
 折角定時で上がるというご褒美まで下さったので、それも久米先生に夜勤を替わらせるという裏ワザまでお使いになって……。以前の聡なら考えもつかない方法だったものですから、私も咄嗟には分かりませんでした。
 病院以外の場所で……心置きなく聡のチョコよりも甘く薫り立つ肢体を存分に味わっても良いですか?
 予想外過ぎて、嬉しさのあまり心と身体が暴走してしまって……。
 ここでの愛の交歓までお許しが出るとは本当に思ってもいなくて……。
 とても嬉しいのですが、人目のない時を見計らって許して下さればそれで充分です。
 愛の交歓の後の甘く匂い立つ大輪の花のような聡を病院内の誰にも見せたくはないもので……。
 道後の時と同じく夜這いのような時間帯を狙います。
 で、この世界で一つしかないチョコへの御礼の意味も込めて、ホテルに行きませんか?」
 甘く低く囁かれた言葉にさらに身体も心も熱く蕩けていく。
「マンションではなくて?」
 最も早く二人きりになれるのがマンションなのでついそう言ってしまった。
「マンションだと『特別感』に欠けるでしょう?
 せっかく、世界に一つだけしかないチョコレートを手配して下さった聡の愛の深さに報いるためにも……ホテルに行きましょう……。ダメ……ですか?」










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すみません、リアルで少しバタバタする事態になってしまったので、更新お約束出来ないのが申し訳ないです!!






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        こうやま みか拝