「キョウ君、有難う。明日で良ければサッカーをしましょうね?由美ちゃんは接続詞、いや『つなぎ言葉』分かったかな?ここからは自分でしてみて明日答え合わせをして間違った場所だけ教えますから。ヒデユキ君は7の数字の掛け算の暗記をした方が良いと思います。お家で7かける1から9までママに十回言って覚えてくるように。そうしたら全部丸になりますよ。弱点は多分そこなので……」
 蒼褪めて震える唇が無理をして言葉を紡ぎだそうとしているのが良く分かる普段よりも硬さのある口調が痛々しくて祐樹の魂も凍り付いていくようだった。
 今回の件はたまたま起こったアクシデントのようなものだが、問題の根底にはアイツの脅威を予め知っていながら未然に防げなかった祐樹の落ち度があることは自明だったので。
「うん!分かった。お兄ちゃんせんせっ!有難う!また勉強教えてや!ついでにサッカーも」
 キョウ君が心配そうな感じで力付けるように元気いっぱいの声を出す。
「ず~る~いっ!由美に砂のお城作ってもらうんが先やもん!!ちゃんと『つなぎ言葉』も覚えたし、明日までにここまで進めるから……約束!!」
 由美ちゃんは頬を可愛らしく膨らまして抗議をしながら指切りげんまんをしてもらって相好を崩して笑ってバイバイのジェスチャーをしてくれた。
「とりあえず車に戻りましょうか?柳生さんがご在宅だと良いのですが」
 呉先生がシートを子供達と一緒に畳みなが提案した。柳生さんというのは祐樹の車を停めさせてもらっている家らしかったが。
「ええ、車の中ならクーラーも効いていますし、ヘンな雑音も入らないでしょう」
 あのプリン頭の女子高生を忌々しく思い出して苦虫を数十匹噛み潰したような胃の重みを感じた。
「じゃあ、せんせ!また明日!早う元気になってや!!」
 公園の入り口まで見送ってくれた子供達は――多分物騒なので公園から出ないようにと言われているのだろう――小さな兵隊さんのように並んで見送ってくれた。
「ああ、キョウ君のお母様にメッセをしなくては」
 呉先生がスマホに気を取られているのを見た最愛の人は手の甲を軽く触れ合わせて青さの残る怜悧な眼差しで祐樹を見上げて微かに微笑んでくれた。祐樹もありったけの気力を振り絞って極上の笑みを浮かべた。
「有難う。祐樹があんなに怒ってくれて……。
 あの勢いはかつての医局騒動の時とか……ザッカーバ氏のことを誤解して執務室に来てくれた時以来だな。なんだかとても懐かしい」
 勝手に一目惚れをした挙句に病棟を空にするという暴挙を仕出かした傍若無人なアメリカの大富豪のことを思い出して思わず苦笑してしまう。
「あの時は貴方が秘書兼ボディガードの人のことで悩んでいらっしゃったにも関わらず、気付きもしないで一方的にまくし立ててしまって申し訳ありませんでした」
 その点については本当に悪かったと思っていたので頭を下げた。
「いや、とても嬉しかった。祐樹が感情をぶつけてくれるのは全て私がらみだし……。
 ただ、あの女子高生達は祐樹を見て何の感慨も抱かなかったのかが不思議だな。ナースや女性の事務の方の一番人気を誇っている祐樹の顔とかスタイルの良さなのに……。
 もちろん私も大好きだが、祐樹の一番の魅力は見る者を力付けるオーラだと勝手に思っているので……」
 「見る者を力付ける」というオーラが本当に存在するなら今一番注ぎたい人に何故届かないのかがもどかしい。
 呉先生がスマホをいつの間にかポケットに戻して華奢な肩を微かに揺らしている。
「あの時の田中先生の剣幕は物凄かったですからね……。しかもあの女子高生の語彙にはない言葉を使っていらしたようなので、まずは呆気に取られて次はビビってそれどころではなかったのでしょう。
 きっと田中先生の顔すら覚えていませんよ。
 同居人もああいう辛辣な言葉は得意なのですが、浴びせかけられた方は同居人の顔――まあ一応は整っていますよね――も見られないほど怖くなるらしいと省内、いや役所内では有名です。一度だけマゾ気質の人間に辛辣な言葉を投げかけて「もっと」とか言われて好意も持たれてしまったという笑えないエピソードもありますが」
 森技官がサディスティックな性格がデフォだとは知っていたが――相手によって使い分けることは最近判明した事実だ――ただ、対等に言い合える相手の呉先生を恋人にしているのでSMの趣味はないのだろう。
「すみません。少しお部屋をお借りして良いですか?体調を崩してしまったようなので」
 柳生さんの和風の玄関先にはちょうど出掛ける支度――といってもご町内程度だろうが――ご主人が人待ち顔で佇んでいた。
「ああ、そっちの先生か……。精神科も色々大変だね。今からお東さんの寄り合いに行くので勝手に使ってくれて構わない。それにしても大丈夫かね?」
 心配そうに伸び上がって祐樹最愛の人の蒼褪めた顔を覗き込む。「お東さん」とは東本願寺のことだろう、多分。
「すみません。少し休めば大丈夫かと思います。ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんが」
 律儀に礼を言いながら無理に笑いを作っているのも痛々しくて心が痛む。
「いや、森さんにはいつもお世話になっているからな……。そのご恩返しだと思えば安いものだ……。おーい、お前、お客さんに客間を貸すぞ」
 見るからに温和で裕福そうなご夫婦なのに森技官の「お世話」になっているとはどういうことだろうか。特に彼の出番が必要な環境とも思えないし、そもそも区役所勤務と偽っている点で森技官の「特技」が発揮された形跡もないのだが。ただ、この暑い中で立ち話――しかもこの際どうでも良い――森技官のことを聞く心のゆとりなどない。
「すみません、薬を取って来たいので車のカギを貸して戴けませんか?」
 呉先生の大きなカバンはまだ車の中にあるので――多分想定される限りの薬剤を入れて来てくれたのだろうが、結果的には大正解だ、皮肉なことだが――カギを渡した。
「あらあら……それはそれは。宜しかったらスイカ召し上がりますか?」
 同じく外出着の奥様が玄関先に走り出てきた。年齢よりも若々しい身のこなしはきっと心身が健康なのだろう。
「いえ、お部屋を貸して頂くだけでもご迷惑なのに、それ以上のご厚意は……。それにお仕度中のところに押しかけて来てしまいまして誠に申し訳ありません」
 祐樹が頭を下げると奥様は若やいだ笑みを浮かべた。
「いえいえ、もう切ってしまいましたから、どうか召し上がって下さい。麦茶も用意しておきましたので暑さしのぎに召し上がって下さい。
 玄関から直ぐの障子の部屋なのでお分かりになるかと思います。開けておきましたので、どうぞご自由にお使いください。ウチはちっとも構いませんので」
 呉先生という「ご町内」の身元保証人の存在が大きかったのか、森技官の「お世話」--どんな世話をしたのか怖くて聞けない――のせいなのか排外的だと言われている昔からの京都の人間らしくない歓待ぶりに却って戸惑った。有難いのはもちろんだったが。
「では、ワシ達は出掛けるからの。呉先生が玄関の鍵の暗証番号を知っているハズなので、帰る時には施錠してくれと伝えて欲しい」
 出掛ける直前の急な来客など迷惑この上ないだろうに温和そうで心配そうな笑みを浮かべながら二人して出ていくご夫婦に頭を下げて見送ってから玄関を開けようとした瞬間、最愛の人の肢体が力を失ったように祐樹の方へと倒れ掛かってきて慌てて支えた。











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        こうやま みか拝