「あの黒いのがタピオカか……」
 女性客が手に持っているプラスチックの中身を見て思わずそう口に出してしまった。直径が大まかな目算で一センチは有りそうだったので。自分で作ったことがない――家庭で手作りする日本人がそうそう居るとは思えないが――大阪のホテルの中華レストランのタピオカは5ミリほどだし、色も白かったのでそもそも作り方が違うのだろう。
「多分そうですよ……。サイズとかミルクも色々選べると書いてありますが、どれにします?」
 五人の男女が並んでいるので――店そのものも通路すら狭いので人口密度が高い感じの――最後尾に肩を触れ合せながら並んだ。
「どれも美味しそうだが……。やはりプレーンなミルクにする。祐樹はいつものコーヒー味か?」
 拘る時にはとことん拘る――その点自分と似ている――ものの、あまり執着のないモノに対しては何も考えずにメニューを決める恋人だということは知っていたので、そう聞いてみた。
 それに甘いモノにも――以前ほどではないにしろ――興味を持っていないことくらいは自分でも分かったので。
「いえ、私も同じモノにします。ただ、サイズはSとLを頼みませんか?」
 店に貼りだされたメニューを一瞬だけ見て即決した感じでキッパリと口にした。
「ああ、コーヒーも中途半端に甘いのは苦手だったからか……?
 注文を聞いて一個一個手作りなのだな。物凄く凝っている。来て良かった感じだな」
 店員さんがプラスチック容器にビニールと思しき蓋を被せて手慣れた感じで機械にかけると完全に密封された状態になって客に手渡すというシステムらしい。
 そういうサービスをする店舗を見たのは初めてだったので驚きに目を見開いて祐樹の凛々しい顔を見上げて小声で呟いた。
 祐樹が唇を少し歪めて最高に魅惑的な笑みを浮かべた。
「まだ分かりませんが……。サイズは問題有りませんか?」
 甘いモノの苦手な祐樹がSサイズで自分がLだろうと思って頷いた。
 非日常を味わう――そして普段のデートでは祐樹が選ばないような場所なので、ついつい周りの店を見渡してしまった。
 祐樹と肩が触れ合っているだけで嬉しかった。公共の場所では憚られるようなことも、この狭さではごくごく自然な感じだった。前に並んでいる大学生風の男の二人連れ――話とか雰囲気でごくごく普通の「友達同士」だと分かる人達も同じような感じなので尚更気が楽だった。
「餃子専門店は昨日大阪でも見かけたが、こちらのは中国の人が経営しているらしいな……」
 餃子とビールしかメニューにないということはよほど味に自信があるのだろう。
「ああ、もう少し海側に歩いたところに中華街も有りますからね。横浜よりも規模は小さいらしいですが、割と有名です。同胞同士が集まっているのがこの辺りみたいですね……。
 昼食は中華街で摂りますか?」
 手際よく客の注文をさばいている店員さんを見るともなく眺めながら、唇に笑みを浮かべてしまった。
「あのタピオカの量を見ると昼食のことは考えられないな……」
 それにココナッツミルクも濃厚そうな感じだったし、一番大きいサイズだと――ホテルで摂ってきた朝食も相俟って――昼ご飯を摂る自信がなかった。小食ではないにせよ、それほど健啖家ではないので。
「お口に合うと良いのですが?」
 大きなストローもタピオカのサイズに合わせた物のようだったが、店員さんに手際よく密封された蓋の部分に器用に刺しこんで祐樹は意外にも小さい方を自分へと差し出してくれた。
「零したら大変なので、道路に出よう」
 テイクアウト専門店なので、当然座って飲めるようなスペースもなかった。それに大通りが直ぐ近くに有るコトは通路めいた場所に入る直前に見ていたし。
「了解です。せっかくここまでご一緒したので、以前約束していた場所にお連れしますよ。
 この容器だと、風味が落ちることもないでしょうから。
 電車で五分程度、徒歩だとゆっくり歩いても十五分なのですが……どちらになさいます?」
 狭い通路から出ると、今度は白亜の神殿めいた百貨店――今日行った大阪の「庶民的な」場所とは大違いだが、そういうのも珍しくて弾む気持ちを抑えきれない――に目を見開いてしまった。
「色々な建物が割と無秩序に並んでいるのも面白いので、徒歩が良いな。祐樹さえ良ければだが……」
 祐樹と二人で居られればそれだけで幸せなのだが「非日常」というより、何だかびっくり箱のような街だった。
「私はどちらでも構いません。ああ、あの百貨店は――今でも有るかどうかは知りませんが――芦屋にも出店していたと北教授に伺ったことが有ります」
 大きなストローと容器を右手で器用に持って軽やかな歩みと極上の笑みを浮かべた祐樹と歩いているだけで、身も心も溢れる波のように祐樹への愛情が満ちては深く積もっていく。
「北教授が何と?」
 救急救命室の責任者と、出向という形の医師が「百貨店の在り処」だけを語り合っているとは思えない。二人ともそんな悠長な性格でもなければ、ファッションなどにも関心と造詣も深い長岡先生のように情報交換の必要もないハズなので。
「阪神大震災の時に芦屋店が完全に倒壊したらしいです。そして売り物の毛皮のコートが路上に散乱していたにも関わらず、誰も拾わなかったそうですよ。この辺りもだいぶ酷かったようですが、見事に復興しました、御覧の通り。
 ですから京都も直ぐに元通りになるでしょう。
 ああ、こちらです。足元に気を付けて下さい」
 祐樹の言葉と共に一瞬で視界が変化して――それまで海の香りはしていたものの――板敷のデッキのような通路と一面の海が広がっている。
「海もお好きでしたよね。もう少し奥に入れば、多分誰も居ないかと」
 先程の人口密度がウソのような閑散とした感じと視界いっぱいの海が昼の光りを反射して波が煌めいている。
「如何ですか?ココナッツミルクとタピオカの味は?」
 隣に佇む祐樹は手に持ってはいるものの、まだ口を付けていなかった。多分転落防止用も兼ねてはいるだろうが、凝った意匠のフェンスに凭れて海を見ながら飲み物を味わう贅沢さもひとしおだった。
「とても美味しい。ココナッツも濃厚だし……ああ、そうか氷が入っていない分、薄まっていないのだな。それに、タピオカの絶妙な弾力感も堪らない」
「それは良かったです。では交換しましょう」
 大きなサイズのモノを祐樹の手が恭しく差し出してくれた。どうやら、自分の感想を聞いてから――そして否定的な言葉が出ると多分祐樹はそのまま苦手な甘い飲み物を大量に飲む積もりだったのだろう。
「有難う。この波のように、ずっと変わらず祐樹を愛している」
 ストローを唇に当てた祐樹が極上の、ココナッツよりも甘くて濃厚な笑みを浮かべた。
「私もですよ。間接キスで……ここまでドキドキするのは貴方が初めてです。
 あの船……」
 自分だけを写していた祐樹の瞳が一際輝いて、視線と触れ合せた肩で促した。祐樹が間接キスの効果を狙っていたとは内心意外だったが、薔薇色に胸が弾む。
「ああ『ダイアモンド・プリンセス』だろうな。神戸港から発着しているらしいし。実際に見るのは初めてだが……。ああいう豪華客船に乗って優雅な船旅を、愛する祐樹と共にするのが私の理想の定年後の生き方だ……」
 祐樹がこの上もなく満足そうな輝く笑みを浮かべて「左手」を顎に添えてきたので、自分から強請るように上を向いた。
「約束……ですよ」
 ココナッツの香りよりも自分を恍惚とさせる誓いの口づけを交わした。
                         <了>












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◇◇◇
一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年始のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。

旧年中は拙ブログを読みに来て下さって誠に有難うございます。
良いお年をお迎えください。



ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
                 こうやま みか拝