「興味は多分お持ちではないとは思いますが、テレビのニュースでも年に二回一定期間に亘って報じていますし、それ以外でも、時折聞いていらっしゃるかと」
 「年に二回」というキーワードと脳裏に描いた路線図がピタリと合った。
「野球で有名な場所か?」
 祐樹が唇を微かに上げて「正解」の合図の笑みを浮かべてくれた瞬間に減速していた電車が高校野球で有名な駅に停車した。
「なるほど……。球場は見えないのだな、当たり前だが」
 駅の表示板に書かれている駅名とか、プラットフォーム――多分高校野球とかプロ野球、しかもこの電鉄会社の名前を冠した球団の試合の時用だろう――の広さを見ていると何だか今までとは異なった意味で「非日常」を感じた。
「そう言えば……。私の高校の野球部員だった同級生に『花火を見に行かないか』と、ああ、言っておきますが何の下心もなく誘っただけですからね……」
 祐樹が慌てたように付け足してきたので、手の甲から指を離して指先で凛々しい眉の間を突いた。
「祐樹が高校生だった頃は未だ知り合っていないので、焼き餅を妬く必要はないので大丈夫だ。
 大学のキャンパスで一目惚れをして以後の話なら、また別の気持ちを抱いたのかもしれないが」
 あの時の祐樹の太陽のようなオーラとか頑なな思い込みを吹き飛ばしてくれそうな力強さを懐かしく思い出した。そして、自分の直感以上に幸せな日々――当時は付き合うことすら考えていなかった。祐樹のように同じ性的嗜好の持ち主が何となく分かるという勘のようなモノも持ち合わせていないので、当然のように異性を相手にする人だと思っていたし――が自分に沈まない太陽のようにずっと降ってくるとは思いも寄らなかったものの、奇跡的に降ってきた宝石よりも貴重な祐樹の愛情の確かさを噛みしめて甘い感慨にふけってしまう。
「貴方の場合、法則性が良く分からない焼き餅を妬く方なので……。
 でも、そこも魅力的で惹かれて止まないのですが。
 それはともかく、その野球部員に『甲子園大会が有る。出場するかもしれないので無理だ』と断られましたよ」
 祐樹の出身高校はお母様からも聞いたし卒業アルバムにも書いてあったので当然知っている。
「野球、強かったか?そういうイメージは全く持っていなかったのだが?」
 毎年機械的に眺める「出場校一覧」に祐樹の母校が載っていたことは一度たりともないように記憶している。
 ちなみに、自分の高校は学習に特化した公立校だったので野球部員になればほぼ100%でレギュラーになれるという弱小さだった。
「いえ、地区大会の一回戦を突破しただけで顧問の先生が大喜びするレベルです。だから『ウチの高校と甲子園に何の関係が有る?』とつい突っ込んでしまって、大いに気を悪くさせてしまいました。実際に甲子園に出場歴も皆無な高校でしたので、つい……」
 普段はそうでもないのだが、突っかかってくる相手には辛辣な言葉を返す祐樹の鋭い突っ込みもかつては相手を選ばなかったのだなと、唇に笑みを浮かべてしまう。今では相手が主に森技官に集中しているので。好戦的なのはむしろ先方の方だったし。
「ウチの高校も一回戦敗退の歴史のみを積み重ねているので、同じだな……」
 京都生まれの京都育ちで、今の職場もそうなので地元の京都新聞には地方選の結果も載せてくれるのでその程度のことは知識として持ち合わせている。
 何だか些細なことでも「同じ」ものを持てただけで幸せ色に染まってしまうのが、生涯に亘る恋人と言って貰ったせいだろうか。
「もし、私の高校が――まあ万が一どころの確率ではなく更に低いのだが――あの駅で開催される大会に出場した時には、祐樹と一緒に応援に行きたいな。何だか祐樹が応援してくれれば一回戦くらいは勝てそうな気がする」
 特急に乗っているので他愛のないことを話しているうちに話題の駅からは遠ざかっていく。
「もちろん構いませんよ。私が応援したからと言って勝てるかどうかは別問題ですが」
 野球には全く興味がないが、祐樹と一緒に観戦に行くのは楽しそうだった。それにそれほどの感慨は抱いていないものの一応母校愛も欠片ほどは持ち合わせていたので。
「祐樹が応援してくれたらきっと大丈夫だろう」
 祐樹の力強い生気に満ちたオーラに何回も救われている自分の経験則で力強く断言した。
「そう仰って戴けて嬉しいですが……。ああ、そろそろ着きますね」
 神戸には何回も足を運んでいるだけに見慣れた景色というかビルなどの高層の建物が目に入ってきた。
「もう……か?早いな。時間を主観的なモノで捉えている今の私にとっては、だが」
 時計よりも正確に時間を感知する客観的な視点は必要がないために心の奥底に仕舞いこんでいる。
 祐樹は携帯で何らかの検索をしながら、電車を降りようとしたので慌てて荷物を持って後ろに続いた。
「タピオカ入りココナッツミルクがお口に合えば良いのですが。こちらのようですね」
 この電鉄は起点も終点――だろう、多分――も地下に駅が有るという珍しさだった。地下鉄ではそれが当たり前だが、電鉄会社では珍しいのではないかと思いつつ、祐樹に促されるままに地下から地上へと出た。
 割とごちゃごちゃした――といっても屋台ではなく店舗なのだが「格安チケット」とか「昭和の名曲」専門店などが並んでいる――狭い通路を歩くのも何だか新鮮だったし、その上祐樹と肩を触れ合せても不自然さを感じないのが個人的にはとても気に入ってしまった。
 こういう立地でも有名になるのだから、きっと美味しいに違いない。二人の第二の愛の巣になったホテルなどのように、雰囲気「も」加味された美味しさとは程遠かったので。
「ああ、このスタンドのようですよ」
 不意に祐樹が立ち止まってそう告げてくれなければ、絶対に通り過ぎてしまいそうになるほどの狭いスペースにびっしりと多彩なメニューが貼られていた。
 そして、満足そうな感じの女性連れが大振りの透明なプラステックの容器に入ったドリンクと、その上に刺したストローの大きさに思わず目を見開いてしまった。そして中身にも。










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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年末のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。

諸事情によるブログ休止とお引越しで「ちょっとしたリハビリ」のために書き始めた「震災編」だったのですが、何とか年内に終わらせようという些細な野望がありました。安定の終わらなさで年をまたぐかと内心危惧していたのですが、キリの良い大晦日に「了」を打てそうです。
 



ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
                   こうやま みか拝