「確かに上司ではありますが……。まるで謎々のような感じですね。
 しかし、私は『恋人』として立場の方が特別過ぎて大好きなのですけれども……」
 広い肩を優雅に竦めて愛おしげな視線をふんだんに浴びせかけられて――しかも、前髪を上げて凛々しさとか男前度が確実に上がっている――心が薔薇色に震えている。
「謎々というか……。ピースを埋めるクロスワードゲームに近いだろうな。
 そのうちに祐樹も気付いてくれるだろうから。どの時点で気が付くのか楽しみにしている」
 何事にも敏い祐樹が今の時点で気が付いていないのは、きっとアメリカでの生活をしたかどうかの違いだろう。一生日本から出ない――学会や旅行のような短期の海外旅行は別にして――医師の方が一般的なので生粋の病院育ちの祐樹が気付かないのも納得だったが。
 ベルリンの国際公開手術に無理やり休暇をもぎ取ってまで来てくれたのも心の底から嬉しかったが、その後のスピーチで言った自分の本音――祐樹はそうは受け取っていないだろうが――が着々と実現しつつあるのも更に嬉しい。
「全てが落ち着いた時で構わないので、今度行きつけの百貨店に一緒に行かないか?」
 大阪の中心地に居るとつい忘れがちになってしまうし、その上情報を遮断させようという祐樹の気遣いも充分承知しているので言葉を選んだが、今頃も京都の惨状は継続しているだろう。行きつけの百貨店が開いていないことは容易に想像出来たし急ぐ理由もなかったので。
「貴方の買い物に付き合うこと自体は構わないというか大歓迎なのですが、京都にこだわる理由でも?」
 店を選ぶのも面倒だったので全部が揃うという理由と、採寸も全て済ませてあるので時間も短縮出来る点とか職階に見合った「無難さ」とかで決めた店舗を贔屓にしていることも祐樹は知ってはいるものの、買い物は基本定時で上がれる自分だけでさっさと済ませてしまうことの方が多いのも事実だった。ただ、同じブランドは大阪にも多数の店舗が存在するので今買っても良かったのだが、持ち運びに不便だし宅急便という手段も京都の惨状を考えると危険な気がしたので曖昧に首を横に振った。
「クロスワードのピース集めだ、な」
 この程度の誤魔化しというかサプライズな隠し事は許されるような気がしてはぐらかすように笑った。
「お待たせ致しました。こちらにサインをお願いいたします」
 慇懃な感じで告げられて我に返った。表情を取り繕って、なるべく自然な笑顔、それも「他人用」な感じになるように努力する、成功しているかどうかは分からないが。
 店員さんが百貨店――しかも入るのは初めてなので包装紙も新鮮な感じだ――包装紙に綺麗に包まれた品物を祐樹に手渡そうとしているのを横目で見ながら金額も確かめずに機械的にサインを済ませた。アメリカでは絶対にしないが、祐樹曰く「庶民的」な百貨店であっても信用は大切なハズなので金額を水増しするような阿漕な真似はしないだろう。
「私が持つ……。怪我に障ってはいけないので」
 メガネの売り場から出てエレベーターに向かいながら、祐樹にしか見せない心の底からの笑みと揺るぎない決意を秘めた眼差しで告げた。
「せっかくのプレゼントなのに?それに右手で持っているので大丈夫ですよ」
 笑いの含んだ甘い眼差しの輝きを向けられて心が天に舞い上がるような気分になった。
「右手が塞がっていると『さり気なく』手の甲を触れられないだろう?左手は未だ完治していないのだから、絶対に触れない」
 祐樹がしぶしぶといった感じで品物を手渡してくれて、一瞬だけ指が絡み合った。
「公衆の面前で……というのも何だか奇妙な背徳感が有って悪くないですね」
 耳元で甘く囁かれて、同じことを考えていたせいで鼓動が跳ねた。
 出勤時のラッシュアワーではなかったので、割と空いている電車に二人して座った。この電鉄会社の電車に乗ったのも初めてだったので何もかもが新鮮だったが。
「祐樹、有難う」
 無難な言葉を口にした。
「え?プレゼントを戴いたのは私なのでお礼を申し上げるのはむしろ……」
 怪訝そうな表情を浮かべる恋人に極上の笑みを返した。
「いや、この電車を敢えて選んでくれた件だ……」
 祐樹の右手の甲にさり気なく触れた。神戸の三宮も兵庫県の県庁所在地なだけあって、三つの電車が乗り入れているがこの電車だけが京都と直結はしていない上に、電光掲示板も、ある意味「庶民的」というか最新のモノではなかったので「京都の被害」を伝えてはいない。
 他の二つは多分アナウンスや電光掲示板で「運転見合わせ」とか「乗り入れ不可能な地域」を表示しているだろうから。
「ああ、そちらでしたか……。ある意味戦場のような場所から完全勝利の戦線離脱を果たしたのですから、リフレッシュさせるのも恋人としての役目ですよ。……部下としての気遣いも若干は含まれていますけれど」
 先程の百貨店での発言を若干気にしている感じだったので、触れ合っている手の甲の面積と力をさらに広げて謝罪の代わりにした。
 思い返せば、祐樹との最初の夜を過ごした後のJRの車内では決死の覚悟でしか触れ合えなかった指を今では――人目に触れないようにという配慮はなるべく忘れないようにしているが――当たり前のように出来る幸せを噛みしめた。
「確かに……庶民的というか、市民の足といった感じだな……」
 大阪の梅田駅からしばらくは地下を走っていた時にはそれほど感じなかったが、十分程度が過ぎた頃から乗り合わせて来る人とか街並みの雰囲気が――昨日の「ローマの休日」ごっこで初めて見たような感じというのが正確かも知れない――自分ならマンション近くのコンビニに行くのも気が引けるような恰好で電車に乗っている人の姿が目に付くし、通過する駅の名前が「センタープール」だった。確か舟を使った庶民的な賭け事だったと記憶している。
「普通のデートではあまり使いたくはないのですが、たまにはこういうのも良いでしょう?」
 祐樹の瞳が確かめるような感じの輝きを放って自分だけを見詰めている。
「どんな場所でも……祐樹さえ居てくれればそこが天国なので」
 極上の笑みを浮かべて眼差しを絡め合せた。
「もうすぐ貴方もきっと良くご存知の地名がアナウンスされますよ」
 祐樹の謎々めいた口調に「見て知っているだけではなくて、聞いたことのある固有名詞なのか?」と小声で返した。











どのバナーが効くかも分からないのですが(泣)貼っておきます。気が向いたらポチッとお願いします!!


◇◇◇
一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年末のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。




ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
        こうやま みか拝