朝食を済ませてからホテルを出て阪神百貨店へと向かった。
「もしかして、サングラスか何かで変装でもするのでしょうか?お忍びと言えばサングラスが定番ですよね」
 地下通路も存在するが、このホテルから百貨店を繋いでいる道は――多分市営地下鉄が、東京ほどではないものの多く存在しているのでその深さの関係だと思われるが確証はない――自分はともかく平均よりも背の高い祐樹には頭上が気になってしまうので、道路沿いをゆっくりと歩んだ。
「それは着いてから話すので……」
 サングラスで隠してしまうには勿体なさすぎるし、そもそも目の色素が薄い西洋人に比べると一般的な日本人にもサングラスが必要ないレベルだし、ましてや祐樹の黒い瞳は陽光よりも綺麗で強い輝きを放っている。その優しげな光を直接素肌に当てて欲しいと思うのは恋人としてごく自然なことだろう、多分。
「昔、この百貨店の地下にB級グルメの屋台のスペースがあったのですが、今も有るのでしょうかねぇ。意外にお好きでしょう?イカ焼きとかお好み焼きやたこ焼きなども」
 行ってみたいような気がしたが、ホテルで朝食を食べた直後なだけに、タピオカ入りココナッツミルクの方により一層の吸引力を感じた。
「そんなスペースがあるのか……?流石は『庶民的』と祐樹が評した電鉄会社が経営しているだけのことはあるな……。ああ、阪急と統廃合したので正確には単独の百貨店や電鉄会社ではないが……。
 たこ焼きは今度にしよう。祐樹お勧めのタピオカ入りココナッツミルクが飲めなくなりそうなので」
 祐樹と居るとどんどん嬉しい約束が増えていく。物理的・時間的な制約で実現出来ていないもののあるが、社会人としては仕方のないことだろうし後の楽しみと思えばそれだけで嬉しい。
「メガネの階はっと……。この百貨店に来たのも随分久しぶりなのでかなり雰囲気が異なっていますね。昔はもっと『庶民的』でしたよ、百貨店にしては……」
 入口の案内板を見ながら――他の客が気を悪くしないようにだろう――小さな甘い声で耳打ちされて心と身体が薔薇色に弾む。
「そうなのか?大阪の街自体にあまり馴染がないので全く分からないが……」
 ショッピング自体を楽しめるようになったのは祐樹とこういう関係になってからのことで、それまでは何の思い入れもなく必要な物を購入するだけだった。
「ただ、患者さんから聞いた話なのですが、この百貨店の球団が優勝するのはとても珍しいことなので、優勝セールの時には商売っ気を捨てて採算度外視のセールを行うとか、もっと昔は優勝した翌日に振る舞い酒が配られたとかで、良い意味で顧客や球団を応援している人に還元してくれるそうですよ」
 野球の話――専門が専門なだけに患者さんはそれなりの年齢の方が圧倒的でサッカーよりも圧倒的に多い――で患者さんと盛り上がっている感じを装いながら必要なことはしっかりと聞いて、言うべきことも全部伝える祐樹の話術を今後は見習わなければならないなと思った。
 自分などは必要なこととか専門分野のこととかありきたりな話しか出来ない――ただ、その件でクレームが来たこともなかったので患者さんの信頼には最小限ではあるものの応えているのだろうが――ことも今後の改善点だった。
「視力には問題がないと思うので、伊達メガネを探しているのですが」
 案内板に書かれていたフロアで降りて品揃えも豊富な眼鏡のスペースに入って店員さんに告げた。
「両目とも視力は1.2だったな」
 一応検査しましょうかと控え目に言ってくれた店員さんをさり気なく遮った。
「職場の詳しい検査ではそうでしたね……直近の数値は。目も酷使しているのに、視力が落ちないのは遺伝要素が強いのでしょうかね?」
 所属先が病院だと告げると却ってややこしいことになるのを祐樹の方が弁えているので巧みというかごく自然な感じで視力検査の必要がないことを店員さんに伝わるような意図を込めて話してくれた。
「フレームレスの方が似合いそうだが……。ただ、こちらの細い銀ぶちメガネも捨て難いな……」
 あれこれと物色するのも楽しかった。
「私の、だけなのですか?それにメガネは必要有ります?」
 実は有ったのだが曖昧に笑って誤魔化すことにした。別に言うほどの重要事項とも思えなかったので。
「掛けてみてくれないか?」
 渋るような感じを一瞬は受けたものの、祐樹は広い肩を竦めて試着してくれた。
「良くお似合いですね。お客様の理知的な感じがよりいっそう増してみえます」
 中年の男性の店員さんがセールストークではない感じでしみじみと告げたが、実際自分も思っていたので何だか誇らしい気分になった。
「似合っていますか?」
 眼鏡越しの祐樹の視線を真っ直ぐに受け止めて、思いっきり頷いた。
「しかし、この銀のフレームだと三つ揃いのスーツを着こなさなくては似合わないような気がしますが……。そういうのは『あの』人の方がより似合うかと思いますよ……」
 「あの」人というのは森技官のことだろうが、他人の恋人よりも自分の恋人の方が数億倍ほど関心の度合いが異なるのは当然だろうし、それに森技官には立てないステージに上がる祐樹のために誂えておきたかったので。
「いや、とても似合っている。出来れば持って帰りたいのですが、可能でしょうか?」
 眼科のことは大学で習ったきりだが、近視や乱視といった複雑さのない祐樹の目なので、そんなに調整する必要はないことくらいは分かった。
「可能で御座います。包装は如何いたしましょうか?」
 クレジットカードを取り出したのを見て本気で買うと気付いたのだろう。
「プレゼント用でお願いします」
 祐樹には翡翠のチェーンを贈って貰ったばかりだし、お返しとしては値段が異なり過ぎるが、金額ではなくて愛情の方が問題だろう。
「承りました」
 ライターなどの「祐樹が必要な物」しか贈っていなかっただけに怪訝そうな眼差しを向ける祐樹を頑張って無視して強引に話を店員さんとだけ進めた。
「あのメガネ……、貴方がかけろと仰るなら喜んで掛けますが……実年齢よりも年寄りっぽくなりますね……」
 年寄りというマイナスのイメージを想起させる言葉に祐樹の心情がこもっているような気がしたが、今は気にしないことにする。
「大人の魅力に溢れていて、惚れ直したが」
 店員さんが包装と清算のために席を外したし、他に客もいなかったので正直な感想を述べた。
「そうですか?物が何であれ、貴方からのプレゼントなので……大切にはします……」
 言外に職場では掛けないと言われているようだったが、別にそれは求めていなかったので構わない。
「上司から部下への贈り物だと思っていて欲しい。恋人からではなくて……」
 祐樹の肩が驚いたように跳ねあがった。
 自分などよりよほど気の回る祐樹だが、見当もつかないらしくて笑みを零してしまった。何だか少しだけ成長したようで心も薔薇色の弾みを加速させていたが。











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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年末のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。




ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
                こうやま みか拝