呉先生対真殿教授という、精神科の白熱した――専門用語が多々混じっていたので祐樹は聞いてもほとんど意味が取れなかったが――バトルは呉先生の方が優勢な感じだったのでそちらは任せておくことにして斉藤病院長との会話を続けた。
 スマホはスピーカー機能が付いているので呉先生と真殿教授の声も斉藤病院長のスマホからも聞こえるという状況把握にぴったりだったが。
「黒木准教授からのレポートですか……?」
 医局が――脳外科とは異なって――団結力が高いのは表では黒木准教授が最愛の人の女房役を、そして陰では祐樹が円滑に回るように努力していたので充分自覚していた。祐樹最愛の人の「手技」や「実力主義」や「依怙贔屓ナシの合理性」を慕う医師も多いのも事実だったが。
『急を聞いて駆け付けた准教授に柏木先生が『井藤』についてのレポートをプリントアウトして提出した。そのコピーを私が貰ったというわけだ。私も門外漢なので真殿教授を呼び出してレクチャーを受けたという流れだ』
 ああ、そういうことか……と納得した。
 柏木先生の冷静な判断で長岡先生が病院内のSEに作ってもらったという情報共有サイトからの呉先生作成のレポート部分だけを黒木准教授に渡したのだろう。
 
 だからその段階で斉藤病院長は井藤――その固有名詞を口に出す時は「口に出すのも嫌だ」という感じで、普段の温厚さをかなぐり捨てていたが――の精神疾患を正確に知っていたことになる。ただ、今の祐樹が井藤を世界中に伝わっているありとあらゆる拷問にかけたいと切実に思ってはいたものの、実行するには理性とか常識が邪魔をして到底無理なのと一緒で、最愛の人にも「実際に」凶行に及ぶとは――しかも腱や神経をメスで切ろうとする――異常過ぎる行為が未遂とはいえ、実際に行われたことに病院長室の皆が衝撃を受けたのだろう。しかもスタンガンやクロロホルムまで用意したという点などは、祐樹の想定をはるかに上回っていて、情報は充分過ぎるほど持っていたにも関わらず最愛の人を守りきれなかった魂の痛みを懸命に堪えながら話を続けた。
「納得致しました。井藤と元同級生だったウチの久米先生からの情報とか、研修医にも関わらず毎回手技を見学に来ていた――ああ、その件は『良い人』の森技官からもお疑いならお聞きください。彼も目撃していますから。
 要は『医療界の至宝』の手技を羨んだ挙句の果ての執着というか嫉妬からの犯行かと思われます」
 アイツのもう一つの粘着の良からぬ目的――未遂で良かったが、最愛の人を精神的にここまで傷付けてしまった――は「ひた隠し」にしておいた方が良いだろう。斉藤病院長――まあ、心底「あの」森技官を良い人だと思い込んではいる点が気になるが見てくれの「誠実さ」と猫かぶりが上手いある意味、森技官も役者なのでそこは仕方ないのかもしれない――が「信頼出来る」と判断して集めた人達だけが聴いているとしても、どこから漏れるか分からないし、未だ旧弊さの残る大学病院なので男性同士の「そういう関係」――それがたとえ一方的かつ独善的なモノであっても――は格好のウワサのネタになりかねないし、アイツがどうなろうと祐樹の知ったことではないが、最愛の人にポジティブなウワサ話のネタにはされたくなかった。
『その可能性はレポート――あれは呉先生作成だろう?ここだけの話――にも書いてあったが俄かには信じられなくて、真殿教授を呼んだわけだ。
 しかし、彼が言うにはそういう精神疾患が実際に有るらしいし、香川教授の卓抜した世界レベルの手技を妬む気持ちも分からなくはない。
 しかし、気持ちと実行は全く別の次元のことなので、井藤が仕出かしたことの責任は充分追及する積りだし、田中先生と呉先生がそれぞれの専門分野で『診断書』を書いて貰って……、警察にも被害届を出して欲しい。
 それはともかく、土日は香川教授の看病、そして月曜日には手術の執刀医代理要員――田中先生は執刀医の経験はないのでこちらの方が大変だとは思うが――と田中先生も公『私』共々大変だとは思うが、ここは踏ん張り処なので身体に気を付けて頑張って欲しい。期待しているよ』
 「妬む気持ち」は第一線の心臓外科医なら誰だって多少なりとも抱いているのでそれは分からなくもない。ただ、祐樹のように「いつかは彼を瞠目させるに値する手技を披露しよう」とか「自分には無理だ」と諦めるのが正常な反応だろう。
 「診断書」を意味有り気な響きで発音したのは「大袈裟に書け」ということだろうが、元からその積もりだったので、それは想定内だったし「私」にアクセントを置いたのは斉藤病院長も最愛の人と祐樹の真の関係を知っているからだろう。そういう点も政治家向きの人材だ。まあ、そういう腹の据わった人間しか病院長にはなれないので、戸田教授はトラブルが起こると雲隠れする時点で政治家としても三流以下だろう。
 まあ、今後祐樹の目に触れることはないだろうし、一介の医師としてどこかの僻地で外科医を営む程度は充分出来る。浪費家の奥さんは離婚しそうだが、夫婦仲も家族仲――妹さんは「死亡」したという設定をでっち上げたらしいが、確か慶弔休暇取得の場合、結婚式とかお葬式の時には病院長からポジションに合わせた電報なり本人参列なりがセットになっているのでどう誤魔化す積もりだったのだろう、多分何も考えていなさそうだが。
 執刀医代理についてはさほど心配はしていなかった。斉藤病院長の与り知らぬところで執刀経験を積んでいる上に不幸中の幸いなことに月曜日の手術の難易度は祐樹も経験したことがあるレベルのものだったので。これが最愛の人しか無理なレベルだと心の準備とか事前のイメージトレーニングなどが必要だっただろうが。
「お心遣い有難う御座います。現状報告は以上です。また何か有れば報告致します」
 電話を切った祐樹に呉先生が可憐な野のスミレの笑みを浮かべてコーヒーを――しかも普段は使わない砂糖とミルクまで添えて――出してくれた。
「真殿教授を言い負かしたようですね?」
 呉先生の全体の雰囲気が可憐な中にも華やかさの歓喜に溢れているような感じだったし、祐樹のガラケーも真殿教授がしどろもどろになっている声が微かに聞こえてきていたので。
「程よい勝ちで、サッカーで言うと1対0でゲームオーバーにしました。完全勝利をする自信も有ったのですが、そうなれば、真殿教授が逆恨みを爆発させて薬剤の入手先まで追求しようとするでしょうから。それは流石にマズいので。
 教授の性格は一応分かっていますからほどほどのところで切り上げました。これは同居人の影響ですが」
 呉先生は咲き初めたスミレのような儚げではあるものの少し得意そうな笑みを浮かべている。
 森技官のどこが良いのか祐樹には皆目分からないが「蓼食う虫も~」とか「破れ鍋に綴蓋」ということわざもあるので、それなりに愛を育んでいるようだった。
 呉先生は祐樹がずっと疑問に思っていた大学病院にはないハズの移動式点滴スタンドなどはやはり他から持って来たに違いない、ついでに薬剤も。
 咎める積もりは皆無だが、どこから持って来たのかは気になってしまう。
 どうやらウチの病院からではなく、どこか別の場所から持参したに違いないのは、真殿教授が差し向けると言った医師を頑なに拒んでいたので分かったが。











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                  こうやま みか拝