「いえ、かなり慣れたとはいえ甘いモノはそれほど好きでは有りませんのでお祝いのケーキは聡の誕生日に取っておきます。ロウソクを吹き消すのもお好きでしょう?
 私はこの滑らかな頬が薔薇色に膨らんで紅色の唇が息を大きく出すために独特の、そして無垢で無邪気な様子で花開いているのを拝見するのが大好きなので」
 話ながら頬や唇に祐樹の右の指が頬や唇に優しく触れられて、それだけで薔薇色の多幸感で笑いが唇から弾けるように転げ落ちた。
「そうか……。祐樹がそれで良いのなら中華にしよう。予約は保留にしてあるので、時間指定さえすれば大丈夫だし。
 渋滞に嵌っていなければそろそろ斉藤病院長も病院に到着しているだろう。あの人はよほどのことがない限りは現場に丸投げをする達人でもあるから、PCが壊れてさえいなければそろそろメールを見てくれていてもおかしくないが……」
 斉藤病院長は、病院トップの権力を持ってはいるものの滅多なことでは振り回さないタイプだった。稀には存在するようだが、現場にやって来て構築されたシロモノを思いつきとか自分ならこうする!などと却って現場の人間を混乱に陥れるようなことはしない。
 仮に自分が指揮権を預かっていた時に病院に到着したとしても、概要を聞いて「後は任せますので宜しく」と言って去っていく――采配に不備が有ったら容赦なく指摘はするだろうが――ある意味理想的なリーダーだった。
 ごく自然に手を繋いでPCの前まで移動した。祐樹に隠しておかなければならないメールなど今はなかったので。
「岩手医大からのメールが来ていますよ。野口陸士の件ですかね?私が熟睡している間に送信しました?」
 祐樹が明るい声を出した。焼き餅を妬くとか言ってはいたものの、そんなには気にしていない感じだった。
「ああ、あの陸士は大学病院に対して気後れするタイプだと思ったので、私の名前が役に立つのだったら、それに越したことはないと思って」
 背後に立った祐樹が肩を軽く叩いた。
「貴方は優しい人ですね。ますます惚れ直しましたよ。循環器とか心臓外科医で貴方の名前を知らない人間は居ませんよ。先方は貴方からのメールにさぞかし驚いたことでしょう。驚いたというかパニくったかも知れません。まあ、あの陸士のお母様が受診に赴いたら医師の対応は違ってくると思いますから、それはそれで良いのでは?
 そのメールを先に見たい気もしますが、斉藤病院長の反応の方がやはり気になりますので、まずそちらを」
 受信メール一覧の「未読」フォルダには岩手医大からと斉藤病院長の二通が存在して祐樹も素早く目にしたに違いない。
「パニくる?何故だ?」
 祐樹が呆れたような眼差しで自分の顔を覗き込んだ。ただ唇には楽しそうな笑いを浮かべていたが。
「貴方は国際公開手術の術者に選ばれるほどの日本でも五本の指に入る名医なのですよ。しかも最年少でウチの大学病院――差別的なことはあまり言いたくありませんが――旧国立大学の教授職です。そこいらの私立大学病院とでは格が違い過ぎるのです。
 貴方が元居たアメリカの病院とか交流の有る世界的権威の外科医の世界と、日本の大学病院とでは全く異なります。
 好例が桜木先生でしょうね。あの先生は手技こそ教授を凌駕していますが、ウチでの待遇は一介の医局員です。本人にはその気がないようですけれどもアメリカやヨーロッパに渡れば、ガンの手術の実績からして引く手あまたでしょうね。
 そういうステージというか世界が有ると私に教えて下さったのは他ならぬ貴方ですよ」
 そう言われてみればそんな気もする。日本の大学病院の旧弊さ――と言っても自分の医局はアメリカ式の合理主義が定着したので完全な実力主義だ――は内科の内田教授がリーダー的存在となって改革中ではあったものの医局によっては温度差も当然ながら存在するのも事実だった。
「桜木先生も手技に見合った待遇で迎えてくれるところを探した方が良いのかもしれないな、それこそ世界中の規模で……」
 地震のせいで病院に緊急事態宣言を出した時に「有給休暇を取得する積もりだったが、手術室のことは任せてくれ」と言いに来た時のことを思い出して祐樹に相談してみようかと思った。
「そうですね……。まずは語学の壁がクリア出来る――私は貴方のアドバイスのお蔭様で何とかなりましたが――という前提に立てば彼自身の気持ち次第でしょう。貴方の卓越した手技を見ることが趣味のようですし……。個人的にはあの先生に私も褒められるような存在になりたいですけれども、本人が実力に見合った報酬を得る場所を獲得する方が先生のためにも良いでしょうね。その辺りのことは機会を見つけて聞いておきます。っと、斉藤病院長の高笑いが聞こえて来そうなメールですね」
 この部屋に居る時は仕事を忘れると約束していたハズだったが、二人ともこれと言った趣味もない上にダンフレーズ教授直々の学会招待メールが来たせいでいつの間にか仕事の話に戻ってしまっていた。
「本当だ……。『田中先生にもっと執刀経験を積ませるように。私も協力は惜しまないつもりです。この見事な手技は教授の指導の賜物であると共に彼の天賦の才能が開花した証しです。心臓外科のますますの発展は病院全体の誇りです。この画像ファイルを各大学の心臓外科関係の人脈に流して患者さんの派遣を要請します』か。病院長の『権威を伴った営業トーク』が炸裂する、な」
 祐樹を見上げて笑い声を上げると、祐樹は肩を揺らして大きな笑い声を立てていた。
「『権威の伴った営業トーク』……言い得て妙ですね。製薬会社とか医療関係の機器メーカーの営業担当は下手というか腰の低い営業しかしませんから、ね」
 愛の巣として良く使っていた――ただ、普段はスイートルームではなかったが――ホテルの部屋に笑い声も良く似合うことに初めて気が付いた。喜びを分かち合うというのは暖炉の火のような暖かな気持ちに弾むことも。
 「喜びを分かち合う」というキーワードに、ある人の暖かな面影が脳裏を掠めて、祐樹に告げようと唇を開いた。











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一日一話は(多分)更新出来そうですが、二話は難しそうです。「夏」更新後二時間を目途に更新が無ければ「力尽きたな」と判断下されば嬉しいです。
しかも更新時間がマチマチになるという体たらくでして……。
他の話を楽しみにして下さっている方には誠に申し訳ないのですが、その点ご容赦下さいませ。



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                   こうやま みか拝