「いつまでもこうしていたいのはやまやまなのですが、そろそろ車に戻りませんか?」
花火の残光がすっかり消えた夜の海岸ーーしかも二人きりという絶好のシュチュエーションだったがーー予想以上に最愛の人が喜んでくれたので大まかに決めた時間を大幅に過ぎていたのも事実だった。
「そうだな……。夏にもう一度来よう。その時がとても楽しみだ。ああ、そうだ、忘れ物があった」
花火よりも綺麗に弾んだ声が瀬戸内の穏やかな潮騒と夜の闇に溶けていく。
そんなモノが有ったのかと内心怪訝に思いつつしなやかな動作で立ち上がった最愛の人に倣って砂浜を指を深く絡ませて歩いた。
「ああ、それですか。では私も一緒に掘り出した方が早いですよ、ね」
二人で埋めたラムネの瓶を今度は取り出す作業ーー埋めるよりも時間がかからないのは当たり前だったがーーをしながら、灯台の仄かな灯りに浮かび上がる最愛の人の薄桃色の無垢さに煌めく極上の笑みを見詰めてしまう。そして何の変哲もないガラス瓶ではあったが、砂浜に半ば顔を出しているので危険だろうし、子供が怪我でもしたら困るーー割れてしまえばより一層危険だったーーとの思いからなのだろうなと漠然と思っていると、細くしなやかな指がガラスの瓶に付いた砂を払う仕草が夜の闇に白魚か太刀魚のような仄かな煌めきを放ってとても綺麗だった。そしてその指が空中にかざされて紅色の艶やかさが強調された指が何の変哲もないガラスの瓶を極上の煌めきに変えている。
最愛の人が「神の手」と呼ばれているのは周知の事実だったがーーそして誰にも負けない鮮やかな手技をこなす度ごとに感嘆の眼差しを送ってしまう裕樹だったーーそれとは異なった意味でも見入ってしまう。どんな手のモデルよりも綺麗で繊細な長く細い指が裕樹だけに見せる肌の色に艶めいていたので。
「この瓶を持ち帰っても良いか?初めての花火の記念にしたくて。間違っても中のビー玉を取り出そうとは思わないので」
無垢な感じに弾んだ声が夜の闇をラムネ色に染めたような気がした。
微笑ましさに思わず頬が緩んでしまった。
「では、私も持ち帰って宝物の一つに加えます。今まではバラバラの物だったでしょう?こういう値段の付かない『宝物』は。
尤も私にとっての最高の宝物は道後温泉で貴方が折ってくださった鶴ですが。あれには私を待ち焦がれる貴方の想いがこもっていますので」
灯台の仄かな光にも薔薇色に頬を染めた最愛の人が唇には裕樹が贈ったベビーピンクの薔薇のような笑みを花開かせているのは、きっと砂の城や花火の方が鮮烈な印象を与えたからだろう。どんなに激しい愛の交歓を重ねてもーー肢体は淫らに咲き誇ってくれてはいたがーー「初めて」の花火や砂の城に無邪気に興じる無垢な魂は出会った時よりもより透明度の高いダイアモンドの煌めきを放っているようだった。
「私にとっては裕樹から初めて貰った手書きの携帯番号のメモだな」
この上もなく弾んだ声で小さく告げられて赤面してしまった。あの頃ーー今は単なる八つ当たりにも似た嫉妬心だと明瞭に分かっていたがーーの裕樹の態度はお世辞にも大人の対応ではなかったし、携帯の番号を聞かれてたまたま有った付箋紙、しかも製薬会社の営業マンが病院に大量にくれるシロモノだった。
「あれには気持ちがこもっていません、が」
むしろ、上司に理不尽な要求をされて怒りに似た感情のまま書き殴った記憶がある。
「しかし、私にとっては『初めて』裕樹から貰った掛け替えのないモノなので」
そんなに大切にして貰えると分かっていたら、もっとマシな紙と丁寧な筆跡で書けば良かったと思いつつ海岸から車へと戻った。
「空腹ではありませんか?何なら淡路島で買ったパンを……」
車のキーをオフにしつつ、駐車場にポツンと置かれた自動販売機を目に留めた。
「裕樹は?私は特に空いていないので。きっと裕樹が色々な『初めて』をくれたので胸がいっぱいなのだろう。ああ、ただ喉は少し乾いたな。海岸を走ったせいかもしれないが」
裕樹の視線がどこを向いているのか分かったらしく薄い紅色に弾んだ声が助手席の方へと歩み寄っている最愛の人に頷いて自販機の方へと歩みを早めた。
「次は宝塚のサービスエリアなのだろう?セミの幼虫は容易く捕まりそうだが、カブト虫やクワガタはどうすれば100%ーー裕樹が言うことなので全く疑ってはいないが」
海岸沿いの道路では夜の海岸に視線を寄せがちだったが高速道路に入った瞬間に裕樹の方へと無邪気な視線を向けて、前の車のテールランプよりも綺麗だったが運転中に横を向けないのが残念だった。
「貴方はどんな予測を立てていらっしゃるのですか?」
他愛のない会話すら二人きりのエンジンの音が静かに響く密閉された空間で交わすのは楽しかった。
「夜行性だということと、夜の山に樹液を求めて集まって来ることしか知らないので……。ただその方法だとセミの幼虫よりも見付ける難易度は高そうだし違うのだろう?」
助手席からーー運転の邪魔にはならない程度にーーシートベルトを装着したままわずかに裕樹の方へと身動ぐしなやかな肢体はテールランプに照らされてとても綺麗だった。
「コーヒーを飲ませてくだされば、ヒントくらいは出しますよ?」
特にコーヒーが飲みたいわけでもなかったが、ラムネの瓶を宝石のように際立たせていた指が裕樹の唇に近づくのかと思うとそれだけで期待で胸が高鳴った。
最愛の人がどんな図鑑を見たのか具体的には知らないが、多分小さく書いてあっただろうし、普通の記憶力の持ち主なら忘れているだろうが、最愛の人の卓抜した記憶力なら覚えていても全く不思議はなかった。
正解を紡いだとしても、教える積もりはーー最愛の人の「初めて」を奪うのは夏のドライブデートの時の楽しみだったのでーー実はなかったのだが。
コーヒーのプルトップを開ける微かな音が車内に奏でられた。その次の瞬間ブラックコーヒーの缶が細心の注意を払った感じで裕樹の方へと薄紅色の細く長い指がしなやかに動くのを横目で捉えてこの上もない充足感を抱いた。











どのバナーが効くかも分からないのですが(泣)貼っておきます。気が向いたらポチッとお願いします!!


◇◇◇
都合により、一日二話しか更新出来ないーーもしくは全く更新出来ないかもーーことをお詫びすると共に、ご理解とご寛恕をお願いいたします。
やっとリアバタがー段落ついたので、次回更新分からは毎日更新を目指します!(目指すだけかも……(泣)

諸般の事情で、クライマックス近くにも関わらず中断してしまっていた「気分は、下剋上」夏 ですが(プロットは流石に覚えていましたが、ちょっとした登場人物の名前などその場で思いついた名前とかは忘れてしまっていたため、復習に時間がかかりましたが、「ドライブ~」か「震災編」が終了次第再開する予定ですのでもう暫くお待ちくだされば嬉しいです。
あと、熱烈リクエストがあった「蛍の光の下のデート」も超短編で書こうかと目論んでいます!ただ、ストーリー性が強いのは「夏」なので、そちらを優先したいのですが、予定は未定(泣)