「今度こちらの海岸に来る時は、花火を単体で売っている店を見つけるか最高に気に入って下さったヘビ花火がたくさん入っているかどうかを確かめてから購入しますね」
セミの羽化とかカブト虫やクワガタの話ですっかり夏のドライブデートーー最愛の人の好みでは多分ないだろうホテルが山から最も近いのが残念だったがーーに思いを巡らしていると思しき無垢な笑みを花よりも綺麗に綻ばせている最愛の人より楽しんで貰おうと花火の話に戻した。
「花火は詰め合わせではなくてバラ売りでも買えるのか?
ただ。セミの幼虫の活動時間と花火の時間がかち合うような気もするが」
裕樹の幼い頃に夏限定で花火を各種お任せで購入出来た文房具屋がーー当たり前だが実家にいた頃の話だし、今その店が営業を続けているかどうかすら知らないーー有ったのは事実だが京都の街中にそういうお店があるかどうかなど興味の範囲外だったので当然知らない。最愛の人がこんなに喜んでくれたので、次も花火付きのデートプランを練っただけで花火そのものにはさしたる吸引力は感じないのも事実だった。
「布引ハーブ園に行った時のことも当然覚えていらっしゃるでしょうが、神戸の中心地側ーーというには少し離れていますが、ただ新幹線の駅と直結している便利さはありますーーループウエーの乗降口に行くために通り過ぎたホテルを次の宿泊先にしようと考えているのですが、貴方にはあまり相応しくないホテルかも知れません」
基本的に裕樹のすることには何でも喜んでくれる人ではあるものの、一応の予防線というか最愛の人の反応を確かめたい。
草むらに座り込んで線香花火を息を殺して見詰めている最愛の人の無垢な表情が線香花火の煌めきよりも綺麗だった。
「もちろん覚えている……あのハーブ園では裕樹に死ぬほど嬉しいことを言われたし」
花火の赤さよりも薔薇色に染まった最愛の人の懐かしそうで幸せ色の笑みの方が比べようもないほど綺麗なのは言うまでもなかったが。
「ああ、あの時の言葉ですか。その想いは降り積む雪のように深くなることこそありますが、その逆は金輪際ありませんので安心してくださいね」
花火の煌めきを加えた最高の笑みを幾分薄い唇が極上の花を咲かせたように鮮やかに花開いた。
「ああ、それはもう疑ってはいないので……。で、あのホテルにするのか?私は裕樹さえ側に居てくれるならどんな場所でも天国なので……特に異存はない」
花火や海岸を走り回るというーーもしかしたら前日のドライブから始まっていたのかも知れなかったがーー心の弾みを率直に紡いだだけの言葉だろうが、裕樹にとっては宝石よりも貴重な愛の言葉だった。
「セミの幼虫は個体によっては夕方頃に土の中から出て来るのも居ますので、先に幼虫を捕まえてから、花火ーーああ単体で買える店が有るかどうかはこれから調べますがーーを楽しんだ後にカブト虫やクワガタを探しに行けば時間的にもぴったりだと思います。
セミの羽化が始まってしまうかも知れませんので、虫カゴのようなモノは必要でしょうが」
今にもポトリと落ちそうな赤くて小さな火を花火を息を殺して凝視している眼差しの無邪気な光を湛えた切れ長の目の綺麗な光に見入ってしまうが、職業柄とか生来の器用さのせいで二つ以上のことを同じ集中力を保ちつつ出来るーーもちろん裕樹も彼ほどではないにしろ可能な技ではあっったがーーので、裕樹の話に微笑みの濃さを増していてピンクの大輪の薔薇のような風情だった。
「では虫カゴのようなものは私が用意する。セミ用のと、カブト虫などは分けた方が良いのだろう?」
裕樹の目を見る最愛の人の眼差しには夏の計画の期待からか無邪気な煌めきが先ほどよりも増していてダイアモンドの無垢さを彷彿とさせてくれたが。
「セミの羽化の時に限って言えば妖精の羽根のように繊細なので、余計な力が加わってしまった場合は羽化が失敗に終わって飛べないセミになってしまいます。病院内でご覧になったことは有るとは思いますが成虫になってしまえば羽も割と丈夫なので平気なのですけれども。カブト虫やクワガタは既に成虫なのでカゴは一個だけでもある程度の大きさが有れば大丈夫です、よ。多分百貨店かスーパーでお買いになるのだと思いますが、カブト虫用のセットも同じコーナーに売っているはずなのでそれも忘れずに買って頂ければと」
今回は赤い小さな火玉がポトリと落ちてしまって落胆のようなため息を零した最愛の人だったが、それでも唇にはーー今は車に中に置いて有るーーピンクの薔薇よりも綺麗な笑みを浮かべているのは新しい楽しみを裕樹が提示したからだろう。
「カブト虫用のセットが有るということはクワガタ用も?」
次の花火に火を点けて小さな儚い風情の煌めきを放っている線香花火をダイアモンドよりも無垢な光を宿したまま見詰めていたものの、唇の薄紅色が清純な色香を放って甘く匂い立つようだった。
「多分売ってはいると思いますが、どうせ中身は同じ成分なので、一つで良いですよ。
虫カゴというかケースと言うか、まあご覧になったら分かるかと思いますが要するにプラスチック製のモノでーーああ、すみませんが花火を持って頂けますか」
夜目にも薄紅色の煌めきを放つ細く長い指が、秀逸過ぎる手技の時のように慎重かつ繊細に動いたのは線香花火の火玉がセミよりも儚く生を終えることに気付いたせいだろう。
一瞬だけ触れ合った指先の快いーーそしれ走った後なのでひんやりとしている普段の指とは異なって温かみを帯びているー感触を楽しみながら花火を手渡した。
薄紅色に煌めく指に花火の弾けるような赤や黄色の火花が映えてとても綺麗で花火よりも指を見詰めてしまいながら、ケースの大きさを両手で表現する。
「だいたいこの程度の大きさ以上であれば問題はないかと思います」
息を殺して花火に見入っていた最愛の人だったが視線は裕樹へと流してくれたので、薄紅色の細く長い指が花火で飾られているという裕樹にしか見せない指の色と無垢な煌めきを放つ瞳が儚い花火の光でよく見えたのは僥倖以外の何物でもなかったが。
「ケースの件は了解した。セミの幼虫用には何が必要なのか教えてくれれば有難い。私にとっては初めてのことなので、裕樹だけが頼りだし」
一般常識にもやや欠ける点はあるものの、卓越した彼の世界レベルの手技と同様の頭脳の持ち主なので、言葉にはしないもののインターネットで検索するというそこいらに居る人間でも容易に考えつく手段は当然思い至っているだろうが、そういう言葉を言わない点も最愛の人の美点の一つだと心の底から思ってしまう。
裕樹自身も自覚しているが、負けず嫌いな性格なのを最愛の人も当然知っているからこその言葉だろうから。
過去の今思えばチャチな恋愛ごっこの最中でも、相手が浅薄な知識をひけらかすーーちなみに研修医時代は実際の職業とか職場を明かさないまま恋人もどきも居たので、裕樹を普通の会社員だと自己申告したのをそのまま信じた人も割と多かった。それに勤務先イコール出身大学が分かるような職場だったのでごくごく普通の会社員を装うために学歴すら言っていなかったから仕方のないことかもしれないがーー自分の方が賢いと思い込んでいた人も居たのも事実で、そういう人は裕樹の好みからは大きく外れてしまう。
ただ、最愛の人は医局内などで他人の目が有る場合は教授と一介の医局員としての言動をするのが病院内、いや社会のルールなので逸脱はしないものの、二人きりの時には何事も立ててくれる奥ゆかしい性格も最高に惹かれてしまっていたのも厳然たる事実だった。











どのバナーが効くかも分からないのですが(泣)貼っておきます。気が向いたらポチッとお願いします!!


◇◇◇
都合により、一日二話しか更新出来ないーーもしくは全く更新出来ないかもーーことをお詫びすると共に、ご理解とご寛恕をお願いいたします。
やっとリアバタがー段落ついたので、次回更新分からは毎日更新を目指します!(目指すだけかも……(泣)

諸般の事情で、クライマックス近くにも関わらず中断してしまっていた「気分は、下剋上」夏 ですが(プロットは流石に覚えていましたが、ちょっとした登場人物の名前などその場で思いついた名前とかは忘れてしまっていたため、復習に時間がかかりましたが、「ドライブ~」か「震災編」が終了次第再開する予定ですのでもう暫くお待ちくだされば嬉しいです。
あと、熱烈リクエストがあった「蛍の光の下のデート」も超短編で書こうかと目論んでいます!ただ、ストーリー性が強いのは「夏」なので、そちらを優先したいのですが、予定は未定(泣)