「香川教授のプライベートな話しは医局でもほとんど噂にはなりません。尊敬とか敬愛の対象なので噂にするのも何となく憚られるというか……」
 祐樹の「彼女」のウワサは率先して流してきた。その方が最愛の彼との本当の関係を隠すための煙幕になりそうだったから。ただ、ナースの情報網を甘く見ると大変なことになるので予防線を張り巡らせておいた方が絶対に良い。
 それに彼の場合、病院の稼ぎ頭とか厚労省も認めた心臓バイパス術の世界的権威ということも相俟って私生活を詮索するようなモノ好きはいない――と、信じたい。
「そうですね。私達ナースにとっては雲の上の人……ですから。その点田中先生は『研修医時代から気さくで話しやすい。あんなに出世しているのにナースなどにも分け隔てなく相談に乗って下さる』と評判です。お忙しいのでそんな機会は滅多にないようですが。今日、こうしてお誘い下さって二人きりでお茶したと同僚に喋ったら随分と羨ましがられると思います。
 それに久米先生の件は口約束……なのでしょうか」
 少しでも多くの情報を彼女から聞き出したくて、先を急ぐことにした。メロンが一体どうしたというのだろう。祐樹が手渡したハンカチを何だかお守りのように握りしめている。
 小動物に対して酷いコトをした井藤を脳裏から消し去るためのおまじないかもしれない。
「はい。久米先生の件は私がお約束します。まぁ、お相手のあることなので……。二回目以降は――もちろん相談には乗りますが――お互い好きになさって下さい」
 久米先生はあんなに出会いを求めていた上に、祐樹の言うことには唯々諾々と従うのは慰安旅行の「夜」の幹事役で証明済みだ。
 それに目の前の岡山さんだか岡田さんだかはすっかりその気のようだったので祐樹としては心が楽だった。
「ああ、香川教授の件でしたね。黒木准教授から漏れ聞いて医局限定で広まったウワサによると活け伊勢えびだろうが物凄く大きな鯛だろうがご自分で料理なさるそうですよ。
 私には絶対無理な話でとても感心した覚えが有ります。私は仕事以外で手を動かすのは苦手ですし、殆どの医局員もそうです。そして黒木准教授の奥様も嫌な顔をなさるので、そういう差し入れが有った時は教授自らが持ち帰って料理なさるとか」
 驚きに目を見開いた彼女はアクアマリン――祐樹が最愛の彼に贈ったルビーの指輪を買いに行った時にたまたま見た――の碧い色を彷彿させる清純な色を浮かべている。清楚な若さが匂い立つ風情がとても綺麗だった。
 異性には興味が全く持てない祐樹が見てもそう思うのだから久米先生が気に入ってくれればいいな……と思う。彼女には助力を、久米先生にはアドバイスという名の圧力を惜しむ積りは毛頭ない。
「そうなのですか。教授が料理をなさる姿は想像出来ません。遠目で拝見した限りでは私達と違った浮世離れした感じの雰囲気を漂わせていらっしゃいますから」
 「彼の料理は物凄く美味しいですよ」という言葉を口にしたいが、突っ込まれるのは分かりきっているので黙って微笑むしか出来ない。
「そうですね。教授はプライベートな時間に何をなさっているかは医局の中でも謎に包まれています。チラリと黒木准教授に漏らす程度ではないでしょうか。
 で、メロンがどうかしましたか」
 教授職ともなると――医局で嫌われている場合は別だが――本人が私生活のことを話さない限りミステリアスな感じだ。格別フレンドリーな性格の教授ならともかく。ただ、そういう教授は病院内には数少ないが。
「お忙しい田中先生と話し込んでしまって本当に申し訳なく思います。それにそのお菓子の包み紙は甘いモノがお嫌いな田中先生がご自分で召し上がるわけではないでしょう。
 これからデートだったら私に割いて頂く時間はもう充分です」
 女性は目敏いなと思ってしまう。呉先生から貰ったマカロンの箱――中身までは彼女も流石に分からないだろうが、甘いモノしか売っていないメーカーだけに即座に察知したに違いない――
「ええ、実は最愛の『彼女』を喜ばせようと思いまして。ああ、時間はまだ大丈夫です」
 滅多にない定時上がりの日なので出来れば最愛の彼と寛いだ時間を過ごしたい気持ちはやまやまなのだが、井藤という研修医は祐樹の勘では最高値レベルのリスクを告げているので情報収集は怠ってはならない。 
「患者様から某先生に差し入れメロンの大きな箱を持って医局に行った時に、ついうっかりと転びそうになりまして……」
 恥じらいにうっすらと頬を赤らめた彼女も清純な美しさに満ちている。こういう女性は異性に好かれやすいと何かで読んだことがあるので、久米先生も気に入るような気がした。
 目の前の美人さんが久米先生を好きになってくれればいいのだが。
「それは良く分かります。ウチの医局でもそうですが、製薬会社とかからの試薬だとかパンフレットやその他事務用品の差し入れとかで、忙しい時には床に置いたままになりますから。つまずいてしまうのも無理はないです。それにメロンの箱もかさばりますからね。
 このお菓子の箱など可愛いものです」
 「転びそう」ということは実際には未然に防げたハズで、その時彼女は何を見たのだろう。
 彼が大好きな菓子メーカーのマカロンの箱に視線を走らせながら続きを促した。きっと彼は極上の笑みを浮かべていそいそとコーヒーを淹れながら祐樹にも幸せ色を分けてくれるだろう。甘いモノを食べている時の彼の顔は目の前の彼女よりももっと無垢なダイアモンドのような眼差しの光りがとても愛おしい。
「そう仰言って頂くととても嬉しいです。
 転倒だけは避けようとメロンの箱を手近な机に置こうとしました。それが例のせんせーのデスクだったのは偶然なのですが」
 医局に居場所がないらしい井藤とやらがそのデスクに居なかったのは幸いだったと思う。もしデスクに座っていたら烈火のごとく怒ったハズなので。井藤とやらは看護師ごときと公言して憚らない幼すぎるメンタリティの持ち主――専門家の呉先生は精神性ではなく病気を疑っていたが――だ
「怪我はありませんでしたか……。
 そして何をご覧になったのですか」
 目の前の彼女は心を落ち着けるように飲み物を一口飲んだ後に唇を開いた。
 アクアマリンの眼差しに不可解そうな光が加わっている。ただ、先程のような肩の震えはないので、そう残酷なコトではないのだろう。
「御心配有り難うございます。転倒は免れましたし大丈夫でした。
 メロンの箱を置いたらマウスが動いてしまって……そしてどんな設定にしていたのか、PCの画面が見えてしまいました」
 マウスを動かしただけで画面が表示されるとは随分と安直な設定にしているに違いない。ただ、医局の鼻つまみ者になっている井藤とやらは院内LANは他のPCでしか閲覧出来ないのかも知れない。祐樹もインターネットに接続可能なPCも使っているが、院内LANは情報漏えいが怖いので別のPCから見ている。それと同じことだろうか。
「その画面が問題なのですね……。一体どんな画面でしたか。
 御怪我がなくて何よりでしたが」


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諸般の事情で途中で切れてしまっていた『気分は、下剋上』《夏》ですが、旧ブログに跳んで読んでください!と申し上げるにはあまりにも長いのでこちらに引っ越しします。
『前のブログで読んだよ(怒)』な方、誠に申し訳ありませんが何卒ご理解とご寛恕くださいませ。










何だか長くお休みを頂いている間にYahoo!さんにも日本ぶろぐ村にも仕様変更が有ったらしく、メカ音痴な私はサッパリ分かりません(泣)


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