「さあ、どうでしょう?来ているかも知れませんし、確かイタリアでしたか、その商談が長引くと――何しろイタリア人というのは時間にルーズな人が多いらしくって、ほらフェラーリだって、あんな天文学的な値段で売っているのに、走行中にエンジンから火が出るような車を作る国民性ですから。「出来るだけ間に合うようにするけれど、出席出来なかったら御免なさい」との連絡を寄越したきりで、それ以上のことは私にも分かりません。

 まあ、期待薄なのではないでしょうかね、あの感じだと。

 イタリアの次にフランスに回るとも言っていたので、時間は推しまくっていると思われますから」

 祐樹が口から出任せのウソをついているのは明白だが――恋人が居ないと病院内で広言してしまうと大変な事態になってしまう――柏木先生は信じている感じで「先生も大変だな。そういう素晴らしい経歴の彼女を持つと」と同情気味に言葉を返している。

 今日集まって、しかも全員の視線が柏木先生を見事にスルーして祐樹と自分に集まっている。

 祐樹が病院内でバレンタインチョコ獲得数一位の座をすっとキープしている時には「祐樹は物凄くモテるんだな……と微笑ましくも誇らしく見守っていた。

 自分もそうだが、祐樹も同性にしか「そういう欲情」をしないタイプなので、いくら女性陣が寄ってきても何とも思わなかった。男性かつ祐樹の好みそうなタイプが目の前に現れた時は真剣に「事故に見せかけた自殺」を考えるほど思い詰めてしまっていたが。

 ただ、祐樹だけがモテるわけではなくて、自分もそうだと気が付くようになったのは最近だ。

 祐樹は准教授待遇Aiセンター長も兼任しているが、MRIやCTの画像診断、しかも死亡した人間の死因を特定するといったセンターなので読影の出来る人間しか所属していない。だから女性には「都合よく」スルーされていて、心臓外科の一介の医局員のみがクローズアップされている。

 それに対して自分は教授という年齢不相応なポジションに就いていて祐樹曰く「女性が気軽に声を掛けられないですよ。ほら、『内々の相談がある』とか言って近付いて来た産婦人科の准教授のポジションがギリギリ貴方に言い寄れるポジションなのです」とのことだった。

 そういえば、自分が一人で夕食の献立を考えているとか、そういう家事的なことを考えながら地下鉄に乗ることもある。百貨店に買い物に行く時とか、祐樹とのデートの約束をしている時だが。

 そういう時にホームで立っていると、チラチラと女性の視線を感じることが有った。何か顔に付いているのか?とか祐樹のことを思って仄かに唇に笑みを浮かべているのを「変質者」と間違えられたのではないか?と思っていたが、祐樹は大笑いしながら「貴方の隙を突いて話しかけるに決まっているじゃないですか?逆ナンって聞きませんか」と目に涙をためながら笑い転げていた。

「ギャク・ナン……それは、インドかネパール料理の名前か何かか?」

 ごくごく真面目に聞き返したら、よりいっそうの笑いの声が部屋の中に弾んで転がるような感じだった。祐樹の大笑いの声は太陽のような輝きに満ちていて、自分をこの上もなく幸せにしてくれる。

 そして、以前はプライベートの行動が常人では思いもよらないことを仕出かして自分にヘルプミーの電話を掛けてくる長岡先生のネタでしか祐樹を笑わすことが出来なかったのに、自分の言葉で――と言ってもどこが可笑しいのか全く分からなかったが――笑わせることが出来たのを心が太陽色に弾むような気になったことも鮮明に覚えている。

「逆ナンというのは、女性から男性にナンパを仕掛けることです。ナンパ……は分かりますよね?」

 流石にその単語はドラマで知っていた。そして「そういう対象」として見られていることにも内心で目を瞠ってしまったが。

 そして、今日は祐樹相手ではないものの、赤の他人を笑わすことが出来たのも進歩だろう。

 職務中は別にして自分の世界は祐樹を中心に回っている。

 そして祐樹が人を笑わして患者さんの心にするりと入っていくのを見ていて自分もそうなりたいと思っていたので、「他人を笑わせた」というのは一歩前進だ。

 病院長が呼んでいるということは、華麗なる人脈の一部を紹介してくれるのだろう。

 以前なら有難迷惑以外の何物でもなかったが、未来の病院長選挙に出馬しようという「野心」を抱いている今となってはとても有り難い。

 病院長になれば、当然教授職から退くことになるが、その後任に祐樹を据える積もりだった。

 自分は年齢的に医学部教授というポジションは若すぎるのは分かっていた。しかし、停年までこのポジションに留まると三歳下の祐樹に教授職は無理だ。

 だったら病院長兼学部長選挙に出て、跡を譲ると祐樹も教授の平均年齢になっている上に執刀医としても着実なキャリアを積んでくれているハズだから丁度良かった。

 病院長選挙の野望は打ち明けたが、その理由はまだ行っていない。この「披露宴」までが忙し過ぎて纏まった二人だけの時間が取れてなかったので。

「病院長が早く両先生をお呼びするようにと、ウチの医局員には矢の催促だぞ?早く行った方が良い。なにしろ生粋の外科医の中でも短気で怖がられた人間だから、な」

 それは知らなかったが、祐樹も含めて外科医は短気な人間が多いのも事実で、外科ではそういう先生の対処法は充分心得ているハズなのに「怖がられる」というのはつまり一回爆発したら手も付けられなかったのかも知れない。

「了解です。直ぐ行きます。で、どこに伺えば?」

 柏木先生は製薬会社のロゴが入っているメモ容姿を祐樹に手渡していた。

「この部屋番号だ。なるべく急げよ。どうじゃないとパーティが始まってしまってしまうからな」

 柏木先生が言うべきことは行って早足で立ち去った。

「では、お暇します。本日は本当に有難うございました」

 祐樹が一礼したので自分も慌ててそれに倣った。

「流石は病院長、良いお部屋を取っていますね。どんなViPが待っているのか楽しみです」

 自分にも見えたメモの番号は、森技官が取ってくれているハズの最上級スイートではなかったものの、それに近いグレードだったのは確かだ。

「部屋が隣でなくて良かったですね。記念すべき『初夜』の隣の部屋に病院長が居るなんて悲惨すぎますから。ま、部屋を取っただけで泊まらない可能性もありますが」

 「初夜」と聞いて頬が紅くなってしまったのを自覚しつつ、なるべく平常心を保ちながらメモに書かれた部屋のチャイムを鳴らした。


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最後まで読んで下さって有り難うございます。明日は病院の検査に行かなければなりません。病院って入院したらホテル並みのお金が必要なのに全然楽しくないのが……泣

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