冗談を言った覚えはないものの、祐樹の患者さんとかへの雑談めいた話を真似しようと思っていた成果が出たのかも知れない。

「どちらもお勧めですので、今夜は私やゆ……田中先生と一緒に食べている気分で『焼きティラミス』をご賞味下さって、もしその味というかテイストがお気に召しましたら是非田中先生のように検索エンジンからポチっとお買い物をなさっては如何でしょう?アマゾンとかのようにワンクリックで買えますので。

 ちなみに、この会社のケーキの味は、この中にはヨーロッパに行かれてパリやウイーンで『本格的な』ケーキを召し上がった方も多いと思いますが、その味の方がお好きな方にはあまりお勧め出来ません。

 あくまでも日本人の舌に合うように作られていると個人的には思います」

 何だかおずおずした感じで手が挙がった。

 ヨーロッパに行っている女性がどれだけこの中に居るかは全く分からないものの、とある小説に――祐樹が「凪の時間」に暇つぶしに読んで面白かったと勧めてくれた本だった。自分は自宅に居る時に専門書以外の書物はあまり読まない。家事をしながらテレビを付けていることは多いが――「東京タワーには昇ったことが一度もないが、エッフェル塔には三回も行くのが日本のOLの生態だ」みたいなことが書いてあったので、一般的なOLよりもお給料が良いナースや、良家の子女が多い医療事務の女性ならヨーロッパにお買い物がてら行っている確率は高いような気がする。先入観による思い込みでなければ。

「教授はパリやウイーンのケーキとこのメーカーのケーキはどちらがお好きなんですか?」

 あいにくパリにもウィーンにも行ったことがないが、第二の愛の巣とも言うべき大阪のホテルのケーキは本場の味を再現していると聞いた覚えがある。

 そして、一度は食べてみたことはあるものの自分の口には合わないと判断した。

 その類推の話で良いだろう。彼女達の「思い込み」というか「麗しい想像」の、ヨーロッパにも何度も行っているという幻想を壊すのも何だか悪いような気がしたし。

 ドイツのベルリンには国際公開手術で行ったことはあるものの、ケーキを食べる心のゆとりもなければ、手技成功後のパーティでも主賓として――しかも見事に成功させた功労者として――話しかけられてばかりで食べ物を楽しむ時間などなかった。

 ワインは呑んだし、カナッペなどは口にした覚えはあるが。

 そして祐樹を「近いうちに術者になります」と紹介したことが一番の思い出で、その「近いうち」が自分の想定よりも早まりそうなことが何よりも嬉しいのが今の自分の偽らざる気持ちだった。

「つまり物凄く甘かったり、バターでギトギトではないということですか?」

 やはり、本場で食べた女性が多そうで、その発言に頷いている人も多かった。

「そうですね。生クリームもサラッとしていますし、バターよりも牛乳の自然な甘さを再現しているように思います。ちなみに、芦屋の本店とかの店舗でしか提供されていないクレープシュゼットもお勧めです。クレープが、パエリアのように小さなフライパンで出て来て、洋酒で焼いてくれます。その後オレンジの皮を擦って掛けてくれるのですが、とても美味しいですよ」

 ケーキにまつわる話だったら祐樹よりも雄弁に話せる。祐樹は最近、ケーキを口にするようになったが、それまでは全く興味を示していなかったので。

 隣に立っていた祐樹が意味有り気に肘で合図を送って来た。

 ついついケーキの話しに夢中になって祐樹の方を見ていなかったので、慌てて祐樹の横顔を見ると、笑みを含んだ柔らかい眼差しで、入口の方を見るようにと促された。

 すると、柏木先生が立っていて、腕時計見るようにというジェスチャーをしている。

 ケーキ談義のせいで――しかも祐樹の話術を密かに真似して笑いを取ることにも成功したという、自分にとっては会心の出来映えの会話術だ――体内の時計に注意が行っていなかった。

 そう言えば、もう受付が始まっている時間のハズだ。きっと柏木先生はそのことを伝えに下りて来たのだろう。

「お忙しい中集まって頂いて有難うございます。

 では、『焼きティラミス』が届くまで充分に御歓談下さい。

 私達はそろそろお暇しなければならない時間のようです。もう少しお話ししたかったので、大変残念ですが……」

 「大変残念」という響きが祐樹の口から真実味を伴って紡がれていたが、実際のところ全然残念に思っていないことは何となく分かる。

「大切なパーティの前にお時間を頂きまして本当に有難うございました。藤宮さん……じゃなかった、柏木さんの反対を押し切ってまで来てしまってすみませんでした。

 ただ、やっぱり来て良かったです」

 祐樹が気にしていた柏木看護師は「公の場所」という認識は一応有って、反対はしたらしい。

 自分は咎める積もりは無かったが、祐樹は柏木看護師の関与が明らかになれば、夫の柏木先生にでも何らかの注意は与える「由々しき問題」と思っていたらしいので、その意味でも安心してしまう。

 ちなみに藤宮というのは柏木看護師の旧姓で、その頃からの友達なのだろう。

「いやぁ、ビビった。あんな追っかけまで来るとは、な。

 病院長が二人を探していて、控室にも居ない上に電話を鳴らしても出ないのでどうしようかと思っていたら、清水先生が居場所を教えてくれて本当に助かった。

 ウチの医局の研修医も外科医としては有能だが、色々なことに注意を払ったり大局に立って物事を見たりということはまだまだ未熟だからな……。

 ああ、受付でひな人形――アクアマリン姫は『お雛様』みたいだったが、もう一人はキューピー人形だ――のように並んで受付業務に精を出していた。

 もちろん、田中先生の彼女探しをしながら。

 で、今日は『ウワサ』の彼女は来るのか?」













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昨日は更新出来ず済みませんでした。途中まで書いてはいたのですが「これ以上起きていたら、入院ラインに達するかも!?」と泣く泣くPCの電源を落としました。

入院も通院も想定以上にお金が掛かる上に入院は大嫌いなので。

こんな小説を書いていますが、実は大学病院には足を踏み入れたことすらないという……。

体調を第一にブログ更新はなるべく頑張ります。