「ということはユリには親しいスタッフとか、面倒を良く見ている後輩のとかは居ない感じなのか?」

 ユキは紅色に染まった華奢な首を優雅に傾げている。

 実家の広大な屋敷の奥で、しかも「お嬢様育ち」の母親と育ったので、こういうおっとりとした、そして無垢な雰囲気を保ち続けていられたのだろうと思った。

 オレが知っている「そっちの業界」の下っ端はいかにも粗野で頭が悪そうな感じとか刺々しい雰囲気を漂わせていたので、何だか別世界の人のようだ。

 ただ、ユキの父親が跡目候補にしていたのは、ユキの見てくれではなくて頭の良さとか度胸が据わっている点だろうな、とも思う。

 そうでなければ重要な資金源のあの店に連れて行ったりはしないだろう。億単位のお金がイベントで集まるなんて、オレの店でもそうそうない。そして何より誰でも知っている大きな銀行の小切手を出せるということは――いかに弱みを握っているとはいえ――マネーロンダリング対策もバッチリのハズだ。

 つまり、「本業」――最近はオレオレ詐欺とかにも力を入れているらしいが、銀行口座を使った場合、被害者が警察に届ければ即座に口座が凍結される。

 しかし、あの店の口座は生きているので、そういう犯罪とかもちろん法律で禁止されている薬物の売買で得た金もあの店の口座を使うというわけだ。

 まあ、ユキには斬った張ったの世界は似合わないとも思うが、実際そういうことをするのは下っ端の鉄砲玉と昔から決まっている。

「そういえば、居ない感じ……。

 スタッフも家来のように扱っているのを見てびっくりした覚えがある。

 んとね、お父様にも『お誘い』をしているのを偶然見ちゃってビックリした」

 893の世界では法律が新しくなっても大金が動くらしい。そして最もお金が自由になるのは組長なので、ユリのターゲットになってもおかしくはないが、ユキのお母さんでもある正妻と、詩織莉さんのお母さんの愛人さんを大きな屋敷とはいえ、同じ屋根の下で暮らしていたらしいので「そっちの趣味」はなさそうだが。

 オレの店のスタッフも昔やんちゃが過ぎて少年院に入ってしまったという黒すぎる歴史を持っている人間が居る。そして同性ばかりが収容されている場所では「そういう」欲求が女性の代用品として同性に向けられることもあると聞いた覚えがある。

 考えたくないコトだが、ユキなどが少年院や刑務所の壁の中に入れられた場合は恰好のターゲットになってしまうだろう。

 ただ、そういうリスクのある「仕事」は組長とか若頭のような幹部は手を下さないとも聞いている。最近は「下っ端が勝手にした」という言い訳も通らない法律が出来たようだが、その対策として「組を抜けた」というひと手間掛けてから犯行に及ぶらしい。

 そして「そっち系」の世界で名前も顔も有名な人は刑務所に入ったことがないばかりか、前科・前歴もないという人の方が多いらしい。

 ただ、運悪くというか壁の中に入ってしまって「そっち」の味を覚えて来たという人間も居るらしいが。

 そして、今日の料亭風のゲイバーに来ていたのはそういう人間だろう。まあ、突っ込む側に回るタイプだろうし、それなら女性にだってそっちの穴は有る。しかし、自分の妻や情人・愛人などにもなかなか頼みづらいだろうな……とも思う。オレはそもそも女性に「そういう欲望」を感じないが、女性客の自慢めいた「恋バナ」を感心しているフリをしながら聞いたり「愛の営み」の具体的な相談を受けたりする。例えば「テン○」を使って自分ですると逝けるのに、彼氏との行為で一回も逝ったコトがないとか。

 あまりそういう下ネタ系の話を振ってくるお客さんが少ないのがオレの職業上の誇りだが、酔いが回ったり、失恋したヤケ酒を呑みつつ騒ぎたかったりが理由でで「そういう」話に発展することもある。

 それにオレの場合「女性客と深い関係にならない」というのが店で「伝説」になっているので、失恋した女性に「じゃあオレと付き合ってよ」という展開にならないのも彼女達の安心を買っているらしい。

 ユキのお父さんも確か前歴すらなかったような気がする。チラッと小耳に挟んだうろ覚えだが。

 だから「そっちの味」を知っているとは思えないし、単に金目当てのような気がするが。

 ただ、893とはいえユキのお父さんだ。こういう親密な仲になった今でも、その父さんの性的嗜好までは流石に聞けない。

「そういえばね……。年寄りは嫌いとか言ってたな。若くて、そして割とジャニーズ系イケメンで……。そしてココがね――――大きくて、そしてカチカチに硬いのが大好きだとか言っていた。

 僕が『お尻の穴にそんなおっきいの挿るの?』とか聞いたら、バカにしたような感じで『これだからバックバージンは』とか笑われた。

 コブラくらいの大きさが良いみたい。お年寄りが嫌いな理由も聞いたんだけど?」

 ユキは一瞬言葉を止めて、オレの顔を窺うような表情を浮かべた。

 二人きりで、しかも恋人同士になったばかりだ。

 それなのに、第三者の話をして良いのか迷っているような雰囲気だった。

「ユキがココを触ってくれるのも気持ち良い。

 お年寄りが嫌いというのは?」

 とりあえず、オレの息子が元気を取り戻すまでに、ユキから聞けるだけのことを聞きたかった。

 まあ、住む世界が違うので大丈夫だとは思ったが、ただ、嫌な予感がヒシヒシと募ってきていた。



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