「それが……エレベーターの性能など色々あるのだけれども、相場は一基で一億円とも二億円とも言われている。
 タワーマンションでも普通のマンションでも変わりはないのだけれども、25年から30年で耐用年数が切れてしまう。
 その時に新しい物に替えるかどうかは建築の専門家に判断を委ねなければならないだろうが……」
 エレベーターの値段なんて考えたこともなかった。病院にだって最愛の人のマンションにだって当たり前のように存在して普段は全く意識せずに使っている。
 いわば空気のような存在だ。
 しかし、よくよく考えてみれば、エレベーターだって機械なのだから経年劣化もするだろう。
 それに、性能の良い物が日進月歩といった勢いで開発されているのだろう、多分。
 祐樹がセンター長を務めているAi(死亡時画像診断)センターにも会社の社長とか重役が「ご挨拶」という名目で訪問してMRIやCTのパンフレットを持参してプレゼンめいたものを行うこともある。
 副センター長の放射線科の野口准教授などは喉から手が出るほど欲しがっているが、それこそ億単位の代物なので厚労省が率先して作った時ならいざ知らず今はそんな予算はどこにもない。
 解析度が上がると放射線科の医師は喜ぶが、値段も跳ね上がるためにボールペンの替え芯すらケチる事務局長が絶対に許可しないのは火を見るよりも明らかだ。
「黒木准教授はパンフレットをご覧になっただけで購入の意図は全くお持ちではなかったですけれども、新築で買ってローン中に一基一億、いや今ってインフレですよね?
 だったら三十年後はどれだけ物の値段が上がっているか誰にも分からないですから、その時にエレベーターはこれだけのお金が必要で、外壁工事も普通のマンションよりも熟練した専門の職人さんが必要で……となると、どれだけのお金が必要になるか分からないですよね……」
 祐樹は投資用のマンション購入など考えたことすらなかったが、彼の具体的な話を聞いて何だか喉の渇きを感じた。
 最愛の人はワイングラスに薄紅色の唇を花のように開いてコクリと吞んでいる。
「そうだ……。あらかじめ分かっている料金ならば備えることは出来るだろう。しかし、所謂(いわゆる)時価なので終わってみないと分からないという怖さがあるな……。
 それに大規模修繕中はエレベーターが使えないとかそういう不便さも相俟(あいま)って……賃貸人に出ていかれるリスクもある。
 また修繕中に思わぬ欠陥とか経年劣化で傷んだ場所が出て来たら積立金では到底足りないという事態も想定しておかなければならない点が最も怖いな……」
 最愛の人が声を落としている。
「お待たせいたしました。甘鯛を山葵(わさび)そしてヴァンジョーヌというワインと当ホテル秘伝の出汁(だし)でサッパリと仕立てました」
 ギャルソンが親し気な笑みを浮かべて祐樹と最愛の人の顔を交互に見ている。
「ああ、それは私が注文しました」
 祐樹の前の皿が取り換えられた。パリパリに焼けた甘鯛の皮と山葵の青い色が程よく調和していてとても美味しそうだ。
「こちらは、鴨胸肉のローストにはビガラードソース、つまり酸味の強いオレンジの皮をじっくりコトコト煮込んだものをフワッと掛けています。
 付け合わせはセロリの根本部分とキノコです。こちらもソースに良く合いますのでご賞味下さればと存じます。
 ところでワインをお持ちしても?」
 二人ともワイングラスが空になっていたので祐樹が頷くと祐樹には白、彼には赤のワインが運ばれてきた。
 魚料理と鴨肉料理の違いだろう。
「半分ずつ食べましょうね……」
 ここのフレンチは野菜がふんだんに使われている点も好きだ。甘鯛も皮はパリパリで身はほろりと口の中で崩れていく。
 最愛の人も鴨胸肉から器用かつ優雅な仕草で骨を取って薄紅色の唇へと運んでいる。
「時価というのは怖いですね……」
 祐樹などはお寿司屋さんに行っても時価と書いてある物を頼もうかどうしようかと思うのに、入居世帯全体が支払うとはいえ一億円規模のエレベーターを何基も新調するとか気が遠くなりそうになるだろう。
 最愛の人は黒木准教授のパンフレットを見て30年後の大規模修繕工事について強い危惧を覚えたらしいが尤もな話だ。
 工事で賃貸人が逃げ出してもローンは月々引き落とされるのだから。
 赤ワインのグラスを薄紅色のしなやかな指で宙に掲げた最愛の人の頬がワインレッドに映えているのも新鮮な魅惑に富んでいる。
「先ほど言ったマンションがタワーマンションの先駆けで……それからは空前のブームになった。特にレインボーブリッジ辺りはたくさんマンションが建っているだろう?」
 祐樹も最愛の人に付き添って霞が関の厚労省の研究会などに出席している。18時から始まって21時とか遅くても22時には終わるのでその後、デートでレインボーブリッジを見に行ったこともあった。
 全長の問題か明石海峡大橋の方が女神さまの首飾りのようで祐樹は好きだけれども、テレビや映画のせいかレインボーブリッジの本物を見た、しかも隣には最愛の人が居るという幸せな気持ちは今もそしてこれからも忘れないだろう。
 尤も明石海峡大橋も最愛の人と見に行ったのだけれども。
「そうですね……。海と橋のイルミネーションがとても綺麗でした。ああ、しかし……」
 鴨の肉をソースに絡めている最愛の人の言いたいことがやっと分かった気がした。




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