最愛の人もバターに(こだわ)って選んでくれているが、多分このバターは空気に触れさせる時間が少ないのだろう。滋味豊かな芳醇な味だった。
 パンは二個しか保温用の厚い布にくるまれて入っていない。そしてパンを食べすぎるとお腹がいっぱいになってしまい後の料理を味わう差し障りになることは知っていたのだけれども、ずっと食べていたいほどだ。
 こんなコクのあるバターと赤みがかった岩塩、そして皮はサクッとして中はもっちりとした触感のパンが救急救命室の休憩所に有れば皆がずっとそればかりを食べ続けているような気がする。
「なるほど……。貴方もご存知の私の下宿などは職人さんが梯子(はしご)を使ったら大丈夫な気も致しますが、タワマンだったら屋上からゴンドラを吊るすとか色々な方法を取らないと無理でしょうね。
 ちなみに大規模修繕工事の値段というのはどのくらいなのでしょう?」
 ギャルソンが翡翠(ひすい)のようなフェンネルに乳白色のトロっとした物が掛かっているお皿を持ってきた。
 上に載っているのはおそらくキャビアだ。値段的に黒いダイヤモンドとも呼ばれているのは知っていた祐樹だけれども見た目もダイヤモンドのような煌めきを放っている。
「建物は当然劣化するので大規模修繕が必要となるのだけれども……。築20年程度で行われるのが理想的なのだ。
 そしてマンションは普通修繕積立金を毎月支払って積み立てているのが常識なのだけれども」
 最愛の人はナイフとフォークで黒く煌めくキャビアを一粒も余さず掬い取って唇へと運んでいる。
「1998年に建てられた55階建てのタワーマンションが13年後に12億円で大規模修繕工事が行われたと記憶している。
 650部屋だったらしいので、一戸(いっこ)当たり200万円だな」
 途方もない金額と最愛の人が言っていたのでもっと掛かるのかと思っていた。
 200万円は確かに大金には違いないけれども毎月修繕積立金も払っているのでさほど懐が痛むとも考えられないのだが……?
「オマールエビの炭火焼に、甘い(かぶ)のクリームがフワッと掛かっております。
 右は甲殻類のクーリと申しましてカニやエビなどの旨味を凝縮させたもので御座います。
 そのまま召し上がって頂くか蕪のクリームを付けて頂いてもオマールエビとは異なったお味を楽しんで頂けるかと。
 そして、こちらの白ワインが良く合うと存じます」
 ギャルソンが黒子のように近寄って来て空いた皿を下げた後に赤い焼き目がとても美味しそうなエビに白いクリームが添えてあるお皿を置いた。
 その後新しいワイングラスに白ワインを注いでくれた。
「美味しそうですね」
「美味しそうだな」
 見事に声がハモって二人して笑みを浮かべた視線を絡み合わせた。しばらくの間、視線を絡ませて瞳で会話しながら食事を楽しんだ。
 家で寛いでDVDを若干華奢な肩を抱いたり祐樹が室内に居る時には常に着用している襟ぐりの深いニットから指を滑らかな肌に触れたりして観る時間も大好きだ。
 それと同程度に日常生活から隔絶された豪華でシックな場所で一緒に食事を摂るというのも最高に贅沢な時間だ。
「200万円ですか……?
 修繕積立金を毎月一万円ずつ徴収するとして650戸、年にして7千800万円ですよね。
 そう考えれば充分足りると考えますが……?」
 エビのプリプリ感と焦げ目の香ばしさが口の中で絡み合って堪らなく美味だ。
「それが……、一度目はそれで充当できるのだけれども、黒木准教授のパンフレットにも試算として35年ローンが載っていた。
 途中で売却しない限り、20年から30年の間にエレベーターの修繕もしくは取り換え工事をしなければならない。当然ながら費用は別途請求される」
 最愛の人は悲し気な感じで真っ白いリネンに視線を落としている。長い睫毛が滑らかな肌に淡い影を落としているのも魅惑的な眺めだった。
 それは置いておくとして、エレベーターの取り換え工事となると最上階付近の住民は非常階段を使って外に出るしか方法がないような気がする。
 まあ、何基も設置されている場合は順繰りに取り換えか修繕をするだろうが。
 病院の階段を使い慣れている祐樹でも55階まで一気に駆け上がることが出来るかどうか大変心もとない。途中で息が上がって休むか遅めに歩くかになってしまいそうだ、多分。
 最上階近くは富裕層が住んでいるので、偏見かもしれないが、さほど運動しているような人はいなさそうだ。
 斎藤病院長は一戸建てに住んでいるというウワサではあるものの病院長用公用車で出勤している。
 ゴルフには良く行くらしいが55階まで一気に階段で……となると苦しいだろう。
「エレベーターって一基(いく)らくらいするのですか?」
 先ほどの執務室でも相場の話が出た。タバコとか先ほど車の中で最愛の人が飲んでいた「午後の紅茶」ミルクティなどの値段は良く知っているけれども、エレベーターとなると見当もつかない。
 最愛の人はほぼ固形のクーリとやらを薄紅色の笑みを浮かべて嚥下(えんげ)した後に薄紅色の唇にワイングラスを近づけてクルクルと回している。薫りを楽しむためだろうか?
 先ほど悲し気な表情を浮かべていたので値段は正確に知っているハズだ。



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