「ウチの医局は外国人の患者さんも多いです。ゆ……田中先生を」
 森技官は物言いたそうにアルマーニがこよなく似合う肩を優雅に皮肉そうに竦めている。
 最愛の人が「ゆ……田中先生」とつい口を滑らせたことに対する反応だろう。
 祐樹が同じような間違いめいたことをすれば容赦なく精神を
(えぐ)ること必至の毒舌を浴びせられるだろうが、最愛の人への当たりは柔らかい。
 ただ、祐樹最愛の人も森技官のリアクションに気づいたのか、頬が更に上気している。
「祐樹を筆頭に英語力の高い医師を主治医に選んでいます
 開き直った感じで苗字ではなく名前を呼んでくれるのも大変嬉しい。
「…そしてこの国際公開手術に合わせて祐樹から主治医を引き継ぐにあたって英語が堪能な医局員を外国人患者さんに充てました。
 医局長はポケトークなる日本語を英語に変換して発音してくれる機械の導入も視野に入れていましたが、ウチの大学病院の医師は英語が堪能だと周りからも思われていますので、そういう補助具を使っては沽券に関わります……。
 要するに『皮膚科大全』を使った『見せながら診察』も当然認められません」
 1%の確率を見事粉砕してくれた最愛の人だけれども、日本語での冗談は一切通用しないので森技官の発言を額面通りに受け取ったのかも知れない。
「そうだぞ!ウチの病院でお前の……冗談みたいな診察法はぜーーーったいに無理だからな!!」
 呉先生は二人きりの寝室ではどうか知らないが、少なくとも祐樹達の居る前では森技官に対して当たりが非常にキツいのも事実だ。
 森技官は冷酷そうな整った唇に苦い笑いを浮かべている。
「お二人、いや三人のご意向は大変良く分かりました。
 しかし、厚労省の官僚ではなく医師として働いているのが実家にバレたら『何故実家を継がない?お国のために、そして限りなく失墜した厚労省をクリーンな省庁に戻すために働いているのではなかったか?』と父母は大激怒でしょうね。
 姉がクリニックを継ぐという方針が定まったとはいえ、親戚からは『長男が継ぐべきだ』と反対する声も依然として
(くすぶ)っているのですよ。
 ウチは男子が家を継ぐ家系なものですから。だから冗談に決まっています。
 『聡明な』先生方もお分かりにならなかったのがとても不思議ですが」
 皮肉たっぷりの口調と思いっきり蔑んだ笑みがなまじ似合うのでよりムカつく。
ただ、管轄が日本全国ですから恋人に寂しい思いをさせるのが心苦しいだけですよ」
 そういえば病院全ての科の中で最も出血量が多い産科などに森技官が勤務出来ようハズもなく、医学部を出て実家を継がない方便として厚労省に入省したのだった。
 文系学部、特に法学部などでもどうして司法試験を受けて裁判官や検事・弁護士にならないのか?と真顔で聞かれることも良くあるらしい。
 その時には司法試験を目指すのが約10%でその内半数が残念な結果で司法浪人になる。そして受かったら良いが5年~10年も浪人を続ける人なんてザラにいる。途中で諦めて就職しようにも新卒の時には大歓迎だった企業にもお祈りメールしか届かなくなる。そんなリスクを取るくらいなら銀行とか大企業に入った
(ほう)がよほどマシだと思うぞと言い返す。
 そう風の噂で聞いた覚えがある。
 「お祈りメール」とは「残念ながら貴意に沿えず。益々のご清栄とご活躍をお祈りいたします」とかの丁重な企業からのお断りメールを指すらしい。
 しかし、医学部卒の場合にはそういう言い訳(?)はまず通らない。
 まして、医師免許を持っていればなおさらだ。森技官は厚労省に入ることで周囲の雑音を全て封じ込めることに見事成功している。
 祐樹は第一印象こそ最悪だった。
 何しろ最愛の人が国際公開手術に臨むためにベルリンに行っていて、祐樹は休暇を取得出来るかどうかが分からずにイライラしていた頃に呉先生が真っ青な顔で救急救命室に訪ねてきたのがこの二人に知り合った切っ掛けだ。
 呉先生が真っ青だったのは森技官ほどではないものの血液も内臓も苦手で、救急救命室が野戦病院さながらに床は血まみれで……という病院のウワサを真に受けていたからだと後で聞いた。
 救急救命室の鬼とも法律とも呼ばれて畏怖されている杉田看護師長は来るもの拒まずがモットーで、本来なら大学病院に搬送しなくても他の病院でも充分に事足りる容態の患者さんも受け入れる。
 その結果まさに野戦病院のような惨状を呈することはある。
 きっと呉先生の日ごろの行いが良いのだろう、祐樹を訪ねて来た時には患者さんは全てバックヤードに運び込まれていたし、床は綺麗に洗い流されていた。
 物凄く深刻な表情をしていたので救急救命室から出て話したら「香川教授の手術ミスの画像を盾に脅されています。手術ミスが有ったかどうかを心臓外科の医局の人に伺いたくて」という祐樹にとって驚天動地の告白だった。
 手術ミスはなかったことなど医局員全員が知っている。
 しかも、そのでっち上げの手術ミスの画像を盾に医師とは犬猿の仲の厚労省の官僚サマが呉先生をベッドに誘っているという祐樹にとっては悪辣すぎる所業だった。
 そういう追憶に耽っていると、国際公開手術の余熱を持った心が薫風に吹かれた気分に塗り替えられていくような気がした。



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