腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

2023年09月

「心は闇に囚われる」 152

 谷崎君は本部のモニターで見た以上に痩せていた。
 合宿に参加する前の谷崎君は少し余分な肉が付いているかな?と思う程度の体形だったのが今では、今日亡くなった有吉さんを彷彿とさせるくらいの病的な痩せ方だった。
 彼女には恋愛感情は一切なかったけど、あんな悲痛な遺書を残して亡くなったのだから、努めて彼女のことは考えないようにしていたのだけれども。
 ジーンズもベルトが――ちなみに後ろ側には包丁を抜き身のまま差している――なければずり落ちてしまいそうだ。
 俺もやせ形ではあるけれども、本質が違うような痩せ方だった。
 それに目が怖いくらいに光っている。俺も掛かりつけのクリニックでいわゆる「イってしまった」患者さんを何回かは見た経験がある。
 でも、その人達よりももっと怖い。例えるなら、壮絶な喧嘩をしている不良が発する目の光に近いかも知れない。
 でも、その光る目の奥には俺なんかには分からない複雑な感情が錯綜しているようで、その複合した目の光はとても怖かった。
 それに、顔色は蒼白に近い。本部のモニターには背中に自分の包丁で傷をつけても平気な顔をしている谷崎君が映っていたけれど、どこかの大きな血管も切ってしまったのかも知れない。
「だ……大丈夫?」
 「鬼気迫る」との言葉がぴったりの谷崎君を見て俺は震える声で聞いてしまう。
「同志よ、よく来てくれた。大丈夫とは何のことかいっ!?」
 真っ青な顔をしながらハイテンションで話されると余計に怖い。
 俺は身体が震えてしまうのを必死で我慢した。ここで谷崎君に不審感を抱かれるのは一番マズい。
 幸樹が一歩前に出た。
「差し入れ……。いや、今となっては『同志としての乾杯』だな。こういう時は上位者が先に飲むことになっている。北野さん、そしてカメラマンさん、しっかり写して下さい!」
 幸樹がコーヒを数種類取り出す。でも、あのコーヒーの中には強力な睡眠薬が入っているハズで、どうするのだろう?
「そうだな!!偉大なる将軍様への決起は俺が一番先なのは確かだっ!!行動を起こしたのも。だったら俺が上位者には違いないっ!!!」
 満足そうな哄笑が辺りに響く。けれども、病的な痩せ方といい、背中の傷の出血のせいか、食べ物を食べていない――のだろう、有吉さんと同じように――貧血か栄養失調のせいかは分からないけれど真っ青な顔と炯炯と光った目には全く相応しくない。
「偉大なる将軍様は、決起した谷崎君を重要な部下として迎え入れて下さるだろう。将軍は無理でも大将とか中将とか……。オレ達はその部下で、せいぜい少佐、いやもっと下の階級だろう。
 つまりは、『北の楽園』では、谷崎様は雲の上の人で、オレ達は谷崎様――いや、『金』という名前も与えられるかも知れない。将軍様と同じ名前だ――その部下のそのまた部下ということになるだろうな……」
 幸樹の広い背中や長い足は全く震えていない。
 それに冷静であることは卑屈な口調からでも分かってしまう。今、俺が何か話したら声が上擦ったり震えたりすることは確実だ。
 幸樹は多分、「同じコーヒーを飲まないように」との伏線を張っているに違いない。
「なるほど、そういうことになるのかな、同志よっ!!!」
 谷崎君は威厳を出すためか、後ろに仰け反った。
 背中には包丁を上向きに挿していることは本部のモニターで見ていた。後ろに仰け反るということは、その刃物を背中に押し付ける結果になっているハズで、傷口がさらに深くなることは容易に想像出来た。
 俺はさり気なく下を向き谷崎君の傷口をアリアリと思い浮かべて青くなった顔を隠した。
 幸樹と違って俺は血が怖いし、想像力は無駄に多い。
「ではお飲み下さい。大将殿にはもっと高価なコーヒーこそ相応しいのですが、それは本国に帰ってからということで」
 幸樹はブラックコーヒーの缶のプルトップを開けて両手で恭しく差し出す。
「うむ、御苦労。今、北野君に『地上の楽園』の素晴らしさを説いて聞かせていたところだったのだっ!!!」
 幸樹に乗せられたのか、得体の知れない上野教授の薬のせいなのか、多分両方が相乗効果を発揮したのだとは思うんだけれども、谷崎君はとても偉そうだ。
 その内、時代劇の将軍様のような言葉を発してもおかしくない。
 幸樹は振り向いて谷崎君が「北野レポーター」だと思い込んで疑いもしていない西野警視正に数秒視線を当てた。
 俺も幸樹の顔を見て、幸樹がいつも通りの端整で怜悧な顔をしていることに安堵の吐息を小さく漏らす。
 西野警視正は、一瞬「うんざり」といった様子の顔を浮かべたが、それも直ぐにかき消して感心した表情を浮かべた。幸樹はその様子を見て口角を上げた。
 谷崎君は一口二口飲んでいる様子だった。俺は思わず(もっと飲んでくれ!)と魂の底から願ってしまう。30分で利く薬だとは知っていたけれど、迂闊なことに「どれだけ摂取すれば」という情報を聞き逃してしまっている。一口で利くのか缶全部なのかは分からない。
 ブラックで飲ませたのは薬の味がコーヒーに紛れて分からなくするためだとは察しが付いたのだけれども。
「大将殿に意見を述べても宜しいですか?」
「うむ、許す!!」
 客観的に見たら――特に俺が時々観ているドラマとかだと上役の方が貫録たっぷりで下っ端は吹けば飛ぶような感じに描かれている――でも、幸樹と谷崎君では幸樹の方がどう見ても人間としての度量は大きそうだし、何しろ病的に痩せた谷崎君としなやかな長身の幸樹だと見た目でも幸樹の方が上の人間を演じるのに相応しいのだけれど。
「北野レポーターには、更なる御高説を仰って下さらなければなりません。いえ、北野レポーターではなく日本国民に決起を促す演説とでも申しましょうか。それには糖分を含んだこちらの方が最適です」
 幸樹はカフェオレの中で一番甘そうな缶を手に取ってプルトップを開けていた。
 俺も気が付いたように、薬の適量が分からなかったのかもしれない。
 いや、所要時間から薬品名を推測出来たのだから適量は知っている可能性も大きいけれども。
「ううむ。そう言われてみれば尤もだっ!!おい!!北野、他の局はまだ来ないのか???」
 幸樹がブラックの缶とカフェオレの缶を交換している。何だか谷崎君の態度がどんどん尊大になって行くのはやはり「闇に囚われる」薬のせいなのだろうか?
「同志、いや、高寄、飲み残したコーヒーを飲むと良い!!特別に許可を与えるのを有り難く思え!!」
 谷崎君は尊大な口調で幸樹に言った。
 幸樹の広い背中に隠れていた俺は、真っ青になってしまった。あのコーヒーには強力な睡眠薬が仕込まれているのだから。




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読者様申し訳ありません!リアル生活で突発事故が起こり、これだけを更新するのがやっとでした。「下剋上シリーズ」を待って下さる方、本当にすみません。
 こうやまみか拝
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「心は闇に囚われる」 151

「三十分で効く薬か……。なら、バルビツール酸系のチオペンタール辺りかな?」
 ただでさえ体力がない俺は極度の緊張と、母校へ行ったこととか、その後のバタバタした動きの今日一日の行動が祟ったのだろう。
 早足で歩く幸樹に付いて行くにも息切れがして、眩暈が起こりそうだった。

 それを察した幸樹は立ち止まって、俺の顔を心配そうに見詰めて来た。
「大丈夫か?顔色が悪い……」
 俺は足手まといになっているのが情けないので、頑張って笑顔を作った。
「少し、気分が悪い。幸樹は先に行って……俺は少し休んだら大丈夫だから」
 幸樹の男らしく整った眉根がギュッと寄せられた。
「いや、遼を一人になんてさせられない。コンビニは遼も知っての通り駅前に有るだろう?
 谷崎はオレ達がコンビニに行っていると思っているから、ゆっくり歩いても大丈夫だ。
 谷崎の精神がどこまでおかしくなっているかは分からないが、もし、時間の経過を判断する力が残っているようなら早く着き過ぎても不審に思われるかもしれない。
 それに現場には西野警視正も山田巡査も居る。西野警視正は口だけでなく体力も判断力も非の打ちどころがない人だから任せておいても大丈夫だ」

 幸樹がキッパリと断言してくれたお蔭で俺も少しは気が楽になった。幸樹が大丈夫と言うからには本当に大丈夫なんだろう。
 公民館と本部はホンの近くに有る。もちろん谷崎君が籠城している公民館からは死角になっている場所に設置されているんだけれども。
 それに、公民館と本部とをつなぐ道は一般人というか、野次馬は入って来られないように警察がガードしてくれているのは、行きのパトカーの車窓からも見えていた。

「幸樹、こんな時に悪いんだけど、胸を貸して欲しい」
 息切れと眩暈を治すのは幸樹の胸の中で、幸樹の肌の香りや温かさ、そしてしなやかな筋肉の付いた身体を感じるのが一番のような気がした。
 警官がガードしているのは公民館と本部への道の入り口だけで、辺りに人の姿はない。
 それにこの辺りは一軒家の最低分譲の土地が100坪と聞いている、窓から覗いている人が居たとしても、下町のようにはっきりとは見えないに違いない。

「ああ、遼の頼みならいくらでも」
 幸樹は俺の背中をゆっくり撫でてから、手に力を入れて抱き締めてくれた。
 広い胸と幸樹の香りに包まれて、しかも背中には幸樹の腕が回されて俺の背中を宥めるように動かしてくれている。
 束の間の安息だとは分かっているけれども、こうしていると眩暈も息切れもウソのように治まっていく。

「幸樹がさっき言ってた薬の名前、聞いたコトがないや……。どんな薬なの?」
 入眠障害を患っているお蔭で普通の人よりはそういう関係の薬の名前はたくさん知っている。でも、さっき幸樹が呟いていた薬は見たことも聞いたコトもない。
「ああ、今では滅多なことでは処方されなくなっている薬だから遼が知らなくても当然だ。
 バルビツール酸系は芥川龍之介とか太宰治の時代には一般的な睡眠薬だったが、両名ともどうなったかは知っているだろう?」

 文学史もウチの大学の入試には出題されるのでもちろん知っている。二人ともそれで自殺しているし、太宰は何度だったかは忘れたけど、複数の女性と心中事件を起こして、女性だけ亡くなってしまっている。
 そんな危険なお薬なだけに、今では処方されていないのだろう。ただ、俺も掛かりつけの菊地クリニックで躁状態になって危険な患者さんを見たことが有る。
 その時菊地先生は何かを注射していたけれども、今思えば幸樹が言ったような薬なのだろう。小説家はたくさん飲んであんな事態になっただけで、適量を守れば命には関わらないことを知っていて。
 まぁ、警察が動いているだけに、最悪の場合薬物でどうにかするよりも「やむを得ず発砲」という最悪のケースは考えられるけれども――少しは安心した。

「ただ、チオペンタールは五分から一五分で効果が表れるハズだからオレの予測は外れているかも知れない」
 幸樹の深みのある声を耳元で聞くと、身体がゾクリと震えてしまう。昨夜の行為を不謹慎にも思い出してしまって。
「幸樹の推測は当たっていると思うよ?一五分で効く薬でも、何かのはずみで一五分以上かかることがあるかも知れないから、お医者さんはその幅に余裕を持たせたのじゃないかな?」
 伊達にその手の薬を飲み慣れているわけではない。
 俺が処方されているお薬だって、「一時間後に効果が表れる」とか書いてあってもきっちり一時間後に眠気をもたらすことも有れば、もっと遅くなる場合も有るのは経験済みだ。

 幸樹の右手が肩甲骨から肩へ、そして俺の首筋へと移動する。幸樹の意図を悟って、俺は胸に当てていた顔を上げる。
「遼がそう言うのなら、そうなのだろうな……」
 幸樹の涼やかな瞳の光が俺の視線と真っ直ぐに絡み合う。
 トクトクと鳴る心臓の音は幸樹にも伝わっているのかと思うと、少し恥ずかしかったけれども、目を閉じてしまう。
 唇が重ねあわされて、その感触に陶然となる。
「もう大丈夫そうだな……。行こうか?
 それに、そんなに早く片が付くならオレも遼と一緒に公民館に入らせて貰う方が良いかも知れない」

 唇を少しだけ離して幸樹が切実な口調で言う。
「俺一人で大丈夫だと思うけど?」
「いや、谷崎の場合は警察や医師が想定していない要素が有るだろう?西野警視正は知っているが。
 だから、この中の薬の効き目が想定外になることも考えられる。
 それに何より、遼には怪我一つ負わせたくない。何が有っても遼を守りたい」

 幸樹の真摯な口調に涙が出そうになる。
 公民館の前に着くと、依然として西野警視正がインタビューの真似事をしている後ろ姿と、谷崎君のさっきと同工異曲の怒鳴り声がガンガンと響いている。
 谷崎君の声は、幸樹と抱き合っていた時から聞こえていたのだけれども。

「同志、差し入れを持って来た。こういう場合は握手と行きたいが、それよりも同志となった証の乾杯をしたい。オレもその中へ入れてくれ!」
 幸樹が西野警視正にチラリと目配せをしてから怒鳴った。
 西野警視正は「了解」と思しき視線を送る。

「若き革命の闘士達が、三人で乾杯をする……素晴らしいね!これはとてもテレビで全国に流したい映像になることは必至です!!出来れば玄関を出て乾杯の様子をカメラに写したいですね!!!」
 西野警視正は興奮した大声を聞こえよがしに出してくれた。
 幸樹のアイデアの助け舟の積りだろう。

「どうだろう、誓いの乾杯をテレビに流してもらうというのは良い考えだとは思わないか?同志よ!」
 幸樹も本当の革命家のような演技をしている。
「分かった。今開けるっ!!」
 ドアが開いて、谷崎君の姿が現れた。その姿を見て幸樹はともかく俺は固まってしまった。



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「心は闇に囚われる」 150

「同志、えっと、フ〇テレビの北野さんでしたよねっ?
 私は、たまたま谷崎君の家に遊びに来た、彼のゼミの友達の高寄幸樹と言います!こちらは同じく池上遼です。面倒な挨拶は省略させて頂きますが……!
 谷崎君もさっきから喉が渇いたと言っていただろう!?飲み物を遼についでに持って行かせる。コンビニに買いに行くので時間は多少掛かるのだけれど!
 それに5歳の男の子に、名前は雄太君だったっけ?その子にも差し入れが必要だから、オレ達はその準備のために離れるが、北野さんに思いの丈を訴えるチャンスだろう?オレ達も10分も有れば戻るから!」
 幸樹はマスコミの人間、しかもカメラが回っていることに興奮した様子を見事に演じながら、いかにも初対面のように、マスコミの人間を詐称している西野警視正に挨拶をしている。
 西野警視正もいつもよりももっと軽薄そうというかノリの良い口ぶりと態度で幸樹と俺に初対面の挨拶をしている。
 西野警視正だって立派な(?)詐欺師、いや、それは言い過ぎかもしれないけれども演技派俳優のようだった。
 幸樹はバリバリの二枚目で、西野警視正はちょっとコミカルな演技を披露する味の有る俳優さんってとこかな。
 というのも、西野警視正はさり気なく、カメラマンに見事に化けている山田巡査の方に近付くようにとこっそりと目配せを送ってきていたからだ。
 確かにレポーター役の人間よりもカメラマンの方が裏方仕事なので近付いても怪しまれることはない。
 尤も「闇に囚われた」谷崎君にどれくらいの判断力が有るのかは全く分からない。
 それに、人質になった雄太君のお母様から直接拉致したのに、俺がお母様に相談するとか、雄太君の好きなものとか、最近の子供に多いアレルギーの有無を聞くとかそういう生活感というか現実感たっぷりのことを、幸樹が言わないことにも特に不審に思う様子はなかった。
 「闇に囚われた心」というのは、こうなってしまうのだと思うと、薬物を摂取したかもしれない幸樹のことがとても心配になって来る。
 ただ、人質となった雄太君が無事だということを、伝聞とはいえ確かめることが出来て心の底から安堵する。
「谷崎!いや、同志よ、北野さんに『地上の楽園』のことを説明して、ニュース番組……でしたよね?お見かけした覚えが有ります。
 テレビの画面に一分でも長く放映して貰うように頑張ってくれ。テレビで放映される時にはイメージも大切だ。
 だから、雄太君だったっけ?その子はそのまま寝かせておくのが良い。健闘を祈る!
 オレ達も直ぐに帰って来て、援護するから待っていてくれたまえ!!」
 何だか、ドラマで観た学生運動をしている人達のような口調で幸樹が言った。本当に演技が上手いなあと感心してしまう。
「遼、山田巡査の前を通り過ぎる時にこけたフリ出来るか?出来ないならオレがするけど?」
 幸樹が小さな声で呟いた。多分、山田巡査はメモか何かを持っているんだろう。
「大丈夫。つまずいたフリくらいは出来るよ?」
 コンビニの方向に向かいながら、俺はカメラマンに上手に化けた山田巡査の前を通り過ぎる時に派手に転んでみせた。
 幸樹は俺を助け起こしながら、公民館の前でレポーターに扮した西野警視正に熱弁を奮っているのを確かめるのと同時に、谷崎君の注意がこちらからは完全に外れているのを鋭い視線でチェックしているのが目に入った。
 その動作はほんの一瞬で、俺は幸樹の運動神経と視力の良さを再確認して感心してしまう。
 さり気なく山田巡査に近付くと、紙片を手にして直ぐにポケットに仕舞った。
 幸いにも公民館からコンビニまでは一直線の道では繋がってなかったので、さもコンビニへ行くフリをして道を曲がった。
「あー疲れた。幸樹は大丈夫だった?」
「オレはあれくらいは全然平気だ。遼こそとても疲れただろう?大丈夫か?」
 幸樹の綺麗な黒い瞳が俺を案じるように見詰めてきて、その瞳と涼しそうな端整な顔に魅入ってしまう。
「メモには何て書いてあるの?」
「それよりも、遼、ワザと転倒した時に怪我はないか?」
 幸樹は何があろうとも、俺を一番に心配してくれるのがとても嬉しい。
「ああ、ジーンズだから怪我なんてしない。それにこけるのは慣れているし。メモには何て書いてあるの?」
 運動神経も抜群な幸樹と比べると俺は人並み以下なので時々何かにけつまずいて転んでしまう。
 幸樹は折りたたまれた紙片を開いた。
『強力な入眠剤入りのコーヒーの缶を数種類用意した。谷崎に飲ませて欲しい。また裏の窓は専門家を呼んで押すと自動ドアのように開けるように替えた。雄太君を連れてそこから脱出を』
 本部――といってもテント張りだ――に入って行くと、その場に居た全員の警察官が敬礼してくれる。
 雄太君のお母様は「有り難うございます」と祈るように感謝してくれるし、その椅子の下には谷崎君のお母様が土下座のような恰好で座っている。
 というか、息子がこんな事件を引き起こしてしまったので、本当に土下座をしていたのかもしれない。
 ただ、谷崎君がどうしてあんなふうになってしまったのかを知っている幸樹と俺は、居た堪れなくなって直ぐに目を逸らしたけど。
「こちらが強力な入眠剤です。ペットボトルだと直ぐに気付かれてしまいますから。
 それと、雄太君はリンゴジュースが好きだそうで、そちらの差し入れも……。食事はまだ大丈夫だと思いますから」
 この場の責任者である鈴木警部がテキパキと机に載っている飲み物を指さした。
 入眠剤は俺も服用しているけれど、全て錠剤だ。液体のヤツもあるんだなぁと妙なことに感心してしまう。
 今の谷崎君にペットボトルを仔細に眺める「まともな」犯人としての注意力があるかどうかはとても疑問だったけど。
 缶入りのコーヒーがブラックとかカフェオレとか色々揃っていて、そこにはコンビニで良く見かけるキャンペーン用のシールが貼られている。
 多分だけれど、この下に小さな穴を開けて、そこから入眠剤を混入したのだろう。
「その薬剤は何分くらいで効きますか?そして、裏の窓の強度は?」
 幸樹は眉根を寄せて鈴木警部に確かめている。俺が公民館に入って――今も西野警視正と谷崎君の会話がモニターに映されているけれども、俺達に言ったのとほぼ同じことの繰り返しだった――行くのか、それとも西野警視正の説得で雄太君を解放してくれるのかは未知数だ。
 出口の強度は確かめておく方が良い。俺には咄嗟にそんなことまで頭が回らなかったけど。
「この入眠剤は30分で効果が出ると、そこの心療内科のクリニックの先生が仰っていました。
 窓ですが、高寄君が谷崎の注意を逸らせておいて下さったお蔭でガラス屋を呼んで、ガラスの組成を変えて貰いましたので、10キロの力が加わると開きます」
「ああ、ガラスは正確には液体ですからね。分かりました。では現場に戻ります」
 手回し良く谷崎君の家から一番近いコンビニの袋までもが用意されている。やっぱり警察は凄いんだなぁと感心した。
 ガラスが液体っていうのはバリバリの文系の俺には分からないけれど、詳しい話は事件が無事に解決したら聞くことにしよう。
 10キロの力を加えると開くのなら、片手に体重をかけて押せば大丈夫だろう。
「宜しくお願いします」
 その場に居る全員に見送られて、幸樹と俺は必要な荷物を持って現場に戻るべく本部から出た。
 さあ、いよいよ最終段落だ。この事件で一人も死者が出ないことを切実に祈っていた。
 谷崎が無事に眠ってくれればいいのだけれども。



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気分は下剋上 ロンドン編 98 香川教授視点

「食料品売り場のフロアまでお願いします。大好物のケーキを買って帰らないと」
 しごく真面目に言ったのだけれども、福田さんは何だか笑いを堪えきれないという感じで肩を動かしている。
 自分は人を祐樹のように笑わせることは出来ない。
 患者さんと冗談を言い合って快活な笑い声を病室に響かせている祐樹を通りすがりに見聞きして、幸せな気持ち99%と羨望の念1%になることが時々あった。
 ただ、自分が何の気なしに言った言葉を祐樹が笑ってくれることがあって、それはとても嬉しいが今回のケースはどうなのだろう?
「畏まりました。私は持ち場に戻らなくてはならないのですが……」
 福田さんは自分の顔を眩し気に、しかし当惑じみた感じの笑顔で見上げている。
「それは当然ですね。今この時もお客さんがいらしているかも知れませんから。
 先にエレベーターから出て下さい」
 病院と同じように偉い人(?)が上階を占めていて外商部の竹内部長だけが案内出来る部屋は最上階だ。
 宝石売り場の奥にあるリフォームコーナーよりも下の階に食料品売り場はあるので福田さんが先に下りるのは理に適っている。
「有難うございます。教授のような(かた)でも弊店のケーキを召し上がるのですね。何だか親近感を……と申し上げるのは失礼でしょうか?」
 不安そうな表情を浮かべているのは先程使う予定が全くない竹内部長の名刺が自分の名刺入れに入っているからだろうか?
 そんなことを全くする積りは全くないけれども、竹内部長にクレームめいた電話を掛けた場合困るのは福田さんだろう。
「いえ、全く。こちらのケーキやフィナンシェが大好物だと申している医師は割と居りますよ。
 本当に有難うございました。では出来上がり次第連絡を頂ければ」
 宝石売り場階に停まったエレベーターのボタンを彼女のために「開」状態にしている間に下りて深々と頭を下げてくれた。
 最上階に客は居ないのはある意味当たり前だがこの階からは他のお客さんも乗って来ている。
 これ以上停めておくのも迷惑だろうと奥に身体を寄せた。
 昨日長岡先生と偶然出会わなければ買っていたはずの呉先生のブランチに持って行く分と家で食べるケーキを買って帰ろうと思った。
 三か月も掛かると聞いて絶望しかけたが、長岡先生が運よく外商の竹内部長を知っていて助かったとしみじみ思った。
 ケーキ売り場のショーケースを色々見て回った、弾む気持ちで。ただ、買うのはいつものお店と決めていたが、何だか大仕事を終えた達成感と多幸感で普段以上にどのケーキも美味しそうに見える。
 ケーキやフィナンシェなどは意外と嵩張るので昨日纏めて買わなくて正解だったと思いつつ百貨店を出た。
 せめてものお礼にと長岡先生にもケーキを買おうとしたが、彼女が甘い物を食べているところを見たことがない。
 それに祐樹曰く長岡先生は病院のファッションリーダーとして看護師の憧れの対象だそうだ。あのほっそりとした体型を維持するのに気を遣っているのかも知れない。
 自分や祐樹のように立ち仕事でも力仕事でもない彼女はカロリーの消費が少ないような気がする。
 だとしたらケーキをお礼にするのは却って迷惑になるのではないだろうかと思って買うのを止めた。
 部屋に帰って長岡先生にお礼の電話をした後に昨日の料理の続きをして気を紛らわそうと決意して帰路についた。祐樹の居ないマンションの部屋は全てが色褪せて見える、祐樹の不在に慣れてはいたけれども。
「もしもし、香川です。今、お時間少々宜しいですか?」
 部屋着に着替えてコーヒーを飲み終えてからリビングに移動して電話をかけた。
『はい、大丈夫です。それよりも、私で教授のお役に立つことは出来ましたか?』
 朗らかな声に安心した。祐樹はもちろん別格だけれども、長岡先生も不幸を遮断するような明るいオーラを持っている。
「はい。竹内部長に紹介して下さって有難う御座います。三か月ではなくて三日後に出来上がるという便宜を図って貰えました」
 自然と頭が下がった。
『それは良かったです。出来上がりが楽しみですわね』
 確かにプラチナの爪を外してダイヤモンドを洗って貰うとどんな煌めきになるのだろうかと思うと胸が弾む。
 祐樹のお母様がお父様と結婚した時のピカピカさなのだろうか……。それはお母様しか知らないことだろうが。
 祐樹もそんな指輪をお母様が持っていらっしゃったことは知らないと言っていたし。
 その蘇った光を放つ指輪の画像を祐樹のお母様に送るのも楽しみの一つだ。
「はい、本当に有難うございます。三か月と聞いた時には絶望感すら抱きましたので」
 電話越しにクスクスと楽しそうな声が響いている。
「実は竹内部長とのご縁は岩松からなのです。東京の銀座店は岩松の家が代々使っておりまして。
 岩松がヒマラヤを買ったのもあの百貨店の銀座店なのです。あの時は田中先生の車に乗せて頂いて本当に助かりましたわ」
 祐樹が心の底から呆れていた、京都市指定ゴミ袋に3千万円もするバーキンの最高峰を入れて雨の中を歩いていたのだから。
 あんな恰好をブランド物好きの看護師に見られたらある意味医局の恥というか……。
「その後、クロコダイルの物もあの百貨店の外商を通じて買ったと聞いております。で、私が普段京都に住んでいるということで、京都店の竹内部長に紹介されましたの。ですから私もあまり良く存じませんの。
 外商を通じて買うよりも色々見て回る(ほう)が性に合っています、私の場合は」
 クロコダイルのバーキンは6百万円程度だと記憶している。そういう物を次々と買うのだから上顧客として百貨店にも認知されているのだろう。




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気分は下剋上 ロンドン編 102

「どうかなさいましたか?」
 最愛の人に聞いてみたが、祐樹が一度たりとも見た覚えはない複雑そうな、いや何だか困ったような表情を浮かべていただけで答えはなかった。
 その代わりに看護師を始めとするコメディカルの人達が次々と祝福と激励の言葉を掛けて来て、そちらにソツなく対応するのに掛かりきりになってしまった。
 魑魅魍魎の跋扈する大学病院では敵を作ってはならないのが大原則だ。
 出る杭は打たれるの言葉通り誰に足を引っ張られるか分からない。
 祐樹は香川外科でこそ一介の医局員なので「出る杭」までは行かない。
 しかし、Aiセンター長も兼務している関係上、謙虚に振る舞わないと反感を抱かれる。
 何しろセンター長は准教授並みという待遇だ。
 放射線科でもない祐樹がセンター長に大抜擢されたのを内心不満に思っている医師も居ると聞いている。
 抜擢の理由は最愛の人の手術中に亡くなってしまった患者さんが居て、当時は普及していなかった死亡時画像診断を咄嗟に思い付いたからだった。
 この件は最愛の人にとっては外科医人生初の術死なのか、それとも他に原因が有るのかを確かめる必要があった。
 「この機械は生きている患者さん用で、死者は対象外だ」と渋る放射線科を説き伏せたのも祐樹だった。
 結果は所謂エコノミークラス症候群で手術とは何の因果関係もないと分かった時に祐樹にだけ見せた彼の涙は忘れられない。
 その後「死因究明率4%というのは先進国として恥ずべきことだ」と主張した医師が、自分の主張を世論に問うために小説を書いてベストセラーになって映画化までされた。
 珍しく厚労省が重過ぎる腰を上げてAi(死亡時画像診断)センター設立の音頭を取った。
 省庁の不思議な点は普段予算がないと言っているのに何かコトが起こればお金が湯水のように湧いて来ることだ。
 それはともかく厚労省の肝煎りで行われたセンター設置なのでCТやМRIも最新型なので放射線科が羨んでいるということもあるのだろう。
 副センター長の野口准教授は祐樹の留守に好きなだけ使えると喜んでいたように友好的だが。
 大学病院内初の死亡時画像診断をしたという実績を買われてセンター長に指名された。もちろん他の科同様に香川外科では患者さんの心臓の検査は放射線科を通す決まりだ。
 しかし、祐樹は救急救命室で使い古したモノではあるけれども画像診断をしている経験が有ったので読影も慣れていた。
 研修医時代に彼から救急救命室勤務を命じられた時には(体のいい島流しかよ)と憤っていたのも事実だった。
 しかし、最愛の人も学生時代にボランティアで救急救命室に行った経験がアメリカ時代に活きたと後で聞いて納得した。
 全ては祐樹の外科医の成長のためを思ってのことだったと。
 祐樹以降、香川外科で救急救命室勤務を命じられるということは「才能を認められた」と同義語となっている。
 その全ての成果が今回の国際公開手術の術者推薦だ。
 帰国した後には彼に続く世界(・・)レベル(・・・)の外科医として日本の医学会にも、そして病院内でも認められる。
 そうなればますます「出る杭」扱いされるリスクが高まるので今はいつも以上に謙虚に振る舞うべきだろう。
 バレンタインデーのチョコ獲得数などのいわゆるお祭り騒ぎではないのだから。
 そんなことを考えながら皆の挨拶にソツのない返答をしていると最愛の人は普通の速度で歩みを進めていて、立ち止まらざるを得ない祐樹との距離が開いていってしまっていた。
 今夜の約束はしているし、今回、術者に選ばれたのは祐樹一人だ。
 成功して帰国した後なら「上司」として共に挨拶を受けるのはごくごく自然な流れだけれども、今は未だ(・・)成功していない。
 彼もその点を察して祐樹を残して歩み去ったに違いない。
 少し寂しい気はするものの、執刀医は常に一人なのが大学病院だけでなく外科医の世界なので仕方ないことなのだろう。
 17時25分なのを腕時計で確認した後に静謐さの漂う教授執務階の廊下を歩んだ。
 5分早いのはこの時間に帰宅する教授も居れば、教授直々(じきじき)の叱責に値するミスを犯してしまった医師が呼び出される時間帯だったからだ。
 前者ならば、既に伝わっているので然るべき挨拶を受けないとならない。後者の場合は気の毒過ぎて目を逸らすしかないだろうが。
 30分ジャストなのを確かめた後にドアをノックした。
「田中です。お呼びにより参上致しました」
 今日は他科の医師までもがお祝いと激励の声かけをしてくれたり情報通の患者さんからも声を掛けられたりしてまるでお祭り騒ぎだったなと思い返しながら最愛の人の返答を待った。もちろん祐樹の果たすべき務めはおさおさ怠りなく果たしてきたが。
 普段は待ち兼ねた感じで返答があるのにどうしたのだろうかと思ってしまう。
 もしかして彼が切ることが出来ない電話にでも対応しているのだろうか?例えば斎藤病院長とか医学会の重鎮などそういうお歴々の顔が頭を過った。
 それ以外は考えられないのも事実で、何だか廊下に立たされた中学生のように佇むしかなかった。ちなみに昔から要領の良いタイプだったので廊下に立たされたことは一度たりともなかったのだけれども。




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