薄紅色の細く長い指が繊細なフルートグラスに良く似合って相乗効果でより一層煌めいて見える。
「うん、美味しい。今夜は二作品も映画を観て色々と感情を揺さぶられたからシャンパンの泡が口の中で弾けて……。キャビアのカナッペも美味しそうだな」
シャンパンを呑んだ後、いそいそとした感じで小さなトーストを取る指が優雅に動いた。
「美味しいですよ、とても。シャンパンにも良く合っていますし」
生ハムも鮮やかな赤さと白さが綺麗な模様を描いていて、メロンの緑と良く調和している。食べるのが勿体ないほどの見事さだったが口に運ぶと塩味とメロンの仄かな甘さが口の中で溶けていく感じだった。それにシャンパンをもっと呑みたくなる味だ。
「キャビアは作中で出て来たけれども、祐樹は知っていてオーダーしてくれたのか?」
満面の笑みを浮かべた最愛の人が若干薄い唇にフルートグラスを近づけている。
「いえ、私はご存知のように映画を全部観たのは初めてなのでキャビアのシーンは知らなかったです。偶然ですけれど今夜食べるとまた異なった感激ですよね。
それはそうと、ヒーローが『キャビアは嫌いだ』と言い切ったでしょう?あのシーンも好きですね。私が彼ならキャビアという高価なモノが有る程度の知識しかないでしょうから『この際だから食べてみよう』と絶対に思います。
あのチャンスを逃したら一生お目に掛かれない食材のような気がして……。千載一遇のチャンスといった感じで美味しく味わったと思います」
薄く形の良い唇が大輪の花のような笑みを浮かべている。
「祐樹らしい考えだな……。ああ、先程の話だけれども、婚約者は自力で財力を築き上げたわけではなかったのではないか?
アメリカが本拠地みたいだったからイギリスの貴族のように先祖代々の領土とかはないだろうけれども、父親とか祖父から相続した財産を株券とか銀行預金にしていたのだと思う。
大恐慌、世界恐慌とも呼ばれるけれども多くの銀行が破綻して預金が無くなったり株価も大幅な値下がりをしたりで一気に資産が失われたのだと思う」
そう言えばヒーローとヒロインが楽しく下町風のダンスを踊っている時に一等船室の男性陣が深刻な表情で難しい話をしていたなと。
「株価の暴落ってそんなに怖いモノなのですか?」
いつかは貯金を投資に回そうと思っている――しかし忙し過ぎてそこまで手が回っていない――祐樹には決して他人事ではないような気がした。
まあ、あの婚約者ほどの裕福さは絶対に無理だろうけれど。
「株の話か?例えば祐樹が5千円の株を100株買ったとするだろう?ああ、ちなみにミニ株とか証券会社によって呼び名は異なるけれど1株から買えるサービスもあるけれど、だいたいは100株単位で売買するのが普通だな……。それはともかく、5千円×100だから50万円の出費だろう?手数料は今現在ネット証券だとゼロ円とかの会社も有るのでこの際除外して考える。物の値段は需要と供給のバランスによって変動するので、株も同じだ。五千円で買った会社の株が一万円になった時に売ったら?」
生ハムの赤さが薄紅色の唇に良く似合っている。
「50万円の儲けですよね……。買って置いておいただけで、働かなくてもそんなにお金が入るのですか?」
祐樹は病院から貰う給料しかお金が入って来ないので、それが普通だと思っていた。夜中の長時間労働で忙しい時は救急救命室を走り回って救命処置をしたりとか心身共に緊張する執刀医を務めたりした成果がお金として貰えるものだとの認識だったので驚いて目を瞠ってしまった。
50万円が100万円になったらそれこそ夢のような収入だ。
向かい側に座った最愛の人は若干華奢な肩を竦めている。
「税金が20.315%引かれるので、約40万円が祐樹の手元に入る計算になるな」
また税金かと思うとうんざりした。祐樹は医局長の柏木先生から「確定申告は絶対にしろ。絶対還付金がかなりの額返ってくるので」と言われてその通りにしたらおよそ一か月分の給料の金額が返って来たので柏木先生には深く感謝した過去がある。知らなかったら国だか府だか区だかに祐樹の大切なお金をぼったくられてしまうところだったので。
確かに納税は国民の義務だけれど、給与所得者が確定申告をしないといけないという点に矛盾があるような気がする。
「それにしても夢のような話ですよね……。しかし……」
甘鯛と思しき魚に多分バターをメインとしたソースが黄金色に鈍く輝いている。その魚料理にナイフとフォークを入れながら、婚約者が破産したというのが今の話のメインだったなと思い返す。
「しかし、その会社が破綻したら50万円はタダの紙きれになるというわけですか……」
そう考えると、なけなしのお金が無くなってしまうのは悲しい。最愛の人は祐樹の表情を見て淡い苦笑を浮かべている。
「あの婚約者が生きていた時代には株券は紙だったけれども今は電子データなので紙切れにすらならないな。祐樹の証券口座に0円と表示されるだけだ……」
そんなデータは見たくないような気もする。
「ちなみに、今の日本の銀行では破綻した場合一行につき1千万円は補償される。それ以上は諦めるしかないという感じだな。アメリカの銀行だったら為替レートにもよるけれども大体日本円にして3千万円までが補償の対象だ」
甘鯛のソースが唇に付いて薄紅色が更に煌めきを増している。その唇に見惚れてしまったけれども、今はそれどころではない。
「世界恐慌の時にはそういう制度もなかったのですか?預金者保護制度みたいなモノは……?」
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2023年03月
「大丈夫ですか?」
呉先生に思いっきり邪険な扱いを受けている森技官を気遣うような感じで聞いてしまった。普段は仲の良い喧嘩友達という関係性からしては不本意な発言だったが、ある意味仕方がないだろう。
「……ええ、何とか」
呉先生が冷たく言い放った雑巾ではなくてパリッとしたハンカチで口元を拭っている。
ちなみにあのハンカチは誰がアイロンを掛けているのだろうな?とか思ってしまった。
呉先生はコーヒー以外の家事(?)は苦手だと――コーヒーを淹れるのを家事と表現出来るのかは祐樹にも不明だ――聞いているし、森技官がチマチマとアイロンを使っているというのは想像し辛い。
祐樹のハンカチは最愛の人が実に見事にアイロンを掛けてくれているのだが。まあ、最近では祐樹の母が使っていたような昔風のアイロンではなくて、色々な種類のものが出来ているのは知っていたので衣類を掛けたままで皺を伸ばすタイプとかを使っているのかも知れない。
最愛の人は祐樹が家に居ない間に家事を済ませるので実は彼がどんなアイロンを使っているのか知らない。
「それは良かったです。実はバレンタインデーのお返しの品物を色々と考えていたのですけれども、今年は趣向を変えて上品なシルクの室内着めいたランジェリーにしようかと思っているのですよね。しかし、ご存知の通り女物には疎いので森技官にご相談しようと思いまして」
男らしいキリっとした眉が不本意そうな形を描く。気分を損ねたかなと内心思ってしまったけれども、理由が分からなかった。
森技官は祐樹と最愛の人が仲良く暮らしていることについては祝福してくれているし、何なら応援してくれてもいる。
初秋の探偵ごっこだって、病院長を介してご指名が有ったのは二人が適任という読みもあったに違いないけれども、夜勤が多い祐樹が恋人と二人で行動出来るようにという心遣いも有ってのことだと思っていた。ただ、最愛の人が他人のネガティブな思考をぶつけられるのが苦手だということが判明したのでそれ以降は受けていないけれども、心臓外科医と同じように能力だけではなくて適性も充分だったらまた二人に依頼されるだろう。
「バレンタインデー!チョコレートを貰ったのですか!?香川教授から?」
整った眉を不本意そうに寄せている。祐樹が最愛の人からチョコレートを貰ったことがどうしてそんなに不機嫌になのだろう?呉先生に貰った――実際は貰っていないけれども――というなら兎も角。
「はい。そうですけれども……?」
ブランド物に精通している長岡先生という最後の切り札は有るし、彼女は祐樹と最愛の人の仲を応援してくれているのも知っていたけれども物が物だけに何となく頼みにくいので森技官のお姉さんで間に合うようなら長岡先生の手を煩わせるまでもないかと思っていた。
「私のつれない恋人はチョコレートをくれなかったのです。それに比べて、田中先生は愛されていて実に羨ましいです」
ああ、そういうことかと合点が行った。
「だってさ!!お前は甘い物が好きじゃないだろっ」
呉先生が不貞腐れた感じで言い放っている。ころんとした愛らしいお菓子をスミレの花の風情の唇に放り込みながら。
「田中先生だって甘い物は苦手でしょうに……」
それは事実だけれどもどう反応していいか一瞬だけ迷った。呉先生の不機嫌さが不確定要素になっていて。
「甘い物は確かに苦手ですけれど、ゴディバで唯一好きだった甘いリキュール入りの苦いチョコが有りまして。ただそのチョコだかトリュフだかが残念ながら廃版になってしまったのです。
たまたま彼がゴディバ関係の偉い人と知り合いでして、レシピを保存していてかつ作り方にも熟練した職人さんの居る工場で作って貰って……。毎年のように貰っているのですけれども」
火に油を注ぐかもしれないなと思いながら言ってみた。
「ほう!それはそれは……。香川教授らしいゴージャスなプレゼントですね」
男らしく整った眉がピンと上がっている。
「オレはどうせそんな贅沢なモノを買うだけの甲斐性はない、しがない精神科医ですよ……。田中先生の恋人は病院の看板でもある香川外科の長でオレは医師一人看護師一人のちっぽけなブランチ長に過ぎないし……さ」
ある意味それは事実なのだけれども、森技官が呉先生に求めているのはお金を掛けたプレゼントではなく愛情の籠った品物だろう。
「甘いチョコレートが苦手な男性のために百貨店などではお酒とかそういうモノもバレンタイン用として用意されていますよ……。来年からはそういう物を森技官に差し上げてはいかがでしょう?愛情は二人の努力で育むものだと思っていますし!!」
フォローになっているかイマイチ分からないけれども取り敢えず言ってみた。森技官は会心の笑みめいたものを薄い唇に浮かべてくれていたけれども。
「田中先生の仰る通りです。ということで、来年からは期待していますよ。で、シルクのランジェリーですか。姉とはあまり仲が宜しくなくてですね……」
兄弟のいない祐樹には実感がないのだけれども、本音でぶつかることの多いのが姉弟だと聞いた覚えもある。それに立派な学歴を持った後継ぎ候補の弟が居ながらも実家を継げたのはラッキーだったとお姉さんが思っていてくれていたなら良いのだけれども、弟の毒舌を浴び続けたせいですっかりへそを曲げてしまったという可能性も考えられる。
呉先生は相変わらず焼き菓子を自棄になった感じで食べているけれども、ころんとした愛らしいお菓子に相応しい感じでほんのりと頬を染めているので来年からは何らかの品物は用意しそうな雰囲気を纏っていた。
「では教えてはくださらないと……?」
やはり、長岡先生に聞くしかないかなと思いながら確認してみた。
「直接聞くというのは厳しいかもしれません。しかし、手段は有りますよ」
直接は聞けないのにどんな方法が有るのだろう?
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読者様は画像が変わったことをお気づきだと思いますが、これは元々ネットで知り合った方から「AIで作ってみたけど要る?」とTwitterのDMで頂いたモノなのです(#^^#)
凄いなAI♡
ただ、少し小説の雰囲気に合わない感じだったので……。色々と修正をして頂きました<m(__)m>
Yahooブログ時代に、絵描きさんから「イラスト描きます」とお申し出があったこともありまして、その時ルックスを伝えるのが難しいと痛感した私は俳優さんだったらググれば良いよねと楽な方に逃げてしまいまして。ただ、AIも某俳優さんには対応していなかった模様で(泣)「これが限界です」と送って貰ったイラストを頂きました!!有難うございます!!
ちなみにBLだけだとこんな感じになるようです。
これはこれで素敵なのですけれども、年齢が合っていないというか……。そしてそのアプリを教えて貰ったのですが、説明文を見たら脳が溶けてしまいました……。私には無理です、とほほ。
まあ、短編とかで使えそうなら使うかもという感じですが予定は未定です。。。。
いつも遊びに来て下さって有難うございます。
こうやまみか拝
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「気付かれていたとは思わなかったな……。
映画自体はかなり好きなのだけれども、ヒーローがヒロインを庇って亡くなるだろう?それで映画の悲劇性が増すので脚本的にはそうなるのも仕方ないと思っているし、ヒロインが遺言通りに生きて暖かいベッドで安らかに死亡するのも良いと思っている。
しかし、私は生きる時も一緒、死ぬんだったら二人ともという方が良いなと思って。遺言通りに生きるよりも同じ時に死にたいなと。そこが不満というか……。
映画に感情移入し過ぎなのかも知れないのだけれども……」
最愛の人の不満を聞いてから部屋に入りたかった。というのは、ホテルの密室では濃厚な愛の時間を愉しみたかったので、ネガティブな気持ちはその前に聞いて気持ちを晴らして欲しかったから。
「それは確かにそうですね。あの二人はあれで幸せだったと思いますよ。それに出会って数日で恋に落ちて最高に燃え上がったまま沈没を迎えましたよね。
その短い時間にヒロインの人生が窮屈な上流階級との訣別と名前を替えて新しく生まれ変わり自由にそして遺言通りにではありますけれども、あの女性が内心渇望していた生活を手にしてその日その日を大切に生きたという側面も有ります。
貴方は今の生活、いや境遇に不満は有りますか?」
電話で伝えたチェックインの時間にはもう少し先なので椅子に座ってゆっくりと話した。ガラスの向こうでは灯篭に火が入って川の流れを照らす様子は幻想的だった。そんな癒しに満ちた空間の中で交わす会話というのも新鮮で良い。
「生活とか境遇には全く不満はないな。私は祐樹が一緒に居てくれるだけでこの上なく幸せなのだから……」
薄紅色の唇から幸福そうな響きの声が小さく紡がれる。
「私も貴方と共に暮らす生活で充分過ぎるほど幸せですよ。しかしあのヒロインは境遇そのものが不満だったわけで、一人で身投げしてまで逃れようとしていましたよね?まず前提から異なります。
まあ、あの婚約者と結婚しても幸せな未来は待っていないとは思いますけれど……。境遇自体を変えたいと思っていたわけでしょう?
それが叶って、そして遺言通りの生活をしていく中で彼が天国だかで見守って微笑んでいてくれると思いながら精一杯生きたと思います。
その一方で私達は境遇自体にある程度満足はしているわけで、そして二人で生きて行こうとしていますよね、生涯に亘って。そもそもそこからが異なるわけですから、あの映画の二人が望んだ未来予想図と私達では全く違った生き方で良いかと思います。
私達は一緒に生きて、一緒に死ぬというのが理想です。ただ死が二人を分かつとも、魂はずっと一緒に居るということで良いのではないでしょうか?少なくとも私はそう想っていますが、貴方は?」
頷きながら聞いていた最愛の人は祐樹の言葉が進むにつれて薔薇色の笑みが徐々に濃くなっていってとても綺麗だった。
「そうだな。あのヒロインと、私とでは境遇に不満が有るか無いかで異なる……な。祐樹に指摘されるまでそれは思ってもいなかった……。祐樹の言葉ですとんと腑に落ちた感じだ……。有難う、祐樹」
晴れやかな笑みを浮かべている最愛の人は満開の大輪の花のような風情だった。
「では、そろそろチャックインしましょうか?フレンチのディナーの味がこれ以上落ちないようにも……」
最愛の人も祐樹に倣ってすらりと立ち上がった。ただ、この人の場合は所謂美食家ではない。祐樹好みの味にすべく手の込んだ料理は作ってくれているのは大変感謝しているけれども、それは祐樹が帰宅すると分かっているからで。そんなことは考えたくもない事態だったけれども、一人暮らしなら自炊はしてもカレーとか作り置きで来る物を適当に作って無くなるまでずっと同じ物を食べ続けていても平気な人だ。
「良い部屋ですね。鴨川が綺麗に見えて……。まあ、北大西洋の壮大さには負けますけれども同じ水繋がりということで……。
死ぬまでに一回は行ってみたいですね、北大西洋……」
白いリネンのテーブルには普通は一品ずつ供されるコース料理がずらりと並んでいる。
一皿ずつ運んで来て貰えるのも贅沢な気分を味わえて良いのだけれども、会話が中断されるという難点がある。その難点が今夜の料理にはないわけで心置きなく会話を楽しみながら食事が出来る。
「先に頂きましょうか?ああ、シャンパンは注ぎますよ」
映画ではグラスの形が異なっていたが、それはある意味仕方ない。何しろ時代が百年以上も違うわけだから――時代考証がしっかりとなされているという前提の話ではあるけれど――。
ポンという音が二人きりの部屋に何かの合図のように響いた。
最愛の人も祐樹も大食漢ではないものの、食べられる時にはしっかり食べておいて、その後突発的なことが起こって食事もままならないという事態に備えているという感じなので、鬼退治映画と豪華客船の映画の合間に食べたり呑んだりした物や、ポップコーンは何の妨げにもなっていない。
「今日、いや今夜という時に乾杯!」
映画のセリフをもじってフルートグラスを空中に捧げると最愛の人も満面の笑みでグラスを合わせてくれた。
シャリンという音が綺麗に奏でられる。
「あの映画ではキャビア単体でお皿に載せられるのは驚きでした。このようにキャビアをカリっと焼いたトーストに載せる料理法が出来たのは1912年以降なのですね……」
丸やかな塩味の効いたキャビアが小さなトーストと調和してシャンパンがより美味しくなる。
「そうみたいだな……。あまり食の歴史について詳しくはないのだけれども……」
向かい合って同じものを食べたり呑んだりするだけで充分幸せなのに、今回は映画の余韻のせいかより一層幸福感が増しているような気がした。
「あの婚約者は、ヒロインをよその男に取られるくらいなら殺すのも厭わないほど愛していたと思っていましたけれども、大恐慌で財産を失ったら自殺したのでしょう。
婚約者の替えは居ても、財産に対する執着の方が大きかったようですね……。あの素晴らしく大きくて青いダイヤモンドをポンと買えるだけの財力が有って、一等船室の費用もヒロインやヒロインの母親の部屋を含めて支払っていた感じでしたよね……?」
DVは容認出来ない行為だけれどもヒロインのことを彼なりに愛しているのかと思っていたら映画のラストでサラッと死に際のことがヒロインの口から明かされた時には内心驚いてしまったのも事実だった。
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「田中先生のお見事な推察を先ほどから伺っておりました。再び京都で不審な死亡が確認されましたら是非お願い致したいなと愚考していたのですが。香川教授とご一緒に」
森技官の苦み走った顔には素直な称賛めいた表情が浮かんでいる。
「それは……現場に出ないという条件ならお引き受けしないこともないですけれども……」
少し協力を仰がないといけないという下心もあったので喧嘩を売るわけにも行かない。
ただ、森技官の依頼で初秋に行った捜査は祐樹的には楽しかったのだけれども最愛の人が精神的に消耗してしまうという点から二度とはしないと約束していた。
ギリギリの妥協案は現場に出ずに情報を貰って分析をしたり推論を立てたりすることだけはするということだった。
「おまっ!!神聖な人の職場に」
呉先生の方がまさに柳眉を逆立てるという表現のお手本のような表情を浮かべている。
「『神聖』ですか……。ま、自宅に持ち帰ったのは私ですが、田中先生とコーヒーを飲んだりお気に入りのお菓子を食べたりしながら手に持っている物が『神聖』なのですかね?」
何だか今日の森技官は呉先生に対してやけに突っかかるなと思ってしまった。職場で何かトラブルでも有ったのだろうか?
「田中先生、お久しぶりです。少し時間が空いたので愛しの君のご機嫌取りに馳せ参じたら、大変有意義な話を伺うことが出来ましてまさに一石二鳥です」
つまりは呉先生と祐樹は「鳥」扱いかとも思ったけれども、それを言うと呉先生のご機嫌斜め状態が更に悪化しそうなので自粛した。
「森技官もお元気そうで何よりです。まあ、犬も食わない何とかは止めましょうよ。そういうのはお二人きりの時に存分になさってください」
成り行き上、不本意ながらも仲介役を務めてしまう。
普段は祐樹と森技官の毒の効いた言葉のやり取りを割と面白がって聞いていて「本気」でケンカに発展するだろうと判断した時には仲介役を引き受けてくれる呉先生なのに立場が逆になってしまっている。
まあ、恋人同士にしか分からない裏の事情でもあるのだろう、多分。そういうことまで突っ込んで聞くほど祐樹は暇ではない。
「それって、夫婦っ……」
呉先生が毒気を抜かれた感じで呟いている。どうやら一定の効果はあったようだ。
「それにしても田中先生がガーダーベルトにまで目を付けられたのは舌を巻きました。女性の下着類にもお詳しいのですね……」
普段の冷笑といった感じではなくて本気で褒めている表情に見えたけれど、内心は分からない。
「いえ、森技官の要請でうっかり探偵役を務めてしまいましたよね。その時に愛人の気持ちに踏み込んだ小説を必要に駆られて読んだだけです。ご存知のように女性にはまるっきり興味がないので心中を推し量ることが出来ない代わりに参考になればと思っただけです。ガーダーベルトの件は参考になりましたか?」
取り敢えず祐樹としては森技官の協力を仰ぎたかったので恩を売っているかを確認した。普段はケンカを買っているので妙な感じだけれども背に腹は代えられない。
「とても素晴らしい着眼点だとほとほと感心していましたよ。私がノックして入るとお伺い出来ないかと思ってつい立ち聞きをしてしまった点はお詫び致します」
男らしい端整な顔に――個人的には悔しいが事実は事実として受け止めなければならない――満足そうな笑みを浮かべている。
呉先生は立ち上がってキッチンスペースに向かって歩いている。コーヒーを淹れるのだろう、多分。
「いえいえ、お役に立てて光栄です。ちなみに森技官にはお姉さんがいらっしゃいますよね?」
興味のないこととかどうでも良いコトは即座に脳のゴミ箱に放り込むようにしている。祐樹最愛の人ほどの脳の容量が有るわけでもないので。
ただ、森技官の実家は産婦人科のクリニックで森技官が産婦人科医の適性がゼロ以下なので実の姉が継いでいると聞いた覚えが有った。
少子高齢化が進んでいる昨今では昭和の時代のようには儲からないだろうけれども、代々の産婦人科クリニックだけに「私もこの病院で産まれました」と言ってやって来る妊婦さんも多いとか聞いた覚えがあった……ような気がする、多分。
「はい。出来の悪い弟が家業を継げなかったので、姉が代わりを引き受けてくれましたけれど?」
姉が居てくれて良かったと安堵した。別の人と間違えていたら洒落にならない。そして祐樹の知る限りでは女性の医師はファッションに興味もお金も注ぎ込むか、全くの無頓着の両極端だ。ただ、弟がアルマーニのスーツを――悔しいけれども良く似合う――着ているので前者のような気もする。
「つかぬことをお伺いしますがお姉さまはファッションにお詳しいのですか?」
森技官は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。祐樹からそんな質問が出るとは思っていなかったのだろう。
「お前にはこれな。『京都の美味しい水』だ。蛇口を捻れば出る有難いお水……」
呉先生は立ったままの森技官に邪険な感じでグラスを渡している。グラスの中には氷すら入っていない点が呉先生のご機嫌斜めさを表現しているようだった。
呉先生は怒る時は本気でキレる性格なのは知っていたけれども、こういう嫌味なことはしなかった。仲の良い夫婦が歳を重ねると性格や顔が似てくるとかいうレポートを読んだ覚えがあるけれどもその類いなのだろうか?嫌味や毒舌を聞き慣れてしまって恋人に似てきてしまったと思えば納得出来る。
仮に祐樹が森技官に水道水を出したら絶対に100倍返しは覚悟しないとダメだろうが、恋人の呉先生には弱い森技官なのでスルーすることに決めたらしい。黙って飲んでいるのが何だか可笑しい。
「姉ですか?それなりには身だしなみに気を遣う方ですけれども……」
呉先生が自棄食いという感じで割と高価な焼き菓子を口の中にどんどん放り込んでいる。まあ、甘い物が好きな人なので良い気分転換にはなるだろうが。
「でしたらお願いが有るのです。シルクの室内着めいたランジェリーメーカーというかブランドをご存知ないか聞いて頂きたいのです」
水道水を危うく噴き出しそうになって慌てて手で口を押えている。
「零したら自分で拭けよ、雑巾は貸してやる」
呉先生が非情にもそう宣言しているのもある意味可笑しい。
祐樹が女物の下着のことを聞くというのが想定外過ぎて、森技官も驚いたのだろう、多分。
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