女性らしいというか生活感のない部屋だった。何だかドラマのセットとかモデルルームのような部屋というか……。尤も祐樹はモデルルームに実際に行ったことはない。
最愛の人と一緒に住むことにした時には既に彼の部屋は決まっていたし、それ以前は学生時代から住んでいるアパートに毛の生えたようなマンションだったので行く機会などなかったし、別に行きたいとも思わなかった。
ただ、最近脳外科の岡田ナース、通称アクアマリン姫と何とか順調に――柏木先生や祐樹のアドバイス通りにデートをしている点は相変わらずだったが――お付き合いしている久米先生が新居をパソコンで探している。最近の不動産屋のサイトは凄くて、部屋の様子をパノラマビューで紹介したりもしていて、その画像をたまたま目にしていた。その新築マンションの紹介されていた部屋がちょうどこんな感じだった。
「それはどうも有難う。座ったらどう?その辺りに適当に。
コーヒー、紅茶どちらがいいかしら?」
キッチンスペースに入ろうとする西ケ花さんを慌てて止めた。
「勤務中ですので、一切お構いなく。そういう規則になっておりますので」
確かゲイバーのマスターがミネラルウオーターを出そうとした時に警官はそう言っていた。
それに気分の浮き沈みが激しい女性なだけに、薬でも盛られたら大変だ。たいていの物なら味で気付くだろうが、無味無臭の砒素のような薬も存在する。まあ、ヒ素までは自宅に用意しないだろうが……。それに最愛の人も祐樹以上に薬物に精通している。ただそんなことを言っても仕方ないので「勤務中」ということで押し通そう。ただ、部屋に通されてコーヒーとか紅茶を勧められるとは思ってもいなかった。
そういう「家庭的」なこととは無縁な女性に見えたので。まあ、缶コーヒーとかペットボトルから直接注いだだけの紅茶かも知れないが。
「じゃあ、私だけ。食べながらでも構わない?」
可哀想な青年が必死の思いで運んできた「京風湯葉弁当」だ。もしかしたら正式名称は間違って覚えているかもしれないが。
「どうぞ。お待ち致しますので遠慮なく召し上がってください。その後でお話をお聞かせ願えればと思いますので宜しくお願い致します」
高そうな革張りの白いソファに腰を下ろした。祐樹が座ったのを見て最愛の人も静かに横に座った。もちろん距離は適切さを保っている。
それにいきなりお邪魔した自分達が悪いとも思っていた。仕事の延長線上とはいえ、そんなことは西ケ花さんには関係ないだろうし。
意外なことにきちんと茶葉から淹れたと思しき湯呑に入った日本茶が温かそうな湯気を立てている。
最愛の人が知っていた店名だけあって、湯葉や京野菜の煮つけとかお漬物とかがちまちまと並んでいるお弁当からはまだほんのりと湯気が立っていた。
「ここのは時間が経てば経つほど美味しくなくなるのよね……」
さっきの青年にあんなに腹を立てていたのはどうやらそのせいもあったらしい。単に短気というだけかも知れないが。
箸使いも意外に――と言っては彼女に失礼かもしれないが――綺麗で、その辺りには素直に感心した。
ただ、繊細な味と香りを楽しむ京風の料理にはこの香水の匂いはキツ過ぎるような気がした。
「で、なんで京都府警ではなくてサツ庁が出張って来るのよ?あ、食後のタバコを吸っても良いかしら?」
「サツ庁?」と内心で不審に思ったが、まさか聞き返すわけにはいかない。隣に座った最愛の人が意味ありげな表情で「警察庁のことを略した言い方だ」と囁いてくれた。多分祐樹の表情に微細に不信感が漏れていたのだろう。最愛の人は誰よりも祐樹の表情の変化に詳しいし敏感だ。
「もちろんです。心行くまでごゆっくりどうぞ。お邪魔をしたのはこちらの方ですので」
応接セットの中央にも重そうなガラスだかクリスタルの灰皿が置かれていたにも関わらず、彼女はキッチンスペースまで戻ってから聞いてきた。森技官の用意したIDカードの精巧さだけでなく、祐樹の警官の演技もバレていないらしい。家に警官関係者が来て緊張したら煙草が欲しくなるのは喫煙者の祐樹にも分かるし、食後の一服が最高に美味しいのも知っている。
好き嫌いはないらしく、小さ目のお弁当のパックはすっかり空になっていた。そして割り箸は包み紙を綺麗に折った即席の橋置きに綺麗に収まっている。彼女の口紅が付いた部分はすっかりと隠れてしまうように工夫されている。
意外と女らしい性格なのか、それともアフターとか言ったハズの常連客との食事のマナーなのかは分からない。
最愛の人と良く行くカウンター割烹でも明らかに水商売の女性とそのお客といったカップルが食事をしているのを何回も見たことがあって、彼女達もお箸使いは綺麗だったなと今更ながらに思い出した。ただ、京都という歴史のある街ならではのことなのか、銀座や大阪の北新地といった一流の場所で働く女性たち皆がそうなのかは知識不足だ。
最愛の人も病院長命令で仕方なく行く場合を除いて歓楽街には行かないタイプだ。
Aiセンター長になってからは祐樹にも医療機器メーカーの社長などが接待の席を設けるとか言って来てもらえるポジションだったが、そんな改まった場所で露骨に諂われたり、女性に持て囃されたりすることに一切の興味も関心もないのでずっと謝絶してきた。そんな時間が有ったら最愛の人と一緒にまったりと寛ぐ方がずっと心身を癒してくれるので。
西ケ花さんはキッチンの換気扇の下と思しき場所で煙草を吸っている。
思いついたことが有って、ノートを取り出して最愛の人に向けてメッセージを綴った。
祐樹が確かめても良かったが、こういう点は最愛の人の記憶力と知識の方が確実だろうから。
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