「もちろん……。祐樹……大丈夫なのか?」
半ば心配そうに、半ばは職業柄か体調を確かめるような眼差しを向けている最愛の人に無理をして微笑んだ。
「大丈夫ですけれど、少し休憩を……。それにあそこのSAにはシャワールームが有ると書いていますので、浴びて来ても良いですか?」
湯舟に浸かれば逆に体力を使うことくらいは知っているがシャワーだけなら大丈夫だろう。
本来の意味のブラックアウトは、一時的な記憶喪失とか一時的に視覚や意識を失うことだが、病院内のスラングでは急激に起こる強い眠気でその場でも眠ってしまうことを指す。
祐樹は体力も有ると自負していたし、病院ではそのような状態になったことはない。
ただ、この二日間眠らず休まず雪崩のように運ばれて来る患者さんは神様の悪戯なのか、計ったかのように重篤とか心肺停止で、開胸心臓マッサージも三件こなして来た。二人は蘇生したものの、もう一人は助けられなかったという事実も影響しているのかもしれない。
それ以上にマズい事態は――想定したくもないが――最愛の人を乗せて事故ってしまうということだ。世界中に認知されている「神の手」を損傷させるようなことにでもなれば、祐樹も、そして最愛の人も精神的ダメージは甚大という言葉では表現出来ないだろう。
自分の体力を過信してしまっていたのかも知れない。
同じような勤務をしている柏木先生や久米先生が手術室でブラックアウトに見舞われたことは有っても、祐樹は一度たりともなかった。
そのせいで体力は誰にも負けないと思ってしまっていた。
無神論者の祐樹だが、あのSAに無事に到着しますようにと心の底から願ってしまう。
「もちろんだ。
というか、これほどまでに疲れているのに、祐樹をデートに誘ってしまって申し訳ない」
悲しそうで後悔の色を帯びた眼差しが祐樹へと注がれている。
「いえ、体力を過信してしまった私に非が有ります。
お願いですから、ご自分を責めないでください。それよりも眠気醒ましに楽しい話をして下さると助かります」
最愛の彼は困惑したように身じろぎをする。
口数も少ない彼に楽しい話をして欲しいというのは、いささか無茶振りだったかな?と思った。
「――長岡先生が京都市指定ゴミ袋にエルメスの最高峰と言われるバーキンを入れて持っていたことが有っただろう?」
それには驚愕した、というか呆れた。確かバーキンのシベリアとかいう「世界中のセレブの憧れ」とかいう曰く付きのバックを雨に濡らしたくない一心でゴミ袋に入れて持っていたのだから。
「ありましたね。あの驚愕の値段には目が本当に飛び出るほど驚きました……」
関心がないので良く分からないが、多分そこそこのレベルの一軒家を買えるくらいの驚きの価格だったので。
「長岡先生もあれには懲りたらしく、雨が降っても大丈夫な――と本人は思っているバッグを買ったらしい」
実家暮らしのナースなどもブランド物のバックは色々持っているのは知っていた。実家暮らしでなくても柏木先生の奥さんは手術室のナースだがシャネルのバックを買ったとか。
「雨に濡れても大丈夫なブランドのバックはたくさん有りますからね」
産油国などの砂漠の国はともかくとして、雨に弱いバッグを持つ人の神経が理解不能だ。
「それで買ったのが、黒いクロコダイルのバーキンで……」
何か嫌な予感がしてきた。と同時に――所詮は長岡先生のお金なので祐樹の懐は全く痛まない――楽しい話になりそうな予感も。
「ちなみにお値段は?」
きっとビックリして強烈な眠気を一時忘れるのではないかと期待を込めて尋ねた。
「正規店で買えなかったらしくて、エルメス専門のリサイクルショップだったので600万円ほどだとか」
長岡先生と異なった意味でエルメスを愛用している最愛の人は普段通りの怜悧な口調だった、若干不安そうなニュアンスが混じるのは祐樹の体調を案じてくれているのだろう。
「ろ、600万円ですか!」
祐樹の車の値段よりも遥かに高い。ちなみにローンを組んで購入したが、長岡先生は一括だろう。
「しかし、クロコダイルの黒を持っていた時にも雨が降って来て、しかもガードレールの近くを歩いていたせいもあって車に水を掛けられてびしょ濡れになったらしい」
……楽しい話とリクエストしたハズなのに、どうしてこうなるのかが分からないものの、異なった意味で驚いた。
「しかし、雨に濡れても大丈夫なカバンなのですよね?」
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