「呼んで下さって有難うございます。今日は和風フレンチですか?とても美味しそうですね」
透明な笑みを浮かべて祐樹の方へ向かって来る足取りが軽やかだった。
「白河教授と桜木先生に先ほどお会いしましたよ。
医局運営のことで何かアドバイスなさったとか」
牛蒡と思しき冷たいスープが美味だった。
「ああ、医局員同士のトラブルが有ったらしくて。
どちらの意見もじっくりと聞いて、良い点は褒める。そして感心出来ない点はキチンと釘を刺しておいた上で皆の前で仲直りさせれば良いと言っておいたのだが……」
サーモンのマリネを口の中に入れた最愛の人がふんわりとした笑みを浮かべている。
「そうなのですか?ウチの医局では起らない類いのトラブルですけれど……」
最高に美味しいステーキを――目の前に居るのが最愛の人だから更に美味しく感じるのだろう――味わいながら答えた。
「医局では起っていないのは正解なのだが、それはトラブルが顕在化する前に祐樹が抑えてくれていることは知っている。
そして祐樹ならどうするかな?と考えてアドバイスしただけだが……」
最愛の人の最高の答えに思わず笑みが浮かんだ。
「それは光栄です」
笑い合って食べるランチは最高級に美味だった。
「祐樹、今日は定時上りだろう。百貨店に行かないか?
出来れば買い物に付き合って欲しいのだが……」
デザートの抹茶ソース掛け白玉をフォークとナイフで器用に掬う指の動作が匂い立つように鮮やかだった。
「ええ、もちろん。ご一緒します」
◇◇◇
「子供の頃夕立は夏に降るものだとばかり思っていましたが、この頃は季節構わずといった感じの豪雨ですよね。車で来て良かったと思います」
ほんの30分前はあんなに晴れていたのにワイパーを「強」に設定してもよく前が見えないほどだったので更なる安全運転を心がける。こんな時に自動車事故を起こして、最愛の人に怪我を負わせたくないし、他人様に迷惑もかけるのも願い下げだった。
「本当だな……。祐樹のお母さまへのプレゼントを百貨店からの配送にしてもらって正解だった。一回自宅に持って帰り、手紙を同封しようかと思ったのだが……」
薄紅色の笑みを浮かべて祐樹に話しかけてくれる。
自動車の中では見つめ合えないのが残念だ。それに前方を注意しないとならない激しい雨だったし。
「先月は貴方手作りの『いかなごのくぎ煮』を送ってくださったでしょう?あれって神戸名物ですよね。母はご飯が進むとたいそう喜んでいましたし、それに何より貴方から贈って貰うだけで充分喜ぶと思いますので大丈夫で」
すよ」と言いかけて、最愛の人の視線が車窓に注がれているのに気が付いた。しかも、驚きと怪訝そうな表情で。
「どうかなさいましたか?」
彼をそんな表情にさせる何があるのだろうと不思議に思いながら聞いてみた。
「祐樹、車をUターン出来るか?」
割と切羽詰まった声で言われて道路標識を確認した。
「可能ですけれど、いったい何が?」
最愛の人は言葉を選んでいる雰囲気だったので、取り敢えず先ほどの場所に向かうべくウインカーを出した。
「長岡先生が非常に困った事態に陥っている……」
最愛の人がアメリカの病院時代に内科医として来た彼女の優秀さを認めて凱旋帰国の際に連れ帰った逸材だ。ただ内科医としては専門の内田教授が「うちの科に是非」とスカウトするほどに優れているものの、プライベートでは常に突飛なことをしでかすし、部屋は乱雑を極めている。
彼女の婚約者は日本で知らない人が居ないほどの有名私立病院の御曹司で、最愛の人や祐樹をスカウトしてくる。性的な関心が女性に向かない二人のことも知っているので、長岡先生の部屋にも入ることを許されている。
また最愛の人は両親も既に亡くしているし、兄弟どころか親戚もいない。だから長岡先生のことを「困った妹」扱いしている節がある。
「困った事態ではなくて、非常に困った?」
確かダイヤモンドの強度を試すためという研究心、いや出来心かも知れないが婚約者から貰った3カラットだかのダイヤを砕いてしまい、最愛の人に「直してください」と電話を掛けてきた過去がある。
「ほら、あれは長岡先生だろう?車を停めて貰えないだろうか?」
しなやかな長い指が示している場所を見て、内心(嘘だろっ!マジか?)と思ってしまった。
そういう言葉遣いは病院に就職したのを機に止めようと決意して実際その通りにしてきたけれども、マジか?というのが正直な感想だった。
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