「では、記念撮影行って来ます。わぁ、凄く楽しみ!それにこんな3ショットをお母……家族に見せたら絶対に喜んでくれるしさ、行こう」
久米先生が岡田看護師が「お母さん」という単語に微妙な表情を見せたのを見て慌てて言葉を替えたのも何だか微笑ましい。
「貴方は『主役』として、グラスにシャンパンを注ぎながら歓談をされると良いと思いますよ」
ああ、そういう意味か……と新しいボトルも祐樹の手から受け取った。
確かに、畏まって座っている――いや、実際には何とか首相にお近づきになろうとして気もそぞろな感じでいっぱいいっぱいだろうが――テーブル席とは異なってこちらでは病院関係者同士の交流の場所という感じで盛り上がっている。
「香川教授、田中先生この度はおめでとうございます!」
「ちょっと、貴方、飲み過ぎよっ!!
教授すみません。無事にパーティが進行しているのを確かめて、気が緩んでしまったみたいで。
あ、シャンパンは私が頂きます。貴方はビール、いいえ、発泡酒で充分だわっ!」
柏木先生夫妻が仲が良いのか分からない「夫婦漫才」のようなやり取りをしているのを祐樹が口角を上げながら意味深な眼差しを自分に向けている。
半ば公的な場所で柏木先生がお酒に酔った時には必ずこういう展開になるんだろうな……と内心可笑しく思いながら、柏木看護師のグラスにシャンパンを注いだ。
「有難うございます。教授にお酌をして頂けるなんてとても光栄です」
柏木看護師は普段のひっつめ髪ではなくて、髪の毛を巻いているのもとても綺麗だった。
「いえいえ、普段からお世話になっているのでこの程度は当たり前です。
それに柏木先生、発泡酒の方がお好みですか?」
道後温泉の時は確かビールをしこたま聞し召してたようだったし、たまに行く飲みの時もビールを注文していたようだったが。
「いえ、シャンパンでお願いします。発泡酒は給料前かつ家計が厳しい時ですね……。お前が色々買って夫婦の予算を食いつぶす時には仕方がないだろう……」
柏木看護師が綺麗にそろえた眉毛を逆立てている。
「お前って誰のことかしら?貴方にお前呼ばわりされるいわれはありません!!」
祐樹がナースは総じて気が強いと言っていたが、本当だなとシミジミ思ってしまう。
自分の前では借りて来た猫のように大人しくなっているのが「職場」での姿だったし、特に柏木看護師は、プライベートな頼みごとをした時に限って脱線しがちではあったものの、職務の時は誰よりも有能だ。
「いや、それはカタカナのオマエだろう。俺は漢字の御前――つまりは尊称だ――と言った積もりだが?
香川――教授、有難うございます。あ!注ぎますね。グラスはっと」
祐樹と雛壇の上でたっぷりと呑んだ上に、普段なら酔わないのに「披露宴」という人生で一度きりしかない「ハレの場所」のせいか身体中に心地よい酔いが泡のように弾けていたのでこれ以上呑む必要性は特に感じなかったが、お祝いの席なので多少の無礼講に付き合うことも必要だろう。
「もう、貴方ったら屁理屈だけは上手いのだから!
ほら新しいクラスはこれね!
んー美味しい!」
柏木先生が奥さんから手渡された新しいグラスにシャンパンを満たしてくれた。
「有難うございます。では乾杯を!」
祐樹は他のグループに混じって同じようなことをしていた。話したことはなかったが、放射線科の先生達だった。
祐樹の場合はAiセンター長なので、そちらの先生達とも若干の面識は有る。だからこそそちらに呼ばれたのだろうが。
「香川外科の益々の隆盛を願ってカンパっ!え?」
柏木先生の上げた腕を制止されて、シャンパングラスが危うく零れそうになった。
その飛沫がかからないようにと身体を慌てて引いた。
普段だったら、その程度のことは気にならないが、この「披露宴」の次は「初夜」だし、そのために用意してきた諸々のモノにシャンパンが掛かっては台無しになりそうなので。
特に、青い薔薇が描かれたシルクのネクタイとかには。
「ああ、遠藤先生。お疲れ様です。あ、お注ぎします」
柏木先生の手を強引に止めたのは遠藤先生だった。その後ろに黒木准教授の何時もよりも更に温和そうな顔が笑み浮かべていた。
「あちらのテーブル席はどうも居心地が悪いので、いえ、席を下さったことには感謝しておりますが、ああいうふうに首相へとお偉方の気持ちが逸れているのを見ているといささか興醒めが致しまして。
このパーティの主旨を忘れたのかと個人的に思ってしまいます。
ですから、医局の若い人に囲まれながら呑んでいる方が良いと思いまして。
いや、細君は久米先生よりも先に写真撮影をして貰いに行ったようですが……」
黒木准教授は以前自分に「大学病院でこれ以上出する気はない」と言っていたことを思い出した。
医局のナンバー2なので一応テーブル席を割り振られていた。席を決めたのは斉藤病院長だったが。
その席にいつの間にかいなくなっていたのは一応把握していたが、こちらに来て呑んでいたとは知らなかった。
「黒木准教授も柏木先生、そして遠藤先生もパーティのスタッフとして色々とお骨折り下さいまして有難う御座います」
順番にシャンパンを注いでいく。
そんな自分を祐樹が満足そうに唇を緩めて見ているのを視界の隅で感じでよりいっそう心が薔薇色に弾んだ。
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