「ウサギ小屋って言いますが、日本の学生はこういう場所に住んでいるモノです。地価は高い上に山地もたくさん有るので居住地域が限られていますから、ま、こんなクールな外観ではないですけれどもね」
「クール」の辞書的意味は「冷たい」だが、アメリカでは褒め言葉として使われる。ただ、百合香ちゃんに――英国の外交官夫人が家庭教師に来てくれる例の患者さんだ――確かめたわけでもないのでイギリス英語では使うかどうか分からない。ただ、若干皮肉な響きを持たせたのはケンも分かったのだろう。
予算1万円が病院の規則なので選択の余地がほぼ無いなかで、日本だとファッション・ホテルかと見まがうような派手派手しさだった。
「今度サトシも一緒に来ても、こんなウサギ部屋なのかい?」
レシート類を大切に財布へ入れていると――何しろ領収書がないと自腹というシビアさだ、ウチの事務局は――興味津々といった感じで聞いて来た。
「出張費はポジションによって異なります。ミレニアムビルトモアホテルほどの良いホテルは多分無理でしょうけど……」
祐樹も一応ホテルの情報も調べた上で、イタリア風の瀟洒な重厚さの漂うホテルの内装に心惹かれるモノがあったのがこのホテルだった。ただ、英国式のコロニアムスタイルの好きな最愛の人の評価は聞いていないので分からない。
「サトシも来るのならビルトモアの部屋を取ろう。ああ、寝室は二つで良いのだろう。そういう部屋を押さえるので。ああ、心配しなくとも良い。あそこのオーナーは旧知の仲なので。
ああ、それともお邪魔かな……」
祐樹が調べた限りではまるでイタリアの王様とか執政官が住むような豪華な質素さが上手く調和しているホテルだったが、ホテルに泊まるイコール「そういう行為」をして来た最愛の人がいくら自分の性的嗜好を知っている友人とはいえ、「愛の交歓」をするかは別問題のような気がする。自分達は少数派だが、多数の異性愛者だって恋人なり夫婦なりとその友達がいくら広いとはいえホテルの同じ部屋で行為をするかというとしないような気がする。そんなデリケート過ぎる話しはしたことがないのであくまでも憶測だが。
ただ、以前愛の交歓の最中に身体の位置を変えるという、祐樹的には当たり前のことをしただけで物凄く不安そうな表情を浮かべていたので、自宅ではなくてわざわざホテルのベッドに来ているのに何故「そういう行為」をしないのかと思われてしまいそうな気がする。
最愛の人は――最近になってようやく気持ちを遠慮なく話してくれるようになった――どう思うのかは分からない。そういうシュチュエーションになったこともないので。
ああ、道後温泉の時には医局の皆が同じ旅館だったな……とセピア色に煌めく想い出の宝箱を開けた想いがした。
ただ、あの時は幹事という特権を活かして医局員とは思いっきり部屋を離した上に、寝室は扉からかなり離れた広い部屋に「一人」で泊まるという設定だった。その上で夜這いを敢行したのも今となっては本当に懐かしい。祐樹を待つ間に手慰みで折った鶴は祐樹の宝物の一つで、今も部屋に飾ってあるが。
「それは彼に聞いてみないと何とも……」
医局を代表してアメリカの学会にもコネクションを作ろうという下心も有って来たことは確かだが、当然ながら学会はNYでもサンフランシスコやボストンでも開かれるので最愛の人と訪れるのは此処とは限らないし。
それに遠藤先生の論文が学会の審査に通って、それを執刀医としての立場からサポートするということにでもなれば祐樹は間違いなく日本で留守番だろうから。
今回だって、主治医を務めている患者さんを他の医師に引き継いできた。だから二人が来ることも当分はないだろうな……と半ば寂しく思ったが、社会人なので仕方ない。
「まあ、そうだな……。サトシがユーキの隣で幸せそうに笑っているの絶対に見たいと思うが、寝室まで覗こうとは流石に思わない。覗いてもイイと言うなら喜んで見に行くが、ハハハ」
何が「ハハハ」だよと思ってしまうが、この底抜けに明るいアメリカ人に、かつての最愛の人の心がどれだけ癒されたか分かるような気がした。
もともと悲観的な思考の持ち主な上に――祐樹が意図したわけでもないし、そもそも存在すら知らなかった――「祐樹が綺麗な人(彼基準)を口説いているのを見た」せいで傷心とショックの余りアメリカに旅立つような人なのだから。
思い込みが激しいというか、普段の理知的かつ落ち着いた気持ちの持ち主だが――それは心の底から好ましいと想っている――衝動的になにをするのか分からない怖さも持ち合わせている。その突発的な行動が全て祐樹絡みというのは嬉しい限りだったが、これからは最愛の人にそんな思いはさせたくない。思いだけでも駄目なのに、行動に移されたらと思うと身の毛がよだつ由々しき事態だ。
まあ、今では祐樹の永久の愛情を疑ってはいなさそうなので大丈夫だろうが。
「いやあ、サトシがご執心のことはあるなと思った。
あのキョウトの地震を報じる日本の国営放送の映像を――と言っても、割かれた時間は僅かしかなかったが――見た時のサトシの変わり方に正直驚いた。そしてその隣にいるユーキは自信過剰のようにも見えたのも事実だが、上手く付き合っていることだけは分かったので、テレビの画面そのままの鼻っ柱の強そうな人間だったらガツンと言ってやらなくてはならないなとも思って空港まで行ったのだが、どうもそんな感じはしない。テレビ映りのせいだろうか?」
NH〇は国営放送ではないが、それを説明してもしなくてもどうでもいい問題なのでスルーした。
「自意識過剰と見えたのは、多分、彼のサポートを必死でこなそうとしていて我武者羅にボランティアの学生とか医師団へと指示を飛ばしていたからだと思います。
あの場の責任者はサトシでしたが、彼が泰然自若とした指揮官に映るように私が色々動いていたせいかと……」
ケンはこの狭い――そして確かめたわけでもないが――壁も薄そうな部屋には不似合いなほどの大きな笑い声を上げている。
祐樹としては何がそんなに楽しいのだ?と思ってしまったが。
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